「寝言言ってたみたいだよ」
「師匠?」
ジュードが夕食の時間になってもでてこない白亜を心配して部屋に赴く。
扉の鍵はいつものように開いていた。白亜は基本部屋を出るときにしか鍵をかけない。着替えているときでもかけないので少し困っているくらいだ。
「ご飯ですよ?」
声が聞こえないのでそのまま中へ。アンノウンや村雨がいつもの場所に置いてある。
「起きてますか?」
ベッドを覗き込むと、ジュードが接近していることも気付かない程熟睡している白亜がいた。
寝苦しいのかたまに動いている。
「こう見るとまだ子供なんだよなぁ……」
中身はともかくまだ12歳である。それに一応女子なので余計に小柄である。
ジュードの場合、種族柄5歳で成長しきってしまうので子供の期間がほとんどない。リンは逆に子供の期間が長いのだが。
白亜の顔を見てジュードがぎょっとする。白亜は寝ながら泣いていた。ジュードが初めてみた涙である。
特にジュードの前では弱いところを隠そうとする白亜だ。弱気な姿勢もほとんど見せない。弟子には悟られたくないのだろう。その白亜が、瞑ったままの目から涙を流している。
「師匠………?」
知らず、言葉が出ていた。どうしたら良いのか、わからないのである。白亜が人に絶対に見せない部分。それを見てしまったジュードはかなり混乱している。
「ぅ……ぁ……」
「師匠」
「助け………怖い………」
寝言である。なんの話なのか、ジュードにはわからない。しかし、どんな時でも白亜が助けを求めたことはなかった。自分が拐われそうになったときも、殺されそうになったときも。
どんな状況でも決して弱音は吐かず、常に皆の前を歩いて、自分が危険に晒されることを仕方がないことだと割りきってしまえる人である。
プライドが高く、面倒くさがりや。それなのに困っている人には手を差し伸べずにはいられない、甘く、強い人。それがジュードの評価だった。
「………」
泣きながら助けを求める人では無かった。それ故に、
「ッ!」
ジュードは耐えられなかった。白亜の部屋から飛び出して廊下で佇む。何をするわけでもなく、ただ、茫然と。
「ジュード君?ハクア君呼んでくれた?」
「あ、リンさん……」
あまりにも遅いのでリンが様子を見に来た。
「どうしたの?ハクア君、機嫌悪かったりした?」
「いえ、その」
「どうしたの?」
「実は……」
ジュードは白亜の寝言や泣いていた事をリンに話す。
「そっか。ハクア君も泣くんだね」
「僕も驚きました……。師匠が助けを求めるなんて」
「ハクア君の場合、手伝いを求めるだろうしね」
「はい。だから、余計に」
「ハクア君に聞いてみれば良いんじゃない?」
「え?」
「こういうのは直接確かめるのが一番だと思うけど?」
ハクア君なら心の声聞いてわかっちゃうだろうしね、と付け加えるリン。確かに白亜に隠し事はできないのでこれが一番良いだろう。
「そうでしょうか……」
「なにやってるんだ?」
「「ワァァァァアアア!?」」
「?」
白亜が部屋から出てきていた。
「いつから!?」
「いまさっきだけど?」
「全然気付かなかった……」
気配を消すつもりはなくとも消えてしまうのだ。流石である。
「ハクア君。夢でも見てた?」
「?」
「寝言言ってたみたいだよ」
「まじか……」
まさか声に出ているとは思っていなかったらしく、それなりに驚く白亜。表情ほとんど変わらないが。
「なんの夢見てたの?」
「んー……いや、覚えてないな」
頭の上に疑問符を浮かべながら、
「で、もう夕飯だろ?」
「「あ」」
呼びに来た理由を忘れていたようだ。
「若ぁぁぁああああ!」
「どうした……?大分前から聞こえてたが」
「も、森が、人の、えと」
「とりあえず落ち着け」
次の日、白亜が部屋で魔法陣を書いていると突然バハムートが部屋に転がり込んできた。言葉が続かないほど焦っている様子だ。
「何があった?森ってことは、エリウラに何かあったのか?」
「そうなんです!森に人がいたんです!」
「先住民ってことか?」
「はい」
「そうか……。なら引き上げた方がいいかもな」
「何故です?」
何を言ってるんだ?というような顔をして、
「先にいたなら俺たちが荒らすのも失礼すぎる」
「そうでしょうか……では、どうするのです?」
「場所ならいくらでもある。それこそ、海にも空にも、な」
白亜なら平然とやってのけてしまいそうである。
「その、若」
「ん?」
「本当によろしいので?」
「ああ。人がいるならその人のものだろう。開拓地なんだから」
「それはそうですが、その。見たことがない種族なのです」
「?」
バハムートは、とりあえず来てほしいと白亜を連れ出した。
「*****!」
「なるほどね………」
白亜は意味のわからない言葉を喋り続ける目の前の者達を見る。
「若でも言葉はわかりませんか?」
「んー……。断片的だな。単語がたまに理解できるくらい」
「何と?」
「聞こえてきた中で理解できたのは、余所者帰れだな」
「ほとんど当たってるのでは」
割りと会話できたりするのだろうか。
「それにしても……コロポックル、って言うのかなぁ」
「若の知識にありますよね」
「アイヌ語喋ってるし、たぶんそうなんだけど……。なんで空想上の……いや、この世界全体的にそんなもんか」
白亜の目の前にいるのは、背が数十センチ程しかない小人である。コロポックル。北海道に伝わる妖怪や妖精のような空想上の小人である。
アイヌ人……北海道の先住民に狩りや漁の仕方を教えたとされる。名前は蕗の葉の下の人、という意味のアイヌ語である。
「アイヌ語なんて覚えてないからな……。少し調べたくらいで、勉強してないし……」
そうそう勉強する人もいないのではないだろうか。
「***!*****!」
「何と?」
「んー……。ここに来るべき者ではない、今すぐ去れ、かな」
「言葉わかってますよね?」
単語単語で理解できる内容ではない気がする。
「なんで……?九尾がいたからあり得ることなのか?」
日本の妖怪なら九尾くらいしか逆に見ていない。他の妖怪もこの世界に居るのだろうか。
「それにしても……。小さいな」
「**!****。**」
言葉が通じているようで通じていない様子だ。
「この世界……。今更だが地球を基準にして創られてるのか……?遺跡に中国語とか書いてあるから薄々気づいてはいたが」
白亜は小人達に小さく切ったバームクーヘンの欠片を渡す。お腹が空いていたのか、敵を前にしているのにバクバクと食べ始める小人達に苦笑する。
「どうするかな……。取り敢えずチカオラートに聞いてみるかな……」
くぁ、と欠伸をしながらこれからやることを頭の中に浮かべて優先順位を決めていた。




