「!?い、一大事です!お医者様を!」
「それでは二本目、参りましょう」
「こ、降参だ!」
「駄目ですよ」
「は?」
「言ったではないですか。根性叩き直すって」
ニコニコしながら白亜が答える。白亜の雰囲気とは裏腹にチンピラの顔がどんどん青くなっていく。
白亜の噂は良くも悪くも広範囲に広まっており、人を殺すことを好んでいる、とか、戦いになれば死なないやつはいない、とか。とにかくとんでもない噂になっていたりして、ヤバイやつと認識されているのである。
「魔法でも構いませんよ?全部相殺しますし。あ、打ち返すのも良いかもしれないですね」
打ち返す時、その威力は数倍に跳ね上がるだろうが。
「それでは二戦目。どうぞ」
「ひっ………!」
完全に立場が逆転している。
「向かってこないならこちらから行きますよ?」
アンノウンを一本腰から取り出して片手で器用に回転させながらゆっくりと音もなく歩いていく。
ピタリとアンノウンを掌で止め、透明で鋭い刃を出現させる。
「く、クソッタレェェェェエエエ!」
「そうですね。踏み込みが浅い。それから振りかぶりすぎです。もう少し小回りが利く構えを覚えた方がいいでしょう。それから、狙うところ見すぎです。目の動きで攻撃箇所を予測できますよ」
「なんで当たらない!?」
「私に攻撃を当てたいのなら魔王にでも勝ってみてください」
ダメ出しをしながら踊るように避ける白亜。演舞のような足の動きや、剣を逸らすアンノウンの美しい姿形に周囲で白亜を止めようとしていた者達は白亜の戦い方に目を奪われている。
「右足に重心をかけすぎです」
「ぐっ!?」
右足を軽く白亜に蹴られ、後ろに倒れ込むチンピラ。軽く払っただけの攻撃でも、岩なんて簡単に砕けてしまう白亜の脚力である。見事に骨が折れてしまっている。
「あ、折っちゃった。加減が難しいな……」
ぶつぶつ言いながら回復魔法で足を一瞬で治した白亜。チンピラとしてはもう止めたかっただろうが、白亜が速攻で治してしまったので途中で逃げ出すタイミングを無くしてしまった。
「本当なら、さっさと終わらせるつもりでしたけど。貴方の腐った根性叩き直さないと私の気が済まないので、少々強引にいかせてもらいます」
「………!」
チンピラの顔から汗がだらだらと滴り落ちる。白亜は軽く目を閉じ、耳を澄ませる。
「何を……?」
「ハンデです。私は目を瞑るのでどうぞ掛かってきてください」
「は?」
「どうします?」
「くっ!」
これ以上ないハンデを逃すわけにはいかないと、チンピラが剣を構えて走り出す。その構えは、白亜と戦う前よりかは洗練されている。白亜に指摘されたことを無意識に直し始めているのだ。
白亜はいつも訓練をするときに相手を煽ってからやる傾向にある。
その方が、戦闘状態に近い雰囲気で戦える上、悔しさを感じると指摘されるところを無意識に正そうとすることを白亜はよく知っているからだ。
だからよくハンデをつけた状態で戦う。勿論、訓練の話なので本気で戦うときにはそんなことしないのだが。
「………」
「!?」
見えていない筈なのに、紙一重で白亜が避ける。何度も何度もそれが繰り返される。
突然白亜が右手の人差し指でチンピラの手首を突く。
「いっ!?」
たったそれだけで、チンピラは剣を取り落として地面に突かれた左手首を押さえて転がる。
「見えていなくても。目に頼らない戦い方を覚えていれば戦える。どんな状況でもこれは役に立ちます。洞窟内や夜中なんか本当に使えますよ」
白亜は魔眼があるので必要ないのだが、魔眼は極力つかわないようにしているので目隠ししていても戦える方法を身に付けている。
「本来ならばまだこの勝負は終わってませんけど………。及第点には達しているのでいいでしょう。この勝負、私の勝ちで宜しいですか?」
「あ、ああ……」
実は三本勝負、白亜が勝ったような雰囲気になっているが、チンピラが降参と言ったのも一回だし、気絶もしていないので本当はまだ白亜が一本取っただけである。
白亜が急にやめたのは、チンピラの心の声を聞いたからだ。
〔早く終われ……怖い……〕
流石にこう言われては白亜も鬼ではないのでやめようという気になる。
『それでは、いきましょう』
『そうだな』
白亜は懐中時計から琥珀色の液体で満たされた一本の瓶をチンピラの前に置く。
「私が作った蜂蜜酒です。これならどうぞお好きに。ここで買った酒は流石に無理ですが」
ダイにせがまれて作った酒だ。シアン監修のもと作られたものなので相当良いものに仕上がっている。
「それでは、こちらも行く場所がありますので」
美しく、布の擦れる音さえさせずにお辞儀をする白亜。そしてそのままスターリのいる場所まで歩いていった。
「主!」
「スターリ。勧誘は断ったのか?」
「主よりも強いやついないから。知ってるなら、助けに来て」
「いや、大人気だったから声掛けづらくてな」
「ん」
「?」
「撫でて」
「あー。はい。よく頑張ったな。偉いぞ」
「ん」
白亜はスターリが頭を撫でられることを喜んでいることを知っているのでもう慣れたものだ。
スターリが嬉しそうで何よりである。
「帰る?」
「そうだな。買うもんも買ったし」
「買うもん?」
「酒」
「ダイに?」
「ん。あいつ酒無いと煩いし」
アルコール依存症になっているのではないだろうか。というか、契約獣はアルコール依存症になるのだろうか。
酒好きが多いので心配である。
「それじゃ………!」
白亜の半目が少し見開かれる。
「主?」
「………流石にバレたか」
斜め上を見る。スターリも白亜と同じところを見るが、そこにはなにもない。
「?」
「スターリ。出ようか」
「ん」
そのまま白亜とスターリは聖域ギシュガルドを出発し、近くの森へ。転移するためなのだが、白亜はそこで、
「いいぞ」
空に向かってそう言い放つ。すると、羽根の生えた馬が白亜とスターリの前に降りてきた。
「ペガサス」
「若旦那様、玄武様。何故我々に知らせずにこんなところに来たのですか?」
「それは……その」
そう。白亜達は配下組には黙って出発したのだ。知っているのはジュードとアシルのみである。
「言ったら誰か付いてくるだろうし……」
「当たり前です。長を守らない配下がどこにいるんですか。聞いたところによれば、最初、若旦那様一人で行こうとしたそうではないですか」
「ぅ………」
「貴方様は基本的に自由すぎます!長が動き回って上手く回る組織など殆どありませんよ?それに………」
白亜は長の自覚が足りないだとかで、こっぴどく叱られた。
「白亜。某にも言わないとは何事だ」
「いや、ダイに言うと余計にこんがらがりそうだったし……」
「某、白亜に何と思われているのだ……?」
白亜的には、面倒臭い酒呑みである。腕は立つのだが、白亜からするとまだまだなので余計に立つ瀬がない。
「酒も買ってきたし……」
「ならばいい」
チョロい。酒が絡むと弱くなる飲んだくれである。
「あれ、師匠?お部屋に戻られるんですか?」
「ああ。少し………疲れた」
「!?い、一大事です!お医者様を!」
「だから、疲れただけだって……。大事にしなくて良いから。寝れば治る」
「そ、そうですか……?」
滅多にそんなことを言わないのでジュードが本気で焦ったが、白亜が服を引っ張って止める。
「そうだ。俺にはシアンがいるんだぞ?変な病気だったらシアンが気付くって」
「それもそうですね。ゆっくりお休みください」
「ん」
シアンなら基本どんな事でも対処できるので安心感が凄い。
白亜はそのまま自分の部屋に入って服を部屋着に着替える。部屋着といってもあまりいつもの服と変わらないのだが。
「はぁ……」
大きく息を吐き、ベッドに身を投げ出す。
『マスター。もう動けないほどでしょう?』
「そうかもな………」
『無理しすぎだ。無理矢理にでも休め』
「そう、する……」
もぞもぞと布団を被って数秒経たずに眠ってしまった。




