「宜しかったら私と賭けでもしませんか?」
「それでも良いのかな………。勘自体がどんな感じなのかよくわからないけど………」
『それに、恐らく、というかほぼ確実に誰もマスターの契約破棄したいなんて言わないと思いますよ?』
『そうだな』
「ん?」
白亜は超自己過小評価のせいでこんなこと言い出したのだ。実際、白亜が契約解除したいと言い出しても誰も応じないだろう。
「あ、終わったぽい」
『ですね』
色々考えている内にいつの間にか終了していたようだ。
「そういえばこの辺には良いワインがあるんだっけ?」
『気候が良いので、良いぶどう酒ができますよ』
「それ買って帰るか……。ダイとか五月蝿そうだし」
『酒好きだからな、あやつは』
ぐぐっと伸びをして、スターリが外に出てくる場所に向かった。
『来ないな』
『来ませんね』
『此処であっているのか?』
『その筈だけど………。間違えたか?』
30分程経っても出てこない。白亜は待ち合わせ場所で適当に本を読みながら時間を潰していた。
『聞いてみるか』
目を瞑って周囲の声を聞く。普段から聞こえているのだが、意図的に必要の無い声は聞こえないようにしている。あまりにも煩すぎて他の事ができないのだ。
意識して周囲に耳を傾けるだけでどんな音も、声になって聞こえてくる。
〔そこの路地の果物屋が………〕
〔喉乾いたなぁ〕
〔次の入荷いつだっけ?〕
〔あの人格好良い〕
殆どどうでも良いことばかりだが、人の心の中の声さえも聞くことが出来る。だが、よほど大きくないと聞こえないので使える場面はかなり限られる。
『スターリの声は………ああ、そういうことか』
白亜が納得する。スターリの周辺に、声が密集している。
〔是非うちの警備に!〕
〔騎士になるおつもりは?〕
〔依頼したいのですが……〕
こんな感じだ。スターリは、
〔邪魔!主待たせる!〕
もう既に30分待たせているが、必死に逃げ出そうとしているようである。
『大変だな』
『他人事ではない気がしますけど』
『そなたが行けば良いのではないか?』
『それもそうか……』
パタン、と本を閉じて懐中時計に仕舞う。小さく欠伸をしながら再び会場に入っていった。
「…………」
物凄い人だった。スターリの周りに何人も何十人も人が集まっている。白亜はそのまま回れ右して会場を出た。
『あんな中に入ったら俺が潰れる』
『潰れますね』
精神的にはともかく、体は12歳、本来ならばまだ小学生である。半年で飛び級をして卒業してしまったが。
『でもあの感じだとスターリから人が離れるのは滅茶苦茶後になりそうだな』
『先にワインだけ買ってしまいましょう』
『ああ』
可哀想なことに、スターリは置いていかれた。
「これを樽で売ってもらえませんか?」
「樽!?」
「宴会で必要だってお父さんが」
「そ、そうなんだ。お使い偉いね」
もう説明その他は面倒くさいのでお父さんの宴会でお酒が必要な子供を演じる白亜。
「ただ、これ相当重いよ?」
「マジックボックスあるので」
「なら、大丈夫か」
白亜は早速賭けで手に入れた泡銭で二樽、ワインを購入した。
「ありがとうございました」
「いえいえ。お手伝い頑張ってね」
「はい」
演じきった白亜は酒樽を懐中時計に仕舞ってスターリのいる会場へ向かう。
「おい、ガキ」
「?」
「さっき酒買ってたよな?少し分けて欲しい」
「買ってきたらどうですか?」
「金なくてさ」
「そうですか。残念でしたね」
面倒なやつが来たと内心イライラしながら表面では笑顔で対応する。ただし、塩対応である。
「良いじゃねぇか、お父さんに黙ってくれれば良いだけの話だろ?」
「いえ、そういうわけにはいきませんので」
「おい、飲ませろって言ってるんだよ」
「お断りします」
額に青筋を浮かべながら未だに脅してくるチンピラを軽くあしらい続ける白亜。すると、
「やめなさいよ!この子も分かってないだけなのよ!」
突然白亜とチンピラの間に若い女性が割り込んできた。身なりからして、貴族だろう。
「君、大丈夫?」
「俺は酒が欲しいんだよ。差し出しゃおとなしく帰るぜ?」
「私が買うわ。それで良い?」
「だめですよ、お姉さん」
そこで待ったを掛けたのは白亜だ。ここで彼女に払わせるなど、正直嫌である。
「君、子供だからわからないかも知れないけど……」
「いえ、判ってますよ。お気になさらず。お姉さんがわざわざお金を出して払う相手ではないでしょう?」
「言わせておけば……!」
チンピラの方が限界のようだ。白亜はボケッといつものように突っ立っている。笑顔は、もう作っていない。
「き、君!お姉さんと謝りましょう?今ならまだ……」
「宜しかったら私と賭けでもしませんか?」
「「は?」」
白亜が言い出したのはそんなことだった。
「私が勝ったらこの件、全て水に流してお姉さんにも近付かないことに、貴方が勝ったら酒樽1つ。いかがです?」
「何て事を……」
「いいぜ。大人の怖さってもんを叩き込んでやる」
白亜は内心で悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「勝負の内容は簡単です。普通に戦いましょう?」
「ゲームじゃないのか?俺が絶対に勝てるぞ?」
「ええ。私が負けるなんてあり得ませんから」
これぐらいの相手には本当に魔眼に魔力を通すだけで勝てる。しかしそれを知らない周囲は顔を青ざめて白亜を止めようとする。
「君!止めなさい!」
「死ぬわよ!」
それは、相手に言ってやって欲しい。
「もっと開けた人が少ない場所でやりましょう。流石に巻き込まないように戦うのは疲れますし」
「言ってろ、ガキが」
珍しく白亜から挑発したのは、さっさとスターリの所に行きたかっただけであり、手っ取り早く終わらせるためである。
白亜とチンピラ、それと白亜を止めようとした人たちや女性が広場のような所に立っていた。
「止めなさい!本当に死んじゃう!」
泣きそうな程の勢いでそう言われ、若干罪悪感を感じる白亜。
「怖じ気付くのか?男だろ」
「そうですね。残念ですが、私は女です」
「「「…………は?」」」
心底どうでも良いカミングアウトだったがそれが余計に周囲に混乱を招いた。
「余計駄目よ!」
「そうだぞ!女と男じゃ身体能力が違い過ぎる!」
周囲は気にしないようにして、白亜がコキコキと肩をならす。
「そうですね、三本勝負でどうです?参ったと言わせるか、気絶するまで試合続行で」
「いいぜ」
舌なめずりをするチンピラが心底嫌なのか白亜は顔をしかめて腰のアンノウンと村雨を優しく撫でて感覚を確かめる。
「それじゃあ一試合目。お好きなタイミングでどうぞ」
「余裕な顔してられるのも今のうちだぁ!」
手入れが行き届いていない剣を大きく振りかぶるチンピラに溜め息をつく白亜。
「はぁ………。遅すぎ」
「は?」
次の瞬間、村雨をチンピラの首筋にピタリと当てる白亜がニヤリと不敵な笑みを浮かべ、
「どうします?斬りますよ?」
「ま、参った!」
その言葉は本来ならば白亜が発するものだと思われていた言葉。平然とした顔で、村雨を鞘に納める。
「いま、どうなった………?」
「普通に回り込んだだけです。特別なことはなにもしてませんよ。魔法も身体強化も使ってない。純粋な力比べですよ」
白亜がフッと笑う。
「剣の手入れさえ怠る貴方に、負ける道理はありません」
そのまま、美しくお辞儀をする。
「私が相手では不足かも知れませんが、根性叩き直すくらいならして差し上げましょうか」
「お前……一体何者だ……?」
「冒険者ですよ?これでもそれなりに名前は知られてはいると思います」
「名前がか」
「象徴の灯……ハクア・テル・リドアル・ノヴァ。ランク17の冒険者です。以後、お見知りおきを」
周囲の者の顔が、一斉に青ざめていく。白亜の名を知らぬ冒険者などいない。冒険者も市場に噂くらいは持ってくるので必然的に白亜の事を知らぬ者はそうそういないことになる。
「じ、ジジイって聞いたぞ」
「どこで話が食い違ったのか、そんなことになってますよね。私としては髪色とか以前に年齢や性別まで間違われて正直困っているところです」
「お前の師匠が、とかだろ?」
「いいえ」
白亜は自分のギルドカードを取り出して指に挟む。
「私ですよ。光の翼のパーティリーダー、象徴の灯です。長いから象徴って呼ばれてますけど」
観客の誰かが、本物だ……と呟いた。ギルドカードには偽造できないように様々な仕掛けが施されており、千円札の透かしのように、見ただけで判断できる物がある。
異世界らしく、魔法がかかっているのだ。
「さて、続きしましょうか。さっさと終わらせないと面倒ですから」
死刑宣告でも受けたかのようにチンピラの顔が真っ青になった。




