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『枷なんかじゃないですよ』

「スターリ。俺は一旦戻るぞ。魔力使いすぎた……」

「ん。ありがと」


 白亜が水で出来た手をスターリの鈴に持っていくと、光の粒子になり、鈴の中へ入っていく。すべて消えたときには、鈴が元の輝きを取り戻し、淡く光を放つ。


『勝者、冒険者スターリ!』


 思い出したかのように呆然としていた観客達が歓声を上げる。


 白亜は瞑っていた片目をゆっくりと開け、コキコキと肩をならす。


『どうでしたか?上手く動けましたか?』

『感覚が変わるから変な感じだな……。ていうか疲れた』

『そなたは気づいていないかもしれないが、魔力を80%ほど使っている。軽い気持ちでは使えない技だな』

『その分便利だな。目さえ狙われなければほぼ無敵だし』


 白亜の精霊を分離させて使う技。あれは体の一部を精霊に移して自分として動かすもので、今白亜は左目を移動させていた。


 左目以外は狙われても問題ないのだが、左目は逆にどんな攻撃も通じてしまう。しかもダメージは本体の方にいくのでかなり危険である。


『さてと。先にこれは返金しておこう』

『混みますからね』


 白亜は表彰が終わっていないのに賭け札を返しに行ってしまった。とはいっても返す場所も場内なので別に見えないというわけではないのだが。








「お。君、勝ったのかい?」

「ええ。これで良いですか?」

「おう。……スゲェ!最初からあの冒険者狙いだったのか?」

「知り合いでして」

「いいなぁ……。1の札だから今回の賭け金の10分の1の……ん?計算間違えたか?」


 何度も係員の男性が計算し直す。


「………」

「?」

「君。保護者は?」

「居ませんよ?何かあったんですか?」

「いや、その」


 口篭もる係員。白亜はその手元を見る。


「えっと、3×8×………13742エッタ。……ん?」


 日本円にして、137万4千2百円。確かに保護者を呼ぶレベルだ。


「君、今の一瞬で計算したのか?」

「はい。それぐらいはできます……それにしても凄い数字になりましたね」

「君は成人してる?」

「してないです」

「持たせても大丈夫か……?」

「大丈夫だと思いますよ?」


 あまりそうは見えないが、白亜はかなりの資産家である。冒険者というのは相当儲かる仕事な上、普通なら一ヶ月かけるような大仕事を一日で終わらせてしまえるので。


 流石である。


「悪い人に狙われるかもしれないよ?」

「有り得ないほど強くなければ勝てますので。これでもランク17の冒険者ですよ?」

「え?」

「本当ですよ?」


 この子供が?とでも言いたそうな顔をしている。


「ギルドカードは?」


 信じられないのかそう聞かれたので素直に懐中時計からカードを取り出して見せる。


「ハクア・テル・リドアル・ノヴァ……ん?どっかで聞いたことあるような……?」

「信じていただけました?」

「ご、ごめんよ。信じられなくて。大丈夫なんだね?」

「はい」


 大きな袋を渡されたので懐中時計に仕舞う。ついでにギルドカードも。


「ありがとうございました」


 白亜が賭けたのは100エッタ。別にスターリの勝利を信じれなかったとかそういうわけではなく、単純にすぐ出せたのが100エッタだったから、というだけである。


 音もなく歩いていく白亜。係員は暫く、狐につままれたような顔をしてその場に突っ立っていた。








「おー、やってるな」


 白亜が立ち見の一番上で誰もいない所から表彰式を見ていた。


 誰もいないのは、皆帰ってしまった訳ではなく、表彰式は下の闘技場まで近付いてみれるので皆そっちに行くからである。


 白亜は手摺に凭れながらスターリがトロフィーを受けとるところを見る。完全に保護者が下に行ってしまって、子供が一人置き去りにされているようにしか見えない光景だ。


『当然の結果ですね』

『だな』

『そなたらは妙に冷めているな……確かに当然の結果なのだが』


 白亜とシアンが普段と変わらないトーンで話すのをアンノウンは不思議に思う。


『人間とは、自分に関係のあるものが勝ったりすれば一喜一憂するものではないのか?………いや、そなたには似合わないか』

『勝手に自己完結しないでくれ』


 スターリが少し嬉しそうに大きなトロフィーを抱えているのを見て、白亜もポーカーフェイスをほんの少し崩して柔らかく笑う。


 その顔は自然であり、同時にぎこちなかった。


 笑みを作ること自体、最近ちょっと意識してやってること位のものだ。ぎこちなさは拭えない。


『シアン』

『はい?』

『スターリ達は………いや、なんでもない。忘れてくれ』

『?』


 何か話そうとして止める白亜。思っていることを率直に言ってしまう天然記念物(はくあ)にしてはかなり珍しい。


『なぜ言うのをやめた?そなたらしくない』

『なんか、言い出しづらいんだよ』

『どうせ我々以外には聞こえない。思いきって話してみてはどうだ?悶々とするのも大変だぞ』


 一瞬迷った後、迷いを断ち切って白亜が話し始める。


『スターリ達の契約、切った方がいいのかな』

『『!?!?!?!?』』


 突然の爆弾発言に驚く二人。


『なんでですか!?』

『今日のスターリ見てて思ったんだ……。あいつ等はもっと色んな所で活躍とか出来る筈なのに、俺が縛ってしまっているんじゃないかって……』

『それで突然の契約解除か』


 白亜は一瞬黙って、目を閉じる。


『色んな所から聞こえる。スターリを勧誘する声が』

『縛りを外したらマスターから離れてしまうかもしれないのに?』

『皆必要とされてる……。俺から離れて好きに暮らすも良いんじゃないかと。契約があるから俺は皆を縛ってるわけだし……』


 極論ではあるが、これは今偶々白亜が思い至った事ではない。少なくとももっと前からずっと考えていたことなのだ。


『俺は……もう、誰の足枷にもなりたくない』


 それは本心であり、前世の記憶があるからこそ言える言葉だった。


 白亜にとって、やりたい事とは復讐の二文字だった。


 同時に、それは誰も巻き込んではいけないとしっかりと認識していたために自分で金を稼ぎ、生きる時間まで手放してその為に、その為だけに一生を費やした。


 白亜の中の両親と過ごした温かく楽しい記憶など、殆ど残っていない。両親の顔さえ朧気で、今目の前に現れても誰かわからない位忘れてしまっている。


 そして、周囲の哀れみの目が酷く恨めしかった。


 そんな状況に陥ってもいないくせに、どうしてそんな言葉を掛けるのか。どうして他人の癖に自分を施設に入れると決めるのか。


 幼いながらに判っていたのだ。自分は人の、周囲の大人の枷でしかない。哀れみという感情を向けられても、結局は他人である。知り合いの子だからという理由で引き取る気にもなれない。


 引き取ればその分食費は勿論、水道代やガス代も一人分増える。


 それは金を稼ぐことが難しい山奥ではかなり危険な状態に陥る、ということだ。


 白亜は元々相当頭が良かった。その分、無駄に理解してしまい、無茶な道を歩いてしまった。復讐心が大きく膨らんでしまったのも、それが理由だろう。


 せめてもう少し、白亜の頭が悪かったなら自爆死という道は選択しなかっただろう。誰の手も借りず、自分の事を誰にも教えず、他人を知ろうとしない。


 それは今までの白亜の生活が作り出してしまった白亜本人であり、シアン達が変えようと必死になっている部分である。


 だからこそ、


『枷なんかじゃないですよ』


 シアンは優しく、声を掛け続けるのだ。白亜が閉ざそうとする心の隙間に、自分の言葉という鍵を差し込んで無理矢理にでも抉じ開けるために。


『前世のマスターはよく知りません。記憶でしか見れないのです。ですが、マスターが考えているほど、世界は厳しくありませんよ』

『そうだな。そなたは全てにおいて考えすぎだ。直感に従うことをしない』


 アンノウンが笑いながら続ける。


『少し位は、勘で動いても良いのではないだろうか?』

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