『絶頂、ですか』
スターリは、男の子のペンダントをとらなかった。何事もなかったかのように、平然と次の獲物を探しにいく。
「なんで」
「?」
「なんでそんな話したんだよ」
「お前、寂しそうだった。それだけ」
「寂しくなんか……」
「そう?私は、主とは違う。人の心は聞こえない。だから見る。それだけ。間違えてたら、ごめん」
スターリがてくてくと歩いていく。男の子は一瞬迷った後、ペンダントを外してスターリに投げた。
「?」
「オレは多分次の試合には出られない。出れたとしても大怪我負って終わりだろうし。………だから、オレの参加賞はお前に預ける。絶対勝てよ。応援してるから」
「ん。言われなくても、勝つ。主に褒めてもらえるから」
スターリはペンダントを自分の物に連結させた。木で出来た紋章は、太陽の光を浴びてぼんやりと影を映し出していた。
「ま、当然だな……」
白亜はその日の予選通過者の名簿を見てポツリと言葉をこぼした。
スターリの名が一番上に書かれている。
「水13、花16、木15……。計44って……。もう少し他に譲っても良かったんじゃ……?」
43人がスターリの餌食になったのだ。可哀想に。
『もし出たとして、そなたは譲るのか?』
『精々10枚ずつにしておくかな』
『やってることそんな変わりませんよ』
白亜はそうかなぁ、と呟きつつ、他の参加者を見る。
「スターリなら問題ないかな。俺が心配することでもないだろう」
『ですね』
『だな』
くぁ、と欠伸をしながら懐から懐中時計を取り出す。ツマミを回して、蓋を開く。
「お。中々良い結果だ」
『絶頂、ですか』
時間をついでに確認して、蓋を閉じる。軽い音をたてながら美しい絵柄の蓋が時計の針を隠すようにして閉まる。
「明日は、何があるかなぁ……」
アンノウンに優しく触れながらどこかへ歩いていった。
「ん」
スターリが腕を一回振っただけで相手が悶絶し、倒れていく。
二回戦目は三つのグループに分かれてのバトルロイヤル式。多数対一の戦闘に慣れぬものは直ぐに退場させられるか即座に気絶させられていく。
スターリにとっては、簡単すぎる事だった。一対一の方が慣れているが多数対一でも十分戦える。長年の経験により、何が危険で何ができるのか見極めるのも上手い。
観客が増えたのは予選落ちした人たちが観客席に流れ込むからである。
白亜も一瞬席を取り損ねたが、直ぐ様空いている席を見つけて座り込んだ。
スターリは身体能力にものを言わせて腕の1振りで周囲を吹き飛ばしていく。まさに無双しているといった方が正しいだろう。
「相変わらず燃費が悪い動きしているな……」
白亜にとっては、そこまで動かなくてもいけるだろ、とさえ思っているのだが。
「なんだよあの女……強すぎるだろ」
「一体どこ出身だ?パッと見人間だが……」
周囲のやりとりを聞き流しながらスターリの戦い方をじっと見る白亜。
『強い!強いです!今回の大会の優勝は彼女が飾ってしまうのでしょうか!』
司会の方も熱が入っている。ここまでの猛者が現れたことなどそうそうないので余計にだろう。
スターリが走りながら詠唱し、右手で殴りながら水の弾丸を周囲に放出する。これは、両手で別の文字を同時に書くような行為なのでできる人は早々いない。
実際は白亜達は平然とこなせるが。
スターリが最後に残った人を場外に放り出してストレート勝ちした。
『勝者、ランク10冒険者、スターリ!』
会場が沸き立つ。賭け札を握り締めて敗退した選手に怒鳴る人もいるが、スタッフに制圧される。この光景を見ていると、割りとこういうことはあるようだ。
『最終決戦です!勝ち残った三人の紹介を改めていたしましょう!』
司会と観客がヒートアップしていく。
『突如現れた謎の女性冒険者、スターリ!』
奥から堂々とスターリが出てくる。視線が少し泳いでいるところを見ると、白亜を探しているのだろうか。
『子爵家の長男であり、今大会の優勝候補、剣聖、キュウゲツ・ミルガルド!』
スターリに負けはしたが、あの後ペンダントを集め直して決勝まで来たのだ。
『そして、特殊属性魔法を使いこなす、スターリ選手と共に謎が深まるばかりの男!カスト!』
深くローブを被った痩せた男が出てきた。痩せているとは言っても剣聖のように筋肉質というわけではなく、少し栄養不足のように見える。
『それでは決勝のルールを説明させていただきます!』
その言葉を聞いて会場が一斉に静かになる。
『決勝はなんでもありの勝ち残りルール!殺しは無しでお願いしますね?魔法も剣も!お好きな戦い方で勝ち残ってください!最後まで立っていた人の勝利です!』
なんでもあり。観客の横やりさえ許可されてしまった試合である。当たり前だが白亜はそんなことする気はない。
白亜は試合や決闘を重んじるタイプの人間であり、本当に命の危機でもない限りは絶対に参加しない。
『いいのか?』
『ああ。俺が入ったところでスターリの試合の邪魔するだけだ。あいつ次第だよ。俺のあれを使うかどうかも、な』
『しかし、気づいてないのでは?』
『ああ。気付いてないだろう。ヒント無しだからな。何かあったら勝手に作動するだろうし』
腕を組んでフッと笑う白亜。
「さぁ、どうする?スターリ……」
何が起こったのか。
スターリは剣聖達の動きを観察しようと、最初は動かなかった。二人も動かなかった。
要は、誰も動き出さなかった。スターリが迷っていると、剣聖と痩せた男が互いに近付いて剣を合わせた。その瞬間、剣聖と男の目が大きく見開かれ、互いに憎しみの炎を宿らせる。
「………?」
反応がなく、少し困ったスターリだったが、二人はスターリのことを放って突然叫ぶように話し出した。
「やっと……!やっと見つけたぞ、ザクロォオオオ!」
「いつか対峙するとは思っていたが……まさか、こんな場所とはな……。つくづく、自分の運の悪さを恨むよ」
ザクロ、と叫ぶ剣聖に冷静に話す痩せた男。すると、男が長いローブを脱ぎ捨てる。
「「「………!」」」
観客までもが、息を飲んだ。身体中……腕から首まで、魔石が埋め込まれている。
皮膚に直接、だ。常人のやることとは思えない。
「久し振りだな、キュウゲツ……今は剣聖と呼ばれているんだったか」
「あんたが奪った僕のもの……全部返してもらう!」
「やってみな」
白亜のように、急激にスイッチが入れ替わった。冷静な男というイメージが崩れ、ニヤニヤした気持ちの悪い笑みを浮かべた狂人がそこにはいた。
「……………」
スターリ、どうしたらいいのか判らず固まってしまっている。
「「死ねぇぇぇええ!」」
ルール違反の言葉を叫びながら二人の剣が何度もぶつかる。その度に甲高い音が周囲になり響き、ぶつかった瞬間に出た火の粉が舞っていく。
「そんなもんか、剣聖様よぉ!」
「まだまだだこの野郎ぉぉおおおお!」
魔法まで行使しはじめて戦っている場所が徐々に欠けて、壊れていく。地面にヒビが入り、削れて風に飛んでいく。
「「はぁはぁはぁ………」」
互いに汗を流しながら荒く息をする。実力は互角だった。スターリは完全に置いていかれている。
「これで、終わりだ!」
男が懐から何かを取り出した。
「それは!」
「もう気付いても遅い!死ねぇ!」
丸い、それでいて真っ赤に燃えるように光っている玉のようなものを剣聖に向かって投げる。スターリは直感した。あれが当たったらあいつは死ぬ、と。
スターリは白亜によく言われていた。
「自分が強いと自覚しているのなら、何があっても人を守らないといけないと俺は思うんだ」
「どうして?関係ない」
「そうだ。関係なんてない。それでも、だ」
「よくわからない」
「お前はそうかもしれんな。………だが、俺は前世で誰も頼れる人がいなかった。だから俺は俺みたいな子供を減らしたい。ただ、それだけだな」
そう、少し笑いながら、少し悲しそうに言っていた。
だから、自然と体が動いた。白亜の言われた通りに。どうしようなんて考えてもいない。だが、何かしなければという思いだけが先走ってしまった。
「な………!」
突然割り込んできたスターリ。しかし、玉の勢いは止まらない。スターリは知っている限りの防御魔法を体に張りまくった。
次の瞬間、スターリの視界が白く染まった。