「生きてられるのも、不思議なくらいだろ?」
「で、これはどういう状況なんだ?」
「噂で師匠が遠出していると賊が聞き付けたようで……。別の国の使者が訪れる予定だったものですから、父上達はそっちに掛かりきりになってしまい……僕たちも手伝っていたのですが」
ジュードがそこまで言うと、リンが言葉を引き継ぐ。
「私が留守番していたら突然お城に侵入していた山賊に襲われたの……。ジュード君たちも私のせいで攻撃できなくて……」
「成る程。大体判った。国王様は?」
「外国の使者のお迎えに」
「そうか。無事なら良いんだ。良いんだが………」
じとっとした目をダイやジュード達に向ける。
「お前らもっと警戒しろ。特にダイ。なんのためにお前らを召喚したままにしてるかわかってるか」
「う……すまぬ」
「俺が偶々早めに帰ってきたから良かったものの……」
配下組、その後二時間ほどみっちりお叱りを受けたのだった。
「ハクア!おかえり……あれ?何かあったの?」
「サラ。どこ行ってたんだ?」
「地下室にこもってたけど……」
「そうか。騒ぎは知らないのか」
「なんの話?」
「いや、もう終わったことだから気にしなくて良いぞ」
サラのお陰で白亜の説教が中断された。
「お土産は?」
「妙に図々しいな……。買ってきたけど」
懐中時計から次々と取り出していく。
「さ、酒があるぞ‼」
「お前ら今日のことがあるから一週間禁酒な」
「「「なぁあぁぁぁ!」」」
白亜は説教だけでは終わらないようだ。一週間禁酒を命じられて酒好きな配下達が一斉に固まった。
「サラはこれだな」
「可愛い!ありがとう!」
クレーンゲームでとった縫いぐるみを渡されて早速車イスに縫いぐるみを固定する。
「いいなぁ……」
「リンのもあるから」
苦笑しながらリンの分も出す。
「おっきい猫さんだ!」
本当に巨大な一メートルはありそうな猫の抱き枕である。
「ありがとうハクア君!」
モフモフと抱き付きながら幸せそうな顔をするリン。楽しそうで何よりである。
「はい」
「あ、ありがとうございます……?」
ジュードに手のひらサイズの小さい箱を渡す白亜。
「なんですか、これ」
「そこのボタンを押してみろ」
カチッと軽い音がして蓋が開く。すると、なにかが回転する音がして、独特な音色が鳴り響く。
「綺麗……。これなんですか」
「オルゴールだな。ドラムって呼ばれるピンのついた太い棒みたいなのが回転して金属板を引っ掻けて音を出す楽器だ」
「金属板を引っ掻けて……?」
「こういうことだな」
白亜が懐中時計から三枚の金属の板を取り出し、順番に指で弾くと各々異なった音程の金属音が響き渡る。
「それが何枚もあって突起で弾いている、ということですか」
「そういうことだ」
小さな音のでる箱に興味津々だ。
「後は配りに行かないといけない人達だからよしとしよう」
一通りお土産を配り終わり、一息つく白亜。
これからはのんびりと冒険者していけばいいかなぁ、等と正直絶対にできないであろうことを考える。
「ハクア君!お風呂入ろ?」
「風呂?なんで?」
「入ってないんでしょ?」
「入ってないけど」
「じゃあ行こう!」
半ば引きずられるようにしてリンに浴場に連れてこられる。
「中入ってる人いるじゃん」
「いいのいいの!」
確実になにか仕組んでいるリンは白亜を無理やり風呂にいれようと押し切る。
「まぁ、別にいいけどさ……。多分ビビるよ」
「え?」
白亜はグッと服を捲る。
「………!これ……」
リンが驚くのを横目で見ながら次々と脱いでいく。
「生きてられるのも、不思議なくらいだろ?」
「ここまでって思わなかった……。ごめんね」
「いいよ別に。気にする必要はないし、俺も気にするつもりもないから」
まるで抉ったやつを縫いつけたかのように身体中にうっすら線が入っている。縫ったような糸などは見当たらないが、痣のように全身に纏わりついているように見える。
「いつか消えるから気にするな。今だけだよ」
「ならいいんだけど……」
「寧ろ取られた腕や足が再生して助かった。感覚のズレも修正できるくらいのものだったし」
胸のサラシをとった瞬間、リンの動きが完全に固まった。そのまま自分と白亜の胸を交互に見て、酷く衝撃を受けた顔をする。
「え」
「どうした?」
「なんでそんなに大きいの……?」
「なにが?」
「なんでもない……」
どこか上の空のリンを一旦放置してタオルやらを準備していく白亜。
「行かないのか?」
「いくよ………」
疑問符を頭の中に大量に出現させながら浴場に入る白亜と白亜のでかさに衝撃を受けて心ここにあらず状態のリン。
「し、師匠!」
「………は?」
「混浴なんですよ、ここ……」
「いつから!?」
「今日だけですが……」
嵌められたようである。ジュードとダイの姿を見て一瞬固まった白亜だが、同性も異性も興味ない白亜なので特に気にせずに頭などを洗い始める。
ただ一応気にしてはいるのか、大きめのバスタオルで体を覆っていたが。
「師匠の体……」
「その内消える。気にするな」
「そうですか……」
「何を落ち込んでる?」
「いえ、僕が早く師匠を見つけていればこんなことには……」
俯いてボソッと独り言のように言うジュード。
「馬鹿かお前は」
「へ?」
「全部俺が悪いんだからお前が気に病む必要はない。これ全部自業自得だからな」
「ですが」
「俺から見たらお前はまだまだ子供だ。考えが甘すぎる。それもいいのかもしれんが」
一番子供の白亜が何を言っているのか、という疑問は出てくるが、この中で一番大人びているのも白亜なので。因みに一番子供っぽいのはダイである。
どうやら年齢と大人っぽさは比例しないらしい。
「俺は俺の好きなようにやる。自分勝手で生きてるだけだ。今までも、これからもな」
チョン、と指先を水面につけ、ほんの少し水面を揺らす。すると、揺れた水面から水で出来た小鳥が飛び出てきて周辺を飛び回る。
「俺は好きで魔法を覚える。娯楽の為に強くなる。全部自分勝手で楽しさを求めるだけ」
小鳥に白亜が触れると、パシャン、と元の水に戻った。
「その過程で捕まろうが殺されようがそれは全部俺の自分勝手が祟っただけだ。誰も悪くない。寧ろ俺が悪い」
小さく欠伸をして、浴槽からでる白亜。
「守る強さを求めるのも、人が周囲から居なくなって欲しくないっていう自分中心の考えだ。人なんて皆そんなものだし、俺がどうなろうがお前にはなんの非もないんだから」
そう言ってから、静かに浴場を去っていった。
「師匠は……どうして僕達を遠ざけるような言い方をするんでしょうか」
「白亜は……子供の時間が短すぎたのだ」
「子供の時間、ですか」
「もともと頭のいい奴だったからというのもあるのかもしれんが、聡明過ぎた。両親を早くに亡くし、余計に大人になろうとしてしまった」
シアンから聞いたことだが、と前置きして話すダイ。
「白亜は自分に納得がいかないのだ。誰にも自身を語らず、人を遠ざけ、目につくものを守ると同時に自分を壊してしまう」
「どういうこと……?」
リンがタオルを巻いたまま浴槽に入ってきた。
「先程の白亜の体を見ただろう。あれが何よりの証拠だ」
「自分の限界を知らない……ということですか」
「寧ろ逆かもしれん。限界を知っているが故にもっと自分はうまくできるのではないかと追い込んでいくのだ」
ジュードの方を見て、心当たりはないか、と聞く。
「……師匠は、自分が納得するまでずっと同じ魔法を練習し続ける癖があります」
「そういうことだ。自分の限界を超えてまでなにかをやろうとする。結果、自分を壊し続けてしまう。しかもそれを隠すから余計にたちが悪い」
白亜のボロボロの体を思い出して、目を伏せるリン。
「師匠は、何をしたいんでしょうか」
「某には白亜の考えなど読めん。だが、自棄を含む勇気はなんとしてでも止めなければならない。それに……気付いているか?白亜は見た目よりかなり限界に近い状態だ。それこそ、凡人ならばとっくの昔に死んでいるようなものだ」
「ハクア君だから、耐えれてるってこと?」
「そうだ。某が白亜の状態になったら三日で死ぬだろう」
何とかせねばな。と呟きながらダイも出ていく。ジュードとリンがその場に残されたが、二人ともしばらく考え込んでいて動かなかった。




