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「判らんから取り合えず殺さずに拘束して置いたけど………」

「帰ってきたんですか?」

「ああ。帰ってこれたな」

「……ひとつ、お聞きしても?」

「なんだ?」

「ここ……どこでしょうか」

「さぁ……?」


 白亜も把握していなかった。現在白亜とグラキエスは砂漠のど真ん中である。


「どこだ、ここ」


 特に転移場所を指定していなかったので国どころか大陸さえ判らない。


「魔力回復はやっぱりこっちの方が断然早いな」


 手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。


「どうするんですか?」

「見るから、問題ない」


 白亜の左目が翡翠色の輝きを放つ。


「ここからかなり遠いが……。まぁ、一発で行けるだろ」


 暫くなにか考え込む仕草をし、小さく呟く。


「転移」


 一瞬の浮遊感の後、いつもの白亜の部屋に到着する。


「静かだな……」

「ですね」


 突然、白亜が何かに気づいた顔をして、グラキエスに自分の口に人差し指をたてて、静かにしろ、とジェスチャーをとる。


「………」


 よく判らないが取り合えず黙るグラキエス。


 白亜はそのまま壁のほうに歩いていって、壁に額を押し付けて目を瞑る。


 暫くそうしていたかと思うと、突然中断して机の上にあるメモを持って、何かを書いてグラキエスに見せる。


【トラブル発生。謁見の間に行くぞ】


 グラキエスは声を出さずに頷くことで了承する。


 白亜は靴を音がならない、靴底の柔らかいものに履き替えて慎重に部屋を出る。かなりのスピードで動いているのでグラキエスは足音がならないように必死に食らい付いていく。


【状況は不明。全員が謁見の間に集まっていて、かなりの人数が殺気だっている。事が掴めるまでなるべく隠れる】


 再びメモをグラキエスに見せて、コク、と頷く白亜。


【これから別行動とする。お前は直接謁見の間に行ってくれ。俺は別ルートを確認してみる】


 グラキエスは静かに敬礼をする。白亜はそのままポケットにメモとペンを入れて、音がならないのが不思議なくらいの速さでどこかへ駆けていった。


 グラキエスは言われた通りに謁見の間に急ぐ。


「……!」


 誰か歩いてきたので天井にへばりつき、柱の影に隠れるようにして様子を窺う。


「面倒だな。なんで俺たちは周囲の警戒なんだよ。どうせ誰も来ないんだろ?」

「そうだが、何かあった時に、対処しなければ」

「王族を狙うなんてお頭も流石だよな。あの行方の判らなかった象徴も、今は別の国に行っているって噂が入ってるし」

「それは助かったな。あの象徴相手では命がいくらあっても足りん」

「全くだ」


 グラキエスは声を聞き、急いで謁見の間へ向かう。


 謁見の間の前にはいつもいる筈の兵も居らず、その代わりに小汚ない格好の男達が座って酒盛りをしている。


 どうしようかグラキエスは悩む。


 先程の男達といい、この酒盛りをしているやつらといい、完全に賊だろう。何とかして無力化したいが謁見の間に仲間がいるらしいので下手に手を出せば人質をとられるだろう。


 グラキエスが周囲に目を向けると、白亜が通風口から覗いていた。


【睡眠薬を使う。吸わないよう、気を付けろ】


 グラキエスの視線に気づいた白亜がメモを見せてくる。


 グラキエスが読んだのを確認して、ポケットから透明で見えにくい球を取りだし、魔力を流して近くに放って通風口の奥に逃げ込む。


「ここまでうまく行くと逆に怖………あ?酔ったか……?」

「ま、さか………魔法………じゃ」


 バタバタと倒れていく。効き目は抜群だ。通風口に逃げ込んだ白亜は大丈夫なのだろうか。入ってくる気がするのだが。


 グラキエスは白亜に言われた通り、こっそりと謁見の間に侵入した。


 ビーッ!ビーッ!ビーッ!


 その瞬間、電子音のようなものが遠くから聞こえた。実は、白亜が賊の気を逸らすために庭の奥の方に防犯ブザーを投げたのだ。効果はかなりのもので、城の中を警戒していた者達が一斉に外に出た。


 しかも白亜はしっかりと計算してやった事らしく、謁見の間では聞こえないギリギリの音量である。


 グラキエスはそのまま中に入っていく。


「おい、止まれ」

「………!?」


 グラキエスの首に剣が突き付けられている。隠密に長けたヴァンパイアであるグラキエスが見つかってしまった。


「誰だ。象徴か」

「………なんの話です?」

「いや、聞くまでもなかったな。お前が象徴だろう。ここまで近付かれても俺様が気付けなかったんだからな。相当な腕の証拠だ。俺様には敵わなかったがな」


 グラキエスの手に魔力を封じる手錠が嵌められ、連れていかれる。


「お頭。象徴らしき人物をつれてきました」

「入れろ」


 白亜と勘違いされたままグラキエスが中に押し込まれる。


「わっ!」

「え………?」


 ジュードをはじめとした事務組が一同、グラキエスと同じように鎖で繋がれて縛られていた。


 頭領らしき人物は、リンの首に短剣を突き立てて人質にとっている。


「象徴。これが誰かわかるか?」

「………!」

「大事な仲間をとられてさぞ恨んでいると思うがこちらの要求を飲め」

「…………」

「嫌とは言わせない。こちらにはどんな物でも見透かせる魔眼を持った部下がいるのだからな。逃げようとなどするなよ」

「…………」


 肯定も否定もせずに頭領らしき男を見つめるグラキエス。ジュード達もグラキエスが何かしようとしているのを感じとり、全員黙っている。


「お前の魔眼を寄越せ。魔眼と交換でこの小娘を返そう」

「………信憑性がありませんが?」

「山賊に信憑性を求めるのが間違っているな。それと、渡さないのなら殺すが」

「なぜ私に魔眼があると?見えないでしょう?」

「卓越した魔法使いとは聞いている。魔眼を隠す方法だって知っていてもおかしくないだろう?」

「成る程」


 グラキエスはどうするか迷う。白亜ならなんとかしてくれそうだが、魔眼持ちと言うグラキエスを見つけた男に見つかる可能性もあるかも知れない。


 悶々としていると、白亜の魔力が周辺にじんわりと満ちてくる。慣れ親しんだ者しか判らないくらいの弱く、ぼんやりした魔力だが、グラキエスはこれを白亜の合図だと受け取った。


「いいでしょう」

「では先に魔眼の方を確認させ―――」


 その瞬間、地面から蔓が突然生えてきてリンを囲うようにして守る。同時に、ジュードやグラキエス達の魔力封じの手錠がバキンバキンと蔓で壊されていく。


「何!?」


 頭領の顔が後ろに大きくのけぞる。突然白目を向いて気絶した。


 ぐるぐるに蔓で縛られた山賊全員(・・・・)が謁見の間に運び込まれた。


「判らんから取り合えず殺さずに拘束して置いたけど………」


 コンビニに行って帰ってきたかのような気軽さで、白亜が半殺しにした男たちを運んできた。


「ハクア君!」

「大丈夫か?良いタイミングが見つからなくってちょっと出遅れた。すまないな」

「ううん、大丈夫!」


 リンは白亜に抱き付く。


「おかえりなさい」

「ただいま」


 少しだけ、眠そうな声色でいつものように、そう言ったのだった。

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