「君は、そんなに私の事を信用できないの……?」
「じ、地面………!」
「地面がお好きなんですか?」
「トラウマになったわ!」
村に入ったので白亜がワイヤーを解くと、泣きそうな位喜んでいる。
「それで、歩けますか?」
「いや、痛くて無理」
「そうですか……。治すのは最後の手段にしないと……」
「え?なんて?」
「なんでもないです」
白亜はグラキエスに男性を背負わせる。
「なんであんたが背負わないんだ?」
「自分で言うのもなんですけど、体格的に私より彼の方が背負っててもおかしくないでしょうし。山の中だったから人目を気にする必要はないと踏んで私が背負いましたが」
そういいながらワイヤーを回収してウエストポーチにしまう。
「それでは行きましょうか。どちらです?」
「あ、あっちだ」
「了解いたしました」
白亜は不自然でない程度に走る。勿論グラキエスもだ。
「あんたらそんなに走ってて疲れないのか!?」
「ええまぁ、このペースでしたら二日は休まず走れますよ?」
「マラソン選手かよ!」
冗談だと受け取っているが本当である。白亜の言うことは人間離れしすぎていて冗談なのか本気なのか判別不能だ。
「そこの青い屋根だ」
「はい」
減速しつつ入り口の戸の前で立ち止まる。
「ここでいいでしょうか?」
「いいけど、礼くらいさせてくれ」
「いえ、こちらは当然の事をしたまでですので。あ、中に人いらっしゃいますか?」
「ばあちゃんがいる。呼んでくれ」
白亜がインターホンを押すと、ピンポーン、と軽い電子音が鳴り響く。
「そういえばあんたの名前聞いてなかったな。俺は矢野宗久」
「戦国武将みたいな名前ですね……。私は海道。海道 新です。そこにいるのは……護衛、でしょうか。私の付き人の佐藤氷雨です」
適当にグラキエスの名前をでっち上げてそう名乗る。
「新か。あんた幾つだ?」
「20です」
「やっぱり年上か」
「おいくつですか?」
「18」
「ですよね」
ちょうどその辺りを予想していたので。
プツ、という音がインターホンから鳴り、声が聞こえる。
『どちら様ですか?』
「ばあちゃん。俺だよ」
『宗久!どこほっつき歩いてたんだい!』
「山で落ちて気絶してたんだよ。この人たちに助けてもらった」
そう言った瞬間、ドタドタと何かが走ってくる音が聞こえ、凄い勢いで戸が開く。
白亜はサッと一歩下がって戸がぶつからない位置まで避難していた。
「宗久!大丈夫かい!?」
「大丈夫だよ。ちょっと足が痛くて立てないけど」
「そう……良かった」
お婆さんが出てきたが足腰はしっかりしていて元気である。顔や手には深い皺が刻まれているものの、肌には艶があり、ここめで走ってくる辺り、老人にしてはかなりアクティブである。
「孫を助けてくださってありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか……」
「いえ、偶々通りかかったものですので。お気になさらず」
白亜はフードを被ったまま、そう言う。
「…………?」
「あの……?なにか付いていますか?」
「貴方……ご両親の名前は?」
「え?」
「ご両親の名前」
「りょ、両親は……」
なんと答えたらいか一瞬迷い、
「顔を覚えてないんです」
「そう……。ごめんなさいね」
「い、いえ!」
何となく嘘をつくのがためらわれて、そう答えた。
白亜のこの言葉は実は本当だったりする。覚えてはいるが、完全には思い出せない。写真等も火事ですべて燃えてしまったので思い出しようがないのだ。
「どうぞ、入ってくださいな」
「いえ、大丈夫です。行かなければならないところがあるので」
「そうですか……。お顔を見せていただけませんか?フード越しじゃお礼も言えないから」
「か、顔!?」
白亜、ピンチである。歴史の教科書に載ってしまっているくらい有名人なので誤魔化しが効かない。
『どうしよう』
『どうせこの後直ぐに帰るんですから見せてもいいのでは?ここで見せないと逆に怪しまれそうですし』
『そう言うものか』
ちら、とグラキエスを見ると、白亜の意図を読み取ったらしく、こっそりと頷いてきた。
白亜は一瞬躊躇ったがフードに手をかけて下ろす。
「………!」
「新!?あんた一体……?」
驚きに目を丸くする二人。
『やっぱり見せない方が良かったんじゃないかな……?』
『これでいいんじゃないか?そなたが怪しまれて通報される方が面倒だろう』
『そうですよ』
『そうだけどさ……』
居心地悪そうに少し斜め下を見る白亜。
「白亜君……?」
「………え?」
「白亜君よね!?」
「へ?いや、私は海道………」
「白亜君だよね!?」
誰なのかさっぱり理解できていない白亜に抱き付くお婆さん。
「え?え?」
「ちょっとばあちゃん!新は確かに似てるけど……」
「白亜君……いままで何処に居たの?東京に行ってから一回も帰ってこなかったから心配で心配で仕方なかった……」
「えっと………?」
白亜は一回離れて全体を見る。
「ひかりさん………?」
「思い出してくれた!?」
「え、あ、しまった………」
独り言が聞こえてしまった。白亜、これでもう言い逃れできない状態に陥ってしまった。
「新、これはどういう……?」
「………グラキエス。説明してくれ……」
「私がですか!?」
白亜も状況理解できていない。ここで唯一何が起こってるのか理解できているのは目の前のひかりさん(?)と、
『やはりそうでしたか。顔の造形が似通っていたので、もしかしたら、と思いましたが』
シアンだけだった。
「いままで何処に居たの?」
「い、いやぁ……」
「新!説明してくれよ!」
「何がなんだか俺がわからんぞ……」
二人から質問攻めにあい、相当参ってしまった白亜。
「二つ一片に質問されても……」
そうボソッと言うと、二人の質問が止まる。
「じゃあ聞くわよ。いままで何処に居たの?」
「その質問にはお答えできないんですが……」
「じゃあ二つ目。新、あんたは揮卿台白亜なのか?」
「ぅ………。………はい」
「じゃあ三つ目。なんで帰ってこなかったの?」
「それは……その……。帰ってこれなかったと言った方が正しいと言いますか……」
見事な連携ぶりを発揮する二人。流石は祖母と孫である。
「四つ目。あんたは死んでなかったんだな?」
「知ってる限りでは……二度死んでますね……」
唖然。生き返ったのか、いやそんなことはあり得ないだろう、とぶつぶつと呟く。
「じゃあ五つ目ね。どうして無茶したの?」
「無茶ですか……。ひかりさん。この際だから言いますが、私は………いや、俺はあの時生き残ってても一年後には確実に死んでいた」
「どうして……そんなことは」
「あり得るんだよ。……気力が急に使えるなんておかしいと思わなかった?」
「ええ……。それは思ったけど」
「俺は21歳から先の人生は捨ててた。中学の時、寿命と引き換えに、っていう条件であの力を手に入れた。ひかりさん含め、誰にも知らせなかった」
白亜はその場から立ち上がってウエストポーチから封筒を取り出す。それをひかりに握らせて、フードを被る。
「俺は……両親を殺したあいつ等を許せなかった。自分でも馬鹿みたいだって思ったけど、不思議と自分の事なんてどうでもいいって思うようになってた。……復讐のためになら、なんでもできた。死んでも、悔いなんて無かった」
そう言ってグラキエスに目を向ける。黙って歩き出した。
「ひかりさんには、感謝しきれないほど感謝してる。……何も持ってない俺を、受け入れてくれて……ありがとう」
深々とお辞儀をしてゆっくりと歩き出した。
「待って!」
ひかりが白亜に後ろから抱き付くようにして止める。
「お礼なんていいわ。君がどこでどうしてたかなんて私は知らないけど、そんなものどうでもいい。君が無事だっただけでいい」
「………」
表情を一切変えずに白亜がひかりを見る。
「あの後、ニュースで白亜君がどうなったか聞いて、直ぐに東京に行った。いくら探しても見つからなかった」
「………自爆したから」
パン、と白亜の頬が揺れる。ひかりが平手打ちをしていた。日本に来てからよくビンタされるなぁ、と至極どうでもいい事を考え、それでも体が硬直して動けなかった。
「なんで、なんで……どうして相談してくれなかったの……?」
「そ、れは……」
ひかりは泣いていた。白亜の胸ぐらを掴んで前に後ろに揺さぶる。
「何のために私がいると思ってるのよ!このバカ!スカポンタン!」
「す、スカポンタン……」
グラグラと揺らされながら妙なところにショックを受ける白亜。
「君はそんなに私の事を信用できないの……?」
「そんなことは」
「してないでしょ。かくれんぼの相手くらいにしか考えてないんでしょ」
「い、いや……」
一瞬、あ、それは同意できるかもしれない……。と言いそうになったが、なんとか堪える。
「じゃあ聞くけど。最後に泣いたのはいつ?」
「泣いた……?6歳、かな」
「病院に来る前でしょ」
「両親が死んだとき……。世間では行方不明って公表されたけど、俺は目の前で殺されるの見てたから」
目を伏せ、奥歯を噛み締める。
「俺は……結局何もできないまま終わった。全部だよ。力はあっても何も成し遂げられなかった」
ひかりを見て、
「よく、自信をもてって言ってくれてたのに。俺は愚直な馬鹿を貫いて自分勝手に死んだんだよ。自信なんて、持てないよ……」
一瞬苦しそうな表情になったがそれも直ぐに無表情に戻る。
「何言ってるの」
「何って」
「帰ってくる場所がちゃんとあるのに、帰ってこなかったことに私は怒ってるの」
「え………?」
「これだけは言わせてよね」
「………え?え?」
ぐっと涙を袖で拭って笑顔を見せるひかり。
「お帰りなさい」
そういって優しく抱き寄せる。
「っ……」
白亜は状況がわからず、いまだに硬直している。白亜の方がひかりよりも大分背が高いので少々不格好だが、ひかりは白亜の顔をじっと見る。
「待ってる人がいるんだから、帰ってこなきゃダメでしょ?そう、君も教わったでしょ?」
「え………?」
白亜の目から、数十年ぶりに涙が出た。笑いすぎて泣いたものではなく、純粋な寂しさからくるものだった。
「な……?え……?」
自分でも泣いていることに困惑する。それでもまるで今まで溜め込んでいた分が決壊しているかのように、静かに頬を涙が優しく撫でていく。
「泣いてるじゃない」
「い、いや……?え……?」
ポタポタと落ちていく水を呆然と眺める白亜。
「海道様……」
グラキエスまで貰い泣きしている。なんでだ。
「我慢してたんでしょ?何年も何年も」
「……わからない。わからないよ……。そんなこと言われても、俺は……」
「君のことだから無意識に自分を塞ぎこませてたんでしょ」
「わからない……」
「ほら、強くなるんでしょ?」
「ぇ……?」
それは昔、白亜がひかりに向かって言った言葉。
「誰にでも自慢できるくらい、自分に誇りを持てるくらい強くなるんでしょ?」
「……ぁ」
「だったらたまには甘えてみても良いんじゃない?ストレスを溜めないのも強くなるコツ」
「……そんなことも……言ってたね」
止まらない涙を拭い、ほんの少し、白亜が笑顔を見せる。
「ありがとう」




