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「きっと、またここに来るから」

「着いた……」

「森ですね」

「山だな」


 白亜とグラキエスは早めに起きて電車を何本か乗り継ぎ、故郷の山に帰ってきた。


「過疎化が進んだんだろうな……。廃村になりかけてる」


 目を閉じて周囲の声に耳を傾ける白亜。


「人がほとんど居ない地域になってるな」


 キョロキョロと辺りを見回して人が居ないか探す。


「海道様。どちらですか?」

「あっちだ」


 山中である。白亜は暫く道を歩いていたかと思えば突然方向を変えて獣道を歩き始めた。


「ここ……まだ残ってるんだ。……懐かしい感じがする」


 少し獣道を歩くと、何かに気づいたかと思ったら木にのぼった。


「海道様?」

「こっからは木を伝っていかないと無理だぞ?」

「え」


 ピョンピョンとまるで普通に走っているようなスピードで木の上を渡り始めた。


「木登りですか……。落ちそう」

「置いてくぞ」

「あ、待ってください!」


 白亜は飛ぶように木を走っているが、グラキエスはおそるおそる進んでいくので何度も白亜が立ち止まりつつ山の中を普通とは段違いの速度で進んでいく。


「崖ですが……」

「登るぞ?」

「ですよね……」


 身体能力が高いグラキエスだからなんとか付いてこれてはいるが、普通の人なら木を走る時点でギブアップしているだろう。


「………?」


 突然白亜が枝の先で立ち止まった。なんてバランス力だ。それ以前に折れそうなのだが、確りと枝はくっついている。


「海道様?」

「何かがあるらしい……」

「らしい?」

「木が言ってる。逆に騒がしいくらい」


 周囲を見渡して下に飛び降りる白亜。


「グラキエス」

「しょ、少々お待ちを!」


 結構な高さがあるので降りる際もへっぴり腰のグラキエスである。


 なんとか降りたのを確認して斜面を見る白亜。


「人が倒れてる……?」

「どこです?」

「あー、グラキエスは見えないかも。ただ、担いでくると俺も一緒に滑りそうだからこれ持ってて」


 腰にあるウエストポーチからワイヤーのようなものを取りだし、先端をグラキエスに手渡し、もう片方についている金具を腰につける。


「こんなもの持ってたんですか」

「時間があったから作っておいたんだ。いろいろ使えるしな」


 グラキエスに持たせたのを確認して、慎重に斜面を下っていく。


「大丈夫ですか、………。切り傷や擦れた痕が多いな。打撲痕も少々。でも折れてないか。落ちただけだろう」


 取り敢えず先にどこを怪我しているかだけ確認してワイヤーを結びつける。


「大丈夫ですか。………聞こえてないか」


 呼び掛けに反応しないのでクイクイとワイヤーを引っ張る。するとグラキエスが引っ張りあげた。


「海道様。この方は?」

「俺がここに住んでたのは50年前だぞ。この人まだ生まれてもないだろ」


 今の白亜と同じか少し年下位の男性だった。


「どうしよ。流石に背負うのはこの人に負担かかるしな」


 背負ってても行けるのだ。流石である。


「海道様。この方は見ていますので行ってきてください」

「いいのか?」

「はい」

「じゃあ早めに戻ってくる。ここで待っててくれ」


 そのまま助走をつけて木に飛び乗って風のように走っていった。


「やはり私が居ない方が早く物事が進むのでは……?」


 自分の存在意義を感じなくなっていた。少々哀れである。


 白亜が走っていって十数分後。


「イタタ……」

「あ、起きられましたか」

「え!?誰!?」

「ここを偶々通りかかったものです。貴方はそこで倒れていらっしゃいましたが、お身体の調子はいかがでしょうか」

「え?体?……イタタタ!?」

「無理なさらずに!何があったか覚えていらっしゃいますか?」


 一応獣道とはいえすぐ横は斜面である為、落ちないように男性の肩を押さえながらグラキエスは取り敢えず状況を聞くことにした。


「えっと、山菜を取りに来てたんだけど、突然鹿が出てきて。めっちゃビビって後ろに下がったらそのまま落ちた」

「そういうことでしたか。帰ることはできますか?」

「あ、ああ……っ!」

「足首が捻挫していますね。無理に動かさない方がいいでしょう。かといってここを離れると海道様に迷惑が……」


 送ろうと思っているのだが、ここで離れてしまうと白亜とはぐれてしまうのは確実な上、グラキエスは山歩きに慣れていない為に人一人背負って降りることは困難であると予想される。


 白亜ならひょいひょい行けるのだろうが、その白亜が今居ないので。


「どうしましょう……。……申し訳ございません。私の主が帰ってくるまでここで待機しても宜しいでしょうか」

「あるじって……。大丈夫だけど、その人来たらなんとかできるの?」

「はい。主人に頼っていては従者失格ですが……。私の主ならば貴方を背負って走れると思いますので」

「どんな筋肉してるんだよ……」


 普通に聞いたらガチムチを考えるだろうが、白亜は寧ろ線が細い。数十キロある人間を背負って走ることは容易い程の力はあるが筋肉の塊ではないのだ。


「従者って言ってたけど、あんた執事?」

「執事……なのでしょうか。護衛に近いですね。私が守られてる所が多々あるのですが……」


 益々落ち込むグラキエス。普通は逆なのでやはりなにか思うところはあるのだろう。








「ここだ……」


 ザァっと一陣の風が吹く。


「50年も放ったらかしてごめんなさい」


 一言そう言って、気力で精緻な花束を作る。


「本物を持ってきたかったんだけど、荷物が増えるからって理由で無理だった。これで我慢してくれると嬉しい」


 両親の最期を思いだし、表情をほんの少し曇らせる。


「俺、もう一回最初からやり直したんだ。仲間も友達もできたんだ。ちょっと色々あって連れてこれなかったけど」


 ふっと笑い、空を見上げる。


「あの時二人とも死んでいなかったら今頃どうなっていたんだろう?俺はまだ生きてるのかな。それとも……。いや、それは考えるべきじゃないな。もう過ぎたことだし」


 スッと立ち上がり、ウエストポーチから取り出した物を供え、手を胸の前で合わせる。


「俺は、まだ二人の自慢の息子でいられてるかな」


 少し寂しそうな目を向けて思いを断ち切るように歩き出す。


「きっと、またここに来るから」


 そう言ったと思ったら来たときと同じように木の上を走っていった。


 白亜が去ったあとには透明なガラス細工のような花束と、二つの小さな指輪だけが残った。指輪には美しい彫刻が施されており、陽の光に照らされて淡く輝いていた。


 暫くすると、花束も指輪も、地面に溶けるようにして消えてしまった。








「お。起きてた。具合はどうです?」

「え?あんた今どこから……?」

「木の上ですが?怪我の具合はどうですか?」

「あ、ああ……。痛みは収まったが歩けない」

「やっぱり捻挫してたか……」


 ポツリとそう言ってグラキエスに目を移す。


「俺が背負ってくからお前はこれを持ってろ。何かあったときにすぐ引っ張ってくれ」

「了解いたしました」

「ちょ、ちょっと待ってくれ‼あんたが俺を背負うのか!?山嘗めてるだろ!」

「いいえ、私ならできると言い切れるから貴方を背負うんです。確率が低ければそれこそ誰か呼びますよ」


 自信たっぷりにそう主張する白亜。


「じゃあ証拠見せてくれよ」

「……これで良いですか?」


 グラキエスを片手で上に持ち上げる。


「か、海道様!突然持ち上げるのはやめてください!せめて一言お声を!」

「ああ、すまない」


 男性は唖然と白亜を見つめている。片手で苦もなく軽々と成人男性を持ち上げたのだ。どれ程の怪力なのだろう。


「じゅ、充分だ」

「そうですか。では私の背にどうぞ」


 グラキエスに肩を借りながら白亜の背に乗る。


「わっ!脂肪ってどこにあるんだ!」

「なんの話でしょうか?」

「い、いや、なんでもない」

「では行きましょうか。道を教えていただけますか?」

「知らないのか?」

「貴方の家は存じませんので」


 山からでる方法を知らないのか、と訊いたのだが白亜は家の場所を聞いていたようである。


「すまない。すぐそこの農村だ」

「………はい。心配なので縛らせていただきますね」

「え?」

「さっき使ったワイヤーで俺ごと縛ってくれ」

「了解いたしました」


 グラキエスがワイヤーで白亜と男性を固定する。


「へ?」

「時間の問題もあるので最短距離で行きます。落ちないよう、気を付けてくださいね」

「最短距離ってなに」

「わかります。その内に」


 近くの木に飛び乗った。


「わっ!どんな脚力!?」

「走りますので、確り掴まってくださいね」

「え?……っぁぁあああああああ!?」


 グラキエスもなれてきた枝伝いなのでノンストップで走り続ける。揺らさないよう配慮しているので乗り心地は最高なのだろうが、いかんせん走っている場所が場所なので恐怖しかない。


 男性は白亜が木から飛び降りても暫く叫び続けた。

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