「風が騒ぎだした」
「……落ち着きましたか?」
「はい……。取り乱してごめんなさい」
何とか宥めた白亜達は事情を説明し、さっさと離れた。
「あそこで色々とやらないと」
「何をだよ。俺で遊ぶな」
にやにやと白亜を見る一同。
「なんかどっと疲れた」
「そりゃあそうですよね」
女性に変態と叫ばれながら強烈なビンタを食らうというのはかなり精神的にキツい。
「もう帰ろっか」
「そうだねー」
満足したのは勿論日本組だった。一体誰の観光だ。
「あ、そうだ。俺達明後日で帰るから」
「え?早くないですか?」
「思ったよりも回復が早くてな。予定よりも早く帰れそうだ」
「おおー」
これ以上白亜を日本に置いておくと色々とヤバそうなので丁度いい頃合いである。
「で、明日行きたいところがあるからもしかしたら会えるのは今日で最後かもしれない」
「?なんでですか?」
「もしかしたら素性バレが起きる可能性がある。だから最悪の場合そのままあっちに転移する」
「どこに行くんですか」
「両親が死んだ所。……今もあるかわからないけど」
かなり重い内容だった。
「墓参りですか?」
「俺もそうだが両親は亜人戦闘機に殺されたんだ。……俺の目の前でな」
「………」
「遺体も持ってかれたから墓もないんだが、いまだにハッキリと場所を覚えててな。行ってみて山が無かったらちょっと滑稽だけど」
白亜の前世の事をしっかり知っているのはダイと優奈、後シアンとアンノウンだけである。
「そういうことだから、行ってみる」
「そうですか」
「もう終わったことだから気にするな。気にした方が面倒なだけだしな」
そう言って出口に歩いていく。その歩き方まで洗練されていて思わずじっと見てしまう。
「なにやってるんだ?帰るんだろ?」
「あ、はい!」
少し進んだ先でこちらを振り返る。一瞬、太陽に照らされて髪が銀色の輝きを放ったように見えた。
「…………ん?」
帰り道で駅に向かって歩いていると白亜が突然止まって周囲を警戒し始めた。
「どうしたんですか?」
「風が騒ぎだした」
中二病っぽい発言だが白亜は実際に声が聞こえているのでそうなのだろう。
「何か来るのか、それとも……」
ピクッ、と何人かが反応した。
「殺気に近い気配がする……!」
白亜はアンノウンをいつでも取り出せる体勢にしながら周囲の状況を探る。
「きゃああぁぁ!」
「「「………!」」」
2つ隣の路地から悲鳴が聞こえた。それと同時に何かが盛大に壊れるような音も。
白亜達は顔を見合わせて不自然ではない程度の速さで走る。それでも十分速いのだが。
「何かいる」
いち早くついた白亜が状況を確認する。
「キシャアアアア!」
「………?なんだあれは」
「亜人戦闘機ですよ、海道さん!」
「あんな小さくないだろ?」
「最近じゃ小型化してるやつの方が多いんです」
「成る程。仕留めるのは問題ありか?」
「問題ありませんけど、目立ちますよ」
「あ、それは避けたいな……」
すでに複数人周りに集まってきている。戦うに戦えない。
「どうする?」
「見捨てるわけないじゃないですか」
「だな。見えない速度でいけば……無理か?」
「それ最悪の場合捕まりますよ。いろんな意味で」
帰れなくなるのは困るので幾つかやり方は絞られていく。
「じゃあ石投げるのは?」
「それならここから動かなくていいから、いいんじゃないですか?」
「よし、じゃあ投げよう」
この緊迫した雰囲気の中で冷静すぎる対応を取る人たちというのはそれなりに浮くものである。襲われている女性を見ながら普通に会話しているので。
「たあああっ!」
小石を掴んで投げようとした瞬間、亜人戦闘機に何かが襲いかかる。
「ここは私が引き受けます!一般の方は避難を!」
体を淡く光らせてそう叫んだのは、白亜の隣で大絶叫して失神までしたあの女性だった。
「ん?あの人……。気力持ちか」
「ええ!まじですか!」
「だが、使いこなせていない。正直あれに勝てるかどうか微妙だな。………何かあったらこれ投げればいいし」
手の中の小石を弄びながらただの野次馬と化す白亜。目立たないようにするにはいいかもしれない。
襲われている女性の救出を図ろうと身体強化をかけた状態で細かく動いて翻弄する。
「遅……」
「海道さんと比べちゃいけないと思います」
「そうなのか。……気力使いのレベルが下がっているのか?それにしては総量は普通だが……」
ブツブツとなにかを考え出す白亜。勿論周囲は無視である。白亜が自分の世界に入ったら出てこないのは有名なので。
「きゃあっ!」
身体強化で守っているので殆どダメージは無いが、亜人戦闘機の体当たりに女性が吹き飛ぶ。
「なぁ、あれさ、俺が知ってるのより半分は小さいんだがその分パワーがあるのか?」
「いえ、大型より力はない筈ですが」
「ふぅん……」
見たこともない亜人戦闘機を目にして少し戦闘モードに片足突っ込みかけている白亜。日本組はなんとしてでも避けたいがもう後2日なのでどうでもよくなってきた。
「ぐっ……!」
街路樹に突っ込んでいった女性に大きく亜人戦闘機が鋭い爪を振りかぶる。
「あ。あの人もう気力切れだ」
「え」
「仕方無い……」
白亜の右手にあったはずの小石が消えた。
「!?!?!?!?!」
その次の瞬間、銃で撃たれたかのような爆音とともに、亜人戦闘機が真横に吹き飛んだ。しかも滅茶苦茶な速度である。
「よし、退散」
くぁ、と欠伸をしながらボソッとそう言う白亜。襲われていた女性も戦っていた女性も野次馬達も唖然と吹き飛んだ亜人戦闘機を見詰める。
この状況が理解できていたのは白亜達一行のみである。
「海道さん。小石投げました?」
「ああ。軽くやったけど思ったよりも外殻が固かったから音がすごかったな」
「銃でも撃ったのかと」
「捕まるだろ」
「海道さんの場合、銃に小石で勝てますもんね。いや、素手でいけるな」
現場は暫く騒然としていた。テレビカメラまで入り、かなりの大事にまで発展した。
「海道様!テレビで今日の事をやっていますよ」
「今日のこと?」
白亜の中では何でもないことに処理されており、テレビを見るまで何の話しか思い出せなかった。
「ああ、亜人戦闘機か」
ポットから紅茶を注ぎ、グラキエスに手渡す。
『私も見たいのだが』
「はいはい」
アンノウンを服から出してテレビを見せる。
『こちら現場の志乃です。これが本日住宅街で女性を襲った二型の亜人戦闘機です。見てください、ここ。ここに何かが貫通したような痕があり、恐らくは高威力の銃弾が撃ち込まれた物と見ています』
「銃弾だってさ」
「海道様の小石ですから」
『うむ』
『貫通した小石はどこにいったのでしょうか?』
貫通する威力の小石は最早爆弾である。
『しかしながら、弾丸は見つかっておらず謎が深まるばかりです。被害を受けた女性の話を聞いてみましょう』
「わぁ、襲われただけなのにこんな夜中までそこにいなきゃいけないとか可哀想だ」
「そうですね」
最早関係ないとでも言うようにティータイムである。自由人だ。
『は、はい。その、対策部隊の方に助けてもらったんですが、対策部隊の方が吹き飛ばされた直後に何かが飛んできてあれに当たってあれが吹き飛ばされて……』
「何言ってるのか不明になってきてるな」
「人間ごときが気がつける筈はないと思いますよ?」
「俺も人間だがな」
「海道様は別格なのです」
マカロンをサクサクと齧りながらテレビを見る。すると、テレビに若い男性が映った。
「誰だ、あれは」
「私に聞かれましても……」
ボケッと時間を過ごす二人はただのオッサンにしか見えない。
「へぇー。探偵だってさ。そんなのいるんだな、今時」
「探偵?警察とは違うのですか?」
「違うかな。っていうかこんな風に事件に直接関わる探偵なんて現実にあるんだな」
漫画ならお決まりの感じだが今時探偵というと浮気調査だったりが多いのでそんなのはないと思い込んでいる白亜である。
相変わらず頭が堅いようだ。
『これは二型の貫通した痕跡の先にあったものです』
若い男性がハンカチを開くと小さなどこにでもある石が乗っていた。
『早速ばれそうだな』
「フラグを立てるな」
アンノウンは他人事そのものである。
『まさかこれが貫通したと?』
『あくまでも可能性の話です。ですが、直線上だとこれくらいしか凶器になりそうなものはありませんでした』
『小石で二型を貫通できるものなのでしょうか?』
『普通に考えたらとてつもなく大掛かりな機械でもなければ無理でしょう。ですが、実際にこういうことが起きている以上、そう考えてもいいのではないかと』
バレている。しかも見事に。
「俺達、もう出発した方がいいかな」
「今出ても電車もバスもありませんよ」
「だよね」
こんな会話をしてはいるが手には普通にティーカップである。何があっても白亜達なら逃げ切れるだろうが、ゆったりしすぎだ。
『防犯カメラを確認しないことには確証はありませんが、これを一人の人間が投げつけたとしたら、辻褄があいます』
『つまり?』
『横に吹き飛んだ場所から貫通した場所を線で繋ぐと、ある所から放たれたと見えます』
『これは‼』
『はい。この二型を倒した人はかなり近く、野次馬の中にいたのではないかと予想されます』
「わー、バレたな」
「荷物整理しておきましょうか」
「だな」
ここまで言われてやっと動き出す白亜達。
「それとさ、亜人戦闘機倒したときに魔力がかなり回復した。もしかしたら明日中に帰れるかも」
「本当ですか。いよいよこの日本ともお別れですね」
「……だな」
故郷ではあるがあまりに風変わりしすぎて観光感が拭えない数日間だった。




