「若様が居ればまた会えるでしょうし」
「ハクア様。少しお休みになられたほうが……」
「さっき休んだ。今はこれを終わらせないと……」
「さっき休んだって三秒位手が止まっただけですよね!?」
「それがどうした?」
「それがどうしたって……」
キキョウが呆れた様子で白亜を見る。白亜は床一面に広がる大きな紙に魔方陣を書き上げている。この状態になって三時間は経っている。
「ハクア。10分だけでも休もうよ」
「計算式忘れる。書き終わるまで休めない」
「はぁ……」
サラにまで溜め息をつかれているが白亜は気にしない。こんなことで止まる人ではないのだ。
「賢人達に見付けてもらった時にこっちも完成していないといけない。仕上げておかないといけないんだ」
「だからってやりすぎでしょ……」
猛烈な勢いでペンが動いていくが、部屋一つ分の大きさの紙である。書き込む量が半端ではない。
「もう……。仕方ないなぁ」
こうなると意地でも動かないことを全員知っているのであっさりと下がった。部屋ではペンの走る音が延々と響いていた。
「白亜さんに渡されたこれ、早くやろう」
「今から」
「今から。相当書かないといけないし、かなりキツイだろうけどね」
「うわ……」
日本組もペンで数字を分担してひたすら書いていく。
「手が疲れた……」
「もう限界……」
「ちゃんとやってよ!左手使えるでしょ」
「鬼だ……」
ガリガリとペンの音が数十人分なり続ける。相当根気のいる作業な上、滅茶苦茶面倒臭い。
「ふぁ……眠い」
「ちょっと言わないでよ。こっちまで眠くなるじゃん」
「あれ、インク切れた……」
もう手の動きが機械化している。半目で書き続ける様はゾンビにしか見えない。
「これどんだけかかるの……?」
「全部書かなきゃいけない訳じゃないから!ほら、見付ければそこで即終了だし!」
「そうだけどさ……」
ぶつぶつと文句を垂れ流しながらただひたすらに手を動かしていく。
「俺テスト勉強でもここまでやったことないな」
「私もない。っていうかここまで集中出来る人そうそういないでしょ」
白亜は最長16時間同じ場所で一切休みなく計算し続けた事があるがそれを勿論日本組は知らない。
「それにしても白亜さんがあの英雄の白亜本人だったとは思わなかったなぁ……」
「だな。白亜さんも自分で言わないし」
「白亜さん、最初に会ったときに名前珍しいって思わないのって聞いてきた意味がようやく判ったよ」
「白亜さんが亡くなってから流行ったもんね」
白亜という名前は今や珍しくもない名前として定着していたようだった。
「優奈も知ってたのに言わなかったみたいだし」
「ごめんごめん。皆知ってるって思ってて」
「いつ聞いたの?白亜さんがあの揮卿台白亜だって」
「何となく、そうかなって思って聞いてみたらそうだよって普通に返されて」
「気付いたんだ」
そこに驚く日本組。
「気づいたって言うか、ほら、無題って知ってる?」
「無題?」
「白亜さんの最後の曲集」
「ああ、CMの?」
「そうそう。あれの続きとか弾いてたから」
「あれに続きあるの!?」
書いている途中で死んだのだからその辺り不明なのだが。
「あったみたいだね」
「聴いてみたいな、それ」
「言えば聴かせて貰えるんじゃない?判んないけど」
もうなにも考えていないのに手が動き続けている。これが職業病なのかとどうでも良いことを考え始めた人が何人か出た頃。
「あああああ!」
「「「!?!?!?」」」
一人が突然絶叫した。
「光ったぁ!」
「「「やったぁぁぁ!」」」
ぼんやりと薄暗い部屋で数字が浮かんでいる。
「これでもう書かなくて良い……!」
「まだ手が動いてるよ」
感動しながらも手が動き続けている。ペンも持ってないのでちょっと怖い。
「白亜さんの所へ行こう!」
「ああ!」
流石は白亜にいろいろ叩き込まれた人達だ。行動が迅速すぎる。
「白亜さん」
「ん、もう見付けたか」
「はい!」
部屋で寝そべっている白亜の部屋に突撃した日本組。かなり部屋が狭いことになっている。
「俺の方も計算は終わってる。少し疲れたがな……」
「少しじゃないですよ。ハクア様」
「あ、キキョウさん。こんにちは。お邪魔してます」
「いえいえ。それより皆さん、聞いてくださいよ。ハクア様、魔方陣書くのに夢中で10時間計算し続けたんですよ」
「「「10時間!?」」」
ベッドで珍しく白亜がぐでーっとしているのはそういうことかと日本組の動きが固まった。
「全く。肩バキバキじゃないですか」
「ああ、そこ気持ちいい……」
キキョウが白亜の肩を後ろから押すと物凄い音が肩からなる。
「人間の音じゃないですよそれ……」
「いつもこうなるんだ。気にしないでくれ」
キキョウにマッサージされながら適当に答える白亜。その様子はまさにおっさんなのだが本人全く気づいていない。
「白亜さん。これ」
「おお、ありがと……」
そこに置いといて、と置き場のない机を指差す。
「どこに置けばいいですか……?」
「あー……。懐中時計容れるわ……」
大丈夫かこの人。そんな不安が日本組に宿る。
「これなんですか?本?」
「んー……。世界中の遺跡やらなんやらを解析してたから……それの資料……」
適当に答えてはいるがやってることのスケールが大きすぎる。
「えっと。いつ僕達帰れるんですか?」
「パスワード見付かったから、今すぐにでも行けないことはないよ……」
「じゃあ帰れるんですね‼」
「ん」
日本組、朗報である。精霊にマッサージされるおっさん臭い子供の掃除してない部屋という本当にムードのない場所ではあったが。
「ふぁ……。いつ行く?お前達に合わせるから決めておいてくれ……。ごめん。もう限界だから寝る……」
「あ、はい……って早!」
白亜が寝るのに一秒は要らない。その背ではキキョウが一生懸命コリコリと白亜の肩を押しつづけていた。
「じゃあ皆さんもう戻られるんですか?」
「そうなんだ。二年も、本当に世話になった。ありがとう」
「いえいえ。喜ばしいことです!」
ジュード達に帰れる旨を伝えた日本組。挨拶は大切なのだ。
「そっか……。ハクア君帰ってきたのにまた寂しくなっちゃうね……」
「師匠が居ればまたきっと会えますよ」
「そうだな。白亜さんが居れば異世界なんてコンビニ感覚で来れそうだし」
白亜、パシられる可能性大である。
「クアハハハ!めでたいではないか!」
「良かったねー」
白亜の配下達は別れに馴れている者が多く、さして悲しんでいる感じはしなかった。
「若様が居ればまた会えるでしょうし」
……そうでもなかった。白亜、移動用の魔力元と化しそうである。
「なんだっけ、お赤飯炊かないと!」
「この世界に赤飯あるんですか!?」
「ううん!でも若旦那様が炊いてくれると思うよ!」
考えが古すぎる。やはり頭は生きた化石状態の白亜である。
「またお祝いしないとね」
「ですね」
祝い事好きな奴等だった。
「どこかに……行ってしまうのですか?」
「うん。もう二度と会えないかもしれない」
これが普通の反応である。城にいる人たちは白亜に毒されてあっさりしすぎなのだ。因みに今話している人は日本組に助けられて妙に仲が良くなってしまった貴族の娘である。
誰か付き合っているとかはないが、ある男子と両思い状態で周囲としてはさっさと付き合えよと思われている。
「そんな……」
「ごめんね。突然……」
抱き合って泣き始める二人。もうさっさと付き合え。
「私は……私は付いていってはいけないのですか……?」
全員の動きが固まる。白亜に頼めば行けるのではないかという気持ちと、でもこの人異世界人だぞという気持ちが入り交じっている。
「ど、どうだろ……?」
「さぁ……?」
微妙なところである。それに、貴族の娘である。まずお許しが出ないだろう。
「エリス。駄目だよ。君は貴族だから―――」
「私はあそこで救われていなかったら死んでいました。貴方に全てを捧げると誓ったのです」
抱き付かれてる男子の顔が緩みまくっている。こんなときなのに。
「でも、お許しが出るはずが……」
そこまで言いかけたところで突然奥の部屋からエリスの父が登場。全員固まる。
「いや、私は構わないよ。エリスの好きなようにさせてあげたい」
「えええええ!?」
滅茶苦茶あっさりしている。その後、エリスには兄がいて、家は兄が継ぐから問題はないという話をされた。日本組、どうしようか本気で困った。
「まずエリスが行けるかどうかわからないんだけど……」
「お願いします!私も一緒にいきたいの!」
もう断れない雰囲気になってきた。
「っていうか、もし連れていったとして親にどう説明すれば良いの……?」
問題が多すぎて混乱し始めた。
「私を婚約者にしてください!家柄なら十分ですし、それに、家事だって一通り……!」
「家事なら殆ど電化製品で済むからなぁ……」
ボタンをピッ、である。一瞬で家事なんて終わる。
「取り敢えず白亜さんに聞いてみるか……」
全員で白亜の部屋に向かう。
「ここ……王城ですね」
「うん。ここにいる人に許可を貰えばエリスを連れていける……と思うよ」
「相当偉いお方なんですね……」
「偉い……のか?」
微妙なところである。白亜はそもそもただの村人なので。
「白亜さーん。居ますか?」
「……んー。入って良いぞ」
ノックして暫くすると中から声が聞こえて来たので部屋に足を踏み入れる。
「なにこれすげぇ」
「ごめん、今ちょっと手が話せないからこの状態でいいか?」
全員に背を向けたまま白亜が地面の紙にひたすらなにかを書き続けていく。書くのに夢中でエリスに気付いていない。
「えっと、日本にこの世界の人を連れていけますか?」
「………は?」
白亜がばっと後ろを振り向き、エリスと日本組を交互に見やる。
「どう、ですか……?」
「どうって……駄目に決まってるだろ」
「何でですか!私は……!」
「あー。ちょっと待って。一旦タンマ」
机の上からメモ帳を取り出して何かを書き、大きな紙を懐中時計にしまってベッドに座った。
「まぁ、取り敢えず中入って」
座るスペースは無いわけではないので全員中に入る。エリスを白亜の正面の椅子に座らせたのは何らかの意味があるのだろうか。
「要は、その子を連れていきたいんだろ?」
「はい」
「はぁ……」
白亜は心底面倒くさそうな目をエリスに向ける。
「んー……名前は?」
「エリス・サークレッタです」
「貴族か……。家は大丈夫なのか?」
「はい。兄が継ぐので」
「へぇ」
白亜の右目が紅に淡く光を放つ。
「白亜さん」
「ん?」
「本当に駄目ですか?エリスはいけないんですか?」
「適性検査しないと何も言えん。しかも問題はそれだけじゃない。日本に戸籍がない人間をどうやって連れていくんだよ」
「そうですよね……」
「まぁ、辻褄合わせはできない訳じゃないけど骨が折れるしな」
「……え?」
日本組の動きが固まった。エリスはなんの話をしているのか判っていなかった。




