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「生き延びる覚悟……」

「そうか……。やっぱりな」

「気付かれてたのですか?」

「まぁ、な……」


 白亜はキキョウに改めて向き合う。白銀の髪が月の光に照されて金色のような色合いに変わった。


「なぁ、キキョウ。俺は……死んでるんだろ?」


 一陣の風がキキョウと白亜の間を通り抜けるように吹く。


「……何故、そんなことを?」

「俺は一回死んでるからな。あの時、死んだときと同じ様な感覚になった。だから少し驚いててな……」

「死んだはずだ、と?」

「そういうこと。それに、まるで自分の体じゃないような感覚になるときがある。調べてもないことを覚えてるし、見えなかった筈の精霊が見えるんだ」


 白亜は自分の近くに浮いている光を手で覆い隠すように握り光を周囲に蒸散させた。


 灯りが月明かりのみになり、辺りが薄暗くなる。


「キキョウ。正直に言ってくれ。俺は死んでるんだろ?」

「……はい。今のハクア様は生き返ったと言うより生まれ変わったに近い存在です。精霊(・・)として」

「判るよ。何となく」

「ハクア様は……私を蔑みますか?」

「?なんでだ?」

「私は……ハクア様が居なくなるのが耐えられなくて、こんなことをしました。知っていますか?私がハクア様にしたことをなんと呼ぶか」

「禁忌……だろ?使ったものも生き返ったものも地獄に落とされるとかいう」


 知ってるよ、と言いながらフッと笑う。


「俺は良いんだよ。そんな事くらい。元から人間かどうかさえあやふやなんだし。精霊になろうがもう今さらどうだっていいんだ。けど、キキョウは違うだろ」

「……どう言うことですか?」

「精霊を作る魔法……あれ、寿命を引き換えにして発動するもんだろ?」

「………それは」

「俺はお前に助けてもらえて嬉しかったよ。でも、それは違うんじゃないのか?お前の命はお前の物だ。俺のものじゃない。前世で寿命を殆んど投げ出した俺が言えた義理じゃないけど」


 髪を結っていた紐を解くと、白亜の首筋に小さな痣が出来ていた。うっすらと光っているようにも見える。


「俺……お前に死んでほしくないよ」

「それは此方の台詞です。突然レイゴット様に向かっていったと思ったら捕まってそこからまた拐われて。何回捕まれば気がすむのですか」

「いや、捕まりたくて捕まってたわけじゃ……」

「それでも、ハクア様が本気を出せば逃げることくらいは可能でしょう?その後私達に助けを求めるなりなんなりすれば良かったではありませんか」

「そう、だけどさ……」


 白亜はうっと唸って目を逸らす。


「ハクア様がそれをしなかったのはどうせ私達が力不足だからでしょう?」

「なっ!違う!」

「何が違うんです?自分が敵に大人しく捕まっていれば私達には目もくれないだろうって考えたのではないですか?」

「そ、れは……」

「ほら、そうなんでしょう?自己犠牲で人が助かるなら本望って考える方ですからね。ハクア様は」

「……」


 なにも言えなくなってしまった白亜にキキョウが追い討ちをかけていく。


「それやったら私達がどう思うか考えたことあります!?ハクア様は確かに強いです。私達が束になっても絶対に勝てる相手ではないのも判ってます。私達は弱いんですから」

「そんなことはないだろ……」

「いいえ、弱いんです。そして白亜様も無意識に私達は弱いと思い込んでいる」

「そんなこと」

「ないと言い切れますか?もしもハクア様より強い相手が襲ってきたとして、私達全員、ハクア様の盾にしてくださいますか?」


 白亜に有無を言わさないような口振りで話し続けるキキョウ。


「盾だなんて……」

「ほら、弱いと思ってるでしょう?それがハクア様の弱点です。貴方は自己犠牲ですべて解決しようとする。這ってでも、仲間を殺してでも生き延びようとする意識が低いんです」

「そんなの……生きてるって言えないだろ」

「その感覚があるからいけないんです。貴方は他人の命は何よりも大切にするのに自分の命なんてその辺に放って他人の命を最優先する。それは素晴らしいことでもあり、滑稽です」


 酷い言われようであるが、白亜も十分心当たりがあるのでなにも言い返せない。


「死んだことがあるのに、死ぬのが怖いと思っているのに全部要らないと放り出して弱い私達を身を呈して守りに来る。正直に言って迷惑です。なにも嬉しくない」

「………」

「貴方が死んで嬉しい人なんて誰もいないんです。勿論誰が死んでも悲しいです。死んでほしくなんてない」

「だったら何も変わらないじゃないか」

「変わりませんね。確かに。ですが、私達が一緒にいるのはハクア様が居るからです。ハクア様が死んでしまったらダイ達は強制的に契約解除ですしジュード様もリン様も離れてしまうかもしれません。あの輪の中の中心にいるのはハクア様でなければならないんです」


 白亜は少し目を伏せ、アンノウンを優しく撫でる。


「悩んだときにする癖、何も変わってませんね」

「いつもは村雨だけどな……」


 なにか触っていないと落ち着かないと言う理由だったのだが、手元に近いのが村雨だったのでそれが癖になった。


 少しウェーブの入った銀髪が風に靡く。白亜は髪を後ろにながして少し寂しそうな顔をする。


「ハクア様。全部助けようとする必要はないんです。私達も弱いなりに知恵を働かせて自分を守る位出来るんです。私達を本当の意味で信じてください。そして、私達を盾にしてでも生き延びる覚悟を持ってください」

「生き延びる覚悟……」

「私達は貴方の荷物ではありません。貴方はすべて背負おうとしますが、背負う必要は全くありません。気にかけてもらうつもりもありません。そんなことしてるならご自分の心配をしてください」


 少しムッとして、


「荷物とも思ってないし背負ってるつもりもない。できることをやるだけだ。絶対に無理だと判断したら諦めるだけだ」


 そういった後、無表情だった顔をフッと緩ませほんの少し笑顔を作る。


「でも、キキョウの言いたいこともわかる。約束するよ。自分で死にに行くような馬鹿はしない。限界点くらい知ってるしな」

「判っていただけたなら、それでいいです。私も少し言い過ぎました」


 月を見て祈るように目を閉じた。


「……キキョウ。俺の前世の故郷……日本は自然の物を信仰したりすることもあってさ。月や太陽、樹木や海、石とかね。それ一つ一つに意思や力があってそれを分け与えてもらえるから生きているって言う」

「……?」

「俺さ、昔は何言ってるんだよって思ってた。確かに意思とかあるかもしれないけど、なんでそれが関係のない俺達に分け与えてくれるんだってね」


 白亜は手を月に向ける。


「今なら、判るよ。声が聞こえる。動かないのに、命があるわけでもないのにな。精霊の声だけじゃない。土地そのものや水、空気まで。全部色々教えてくれる」

「それって……」


 にいっと悪戯っ子のような笑みを浮かべ、キキョウに振り向く。


「シアンから聞いたよ。万物の呼吸っていう力なんだってね」

「しかし、それはお伽噺に出てくるような能力ですよね」

「らしいね。過去に一人だけ居たらしいけど」


 天を仰ぎ、どこか遠くを見据える。


「なんでも考えてるんだなぁ、って思った。石も、木も、水も。何がしたくて何が嫌なのか。最初はぼんやりしててよくわからなかったけど、今なら聞こえる。ハッキリと意思が伝わってくる」


 懐中時計を徐に取り出してツマミをクルクルと回す。


「俺、さ。夢なんて前世で両親が殺されてから見ようともしなかった。強くなるのに精一杯、夢なんて見てる暇があったら強くなろうって。それ以外なにも考えていなかった」


 カチンッと蓋を閉めて、再び開ける。


「猟師に昔はずっと憧れてた。猟銃を持って山を走る父の背中を追いかけるのが楽しかった」

「今でも、そうなのですか?」

「ううん。この世界では普通の光景だしな。ただ、あの時俺は猟師を目指していた。ただそれだけ」


 懐中時計を見て白亜がふぅ、とため息をつく。


「『可能性』か……嫌いじゃないよ。この言葉。昔は理解できなかっただろうけど」

「ハクア様はなろうと思えばどんな職業にだって就けると思いますが」

「かもね」


 クスクスと笑い、懐中時計から一枚紙を取り出した。


「これは?」

「面白いから見てみな」


 裏返しになっていたそれを捲るとぐちゃぐちゃの何かの線。しかも極彩色なので意味不明である。


「?」

「レイゴットとラグァに紙一枚と絵の具渡したらそれが返ってきた」

「なんですか、これ」

「あいつら曰く森だそうだ」

「も、森ですか……」


 どの辺が、と聞きたい。


「世の中そんなもんだよ。全部混沌。白は無いんだ。どんなものでも色が混ざってて純粋な物はない」

「はぁ……」

「だからどうしてもぶつかる部分が出てくる。どんなものだってそうだ。意思があればぶつかるのが道理」

「………」

「俺はさ、その蟠りを解消したいんだ」

「それが、ハクア様の夢、ですか?」

「そう。……失う辛さは良く判っているから」

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