「ダンデライオンティー飲みたいなぁ」
「おはようございます、師匠」
「おはよう……ジュードさん」
「師匠にさん付けされると違和感しかしないです……」
白亜はベットから立ち上がって欠伸をする。肩の方まで伸びた髪を軽く一纏めに結ぶ。
「良く眠れました?」
「うん。スッキリした」
突然、ジュードの連絡魔法具にリンが連絡を入れてきた。
『ジュード君!今どこにいる?』
「師匠の部屋ですが?」
『そっか。ハクア君も一緒?』
「はい。ここにいますけど」
『ハクア君の記憶って戻ってる?』
「いえ、殆んどまだみたいです」
『その、ファンクラブの人達がハクア君に会わせろって聞かないの!記憶がなくてもいいからって』
「そうですか……」
チラ、と白亜の方を見るジュード。
窓に寄ってきた蝶をじっと見ている。行動は完全に子供だ。
「あの……凄い子供っぽくなっちゃってますけど」
『ハクア君が子供っぽいって想像できないけど……』
「窓の蝶々ずっと見てるんですよね……」
『あ、うん……。聞いてみる』
白亜は基本動物に好かれやすい。警戒心をあまり持たれないといった方が正しいだろう。記憶がなくなって威圧感も消えたので余計に警戒されなくなった。
いまでも普通に蝶を手の上にのせている。そんなすぐに乗らないはずなのだが。
『それでもいいって……』
「そうですか。師匠は、記憶以外は普通なので会っても問題ないと思いますよ」
『そっか。じゃあサロンの方に来てくれる?』
「はい。判りました」
プツン、と通話が切れた。それに気づいた白亜は窓の外に手を出して蝶を外に逃がす。
「師匠。師匠に会いたいと言う方達が来ているようです」
「うん」
「蝶がお好きなんですか?」
「いや、別に……。種類が珍しくて」
「知ってるんですか?」
「うん。リンプンチョウ。冬にいる筈の蝶なんだけど、この季節にいるのは奇跡に近いかな」
「え」
ジュードは誰かの契約獣なのではないかと一瞬不安になった。
「いきましょうか、師匠」
「うん」
ジュードは普段ならここで村雨を無意識に腰に挿してるだろうな、等と考えつつ部屋を出た。
「ここです」
「サロン……?」
「思い出しましたか?」
「ここで誰かが盛大に料理ひっくり返してた気がする……」
「ダイさんですね……」
戸を開けると、軍隊のように美しく均等に女子達が並んでいた。
「えっと……?」
「あ、申し遅れました。私達、ハクアファンクラブの者です」
「どうも……。すみません。何も覚えてなくて……」
「いえ!知っていますから。お気になさらず」
「思い出せそうな気がするんだけどな……」
「あ、私達、ハクア君にこれ貰ったんですよ」
全員同じブレスレットをしている。白亜の気力で作られたクリスタルが中心に嵌まっている物だ。
「ぁ……懐中時計」
「思い出していただけましたか!」
「多分かなり途切れてるけど……。物凄い助かってるよ。ありがとう」
無邪気な子供らしい笑みを向ける。
「はっ……!可愛い……!」
「ハクア君の記憶が戻らなくてもいいかも……」
「もし私達が今の状態のハクア君引き取って育てたら私達好みの性格になったり……?」
「「「…………!」」」
とんでもないこと言われているが、この会話、かなり小さい声で話していて最早テレパシーに近い感じになっているので白亜でも聞こえていない。
「だ、駄目よ。ハクア君は少し尖ってる方がいいのよ!」
「でも今の感じもピュアでいいかも……」
一斉に白亜の方を見る会員達。何人か堪えきれずに鼻から血が垂れかけている。
「いい……!どっちにしろ最高……!」
「ぶふっ」
「ちょ、気を付けなさいよ!掃除大変なんだから」
「ご、ごめん……」
遂にドバドバ出る人が現れた。それを見た白亜はそこに走ってきて、
「大丈夫?怪我したの?」
「い、いえ!これは、その、何でもないです!」
「でも、一杯出てるよ……?」
首をかしげながら不思議そうに見詰める。追い討ちである。
「ああ、もう私死んでもいい……」
「え?え?死なないで!」
どうしたらいいのかとあたふたしている。その様子にまた数人ノックアウトした。
「ちょ、これは反則……!」
「どうしよう。映像もっと沢山アングル用意しておけばよかった……!」
「今何個撮ってるの?」
「準備が追い付かなくて、5個」
「10は必要だったね……」
結局サロンの床が血まみれになった。気絶したのが24人、出血多量者が56人、全員多少の差はあれど鼻から血が出ていた。ドバドバと。
「やっぱりこうなっちゃったか……」
リンとジュードが物陰からその様子を見ていた。悲惨なことになるのは粗方予想していたのでモップや雑巾は既に手に握られている。
「……?」
一番困惑していたのは白亜だった。
「やっぱりこうなりましたか」
「あ……ジュードさんとリンさん。なんか皆血がでてて凄いことになってて……」
「こうなること予想してたからハクア君は悪くないよ?」
「……?」
判っていない白亜に苦笑しつつ、サロンの床の掃除を始める。
「あ……思い出した」
「え?何をですか?」
「魔法の……使い方」
血で盛大に汚れた床に指先をつける白亜。
「……浄化」
白亜を中心に光の輪が出来、部屋全体を覆っていく。光が消えたときには、綺麗さっぱり血の痕が無くなっていた。
「「凄い……!」」
実は浄化魔法、古代魔法の1つだ。とはいっても転移とは違い廃れなかった古代魔法なので誰でも使える。使えるのだが精々軽自動車1台分のスペース位しか浄化できない上、普通に掃除した方が早くて綺麗になる。
だから普通に掃除することが多いのだが、白亜の場合は魔力量が常人の数十倍あり、しかも魔法構成も上手いので掃除以上の効果を持つ。
「こんな広い部屋を一瞬で……流石だね」
「僕追い付ける気がしません……」
ジュード、かなり腕は良い筈なのに不憫である。
「なにか刺激があった方が思い出せると聞いたので、外に出ませんか?天気も良いですし」
「行く!」
何故かファンクラブ幹部も同行することになったが一旦庭に出ることにした。庭といっても相当広いのだが。
「ハクア君、その、迷わないように手繋ぎませんか?」
「?うん」
白亜、見事に策略に引っ掛かった。幹部二人が両側をがっちり塞ぎ、両手を塞いでいる。
敷地内で迷うことはない筈なのだが、今の白亜にそれを判断する理解力はないらしい。鼻血を必死でこらえながら恍惚とした顔で歩く幹部達。幸せそうで何よりである。
「えっと、いきましょうか」
「?うん」
庭には庭師がついていていつも季節毎に花やハーブを植えている。しかも、
「ローズマリーに、レモングラス!あ、クミン!」
全部見ただけで当てられる人がいるので庭師も嬉しそうである。
「判るんですか?」
「なんとなく、覚えてる」
すると突然庭師と物凄い会話をし始めた。
「ダンデライオンティー飲みたいなぁ」
「では、タンポポ探しましょうか」
「うん。根っこを掘るものある?」
「ありますよ。天日干しにする場所も決めましょうか」
わからない人には暗号でしかない会話を嬉しそうに話す庭師と白亜。周囲は完全に置いていかれている。
「師匠?その、ダンデライオンティーとは?」
「タンポポの根っこを乾燥させて飲むハーブティー。珈琲よりもあっさりしてる」
「そ、そうですか……」
淀みなく答える白亜。そもそも何で今ハーブティーの話になったのか疑問である。
その後白亜は借りたスコップを持って庭の雑草掃除と本当にタンポポを掘り返してハーブティーにしていた。ジュードも飲んだが、あまりお気に召さなかったようだった。白亜と庭師が妙に仲良くなったのは言うまでもないだろう。