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『俺が消えたら、あとは頼んだ』

「あれは魔物なのか……?」

「皆気を付けて!何してくるか判―――」


 ジュードの視界からラグァが消えた。その後に轟音が鳴り響く。


「!」


 音がなった方を見ると、魔族内でもかなりの強さを持っている筈のラグァが背後の建物の壁を数枚ぶち抜く形でぶつかって気絶していた。


 その横には、先程までかなり遠くにいた筈の黒い煙が立っていた。


「あんなの……無理だ」


 レイゴットがボソッと呟き、それを聞いた者達が顔を青ざめる。ここの中で最も強いのはレイゴットである。そのレイゴットでも対処できないとなると、誰も歯が立たない。


「キシシシ!なんと面白い!ここまでの強さを持っているとは!」

「正直我も驚いたぞ……。どれ程の憎悪だろうか」


 勝てる筈がない。ジュードも直感的に判っていた。あの悪魔やキメラ男には勝てるだろう。しかし、この怪物は、勝てる気がしない。


「たぁ!」


 勇敢にも麒麟ヴィントがナイフで切りかかるが、全く傷つかず、まるで霊体でも相手にしているかのようにすり抜ける。そしてそのまま拳の反撃を受け吹っ飛ぶ。


 持ち前のスピードでなんとか勢いを殺して立ち止まったが、それより数倍早いスピードで二撃目を浴びせられ地面に叩きつけられた。


「―――敵を打て!(ほむら)!」


 ルナがいつの間にか開始していた詠唱を終え、業火がそれに襲いかかる。魔法なら効くのではないかと考えたのである。


「何!?」


 何事もなかったかのように火の塊から姿を現し、実態がない筈のルナが吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。体が燃えているので木に火が移ったが、キキョウが気をきかして消火する。


「そんな……。魔法も直接攻撃も効かないなんて」


 絶望的な戦いだ。それでも皆諦めずに震える手で武器を握りしめている。


「若様を先につれてきました!」

「「「よくやった!」」」


 吹き飛ばされた時にこっそりそのまま後ろに回り白亜を麒麟ヴィントが回収してきた。白亜を起こすことを一番に考え、何人かで足止めをしてから白亜の回復を始める。


「若!起きてください!」

「ハクア様!」


 動く気配がないものの死んではいないことに皆安堵する。


「それにしても、かなりこの体は酷いな……」

「生えるか?」


 四肢が半分なく、羽根も三枚切り落とされている。生きているのが不思議なくらいだ。


「がぁ!」


 そんなことをしている間に三人無力化された。


「何とかしないと」

「でもあれから逃げ出す方法が」


 リンが走ってきた。


「ハクア君大丈夫!?」

「生きてる。でも全く反応しないんだ。音も聞こえてないのかもしれない……」


 先に白亜を逃がそうとする配下組だが、あの化け物が許さない。背後をとられ、何人か吹き飛ばされる。


「きゃああ!」

「リンさん!」


 リンの直前で拳がピタリと止まった。


「……へ?」


 耳を器用に使って、鞄にいた筈のサクラちゃんが化け物の拳をピタリと止めていた。


「サクラ……ちゃん?」

「………」


 そのままの体勢で反対の耳を逆に化け物に叩き付けると、まるで今まで配下達を赤子のようにあしらっていた化け物が真横に吹っ飛んでいった。


 サクラちゃんはその耳を軽く丸めて少々奇妙なファイティングポーズをとる。シュールな光景だった。


「その構え……師匠ですか?」

「………」


 何も言わず、軽くジュードの腰をぺちぺちと叩くサクラちゃん。ボタンの目は真っ直ぐ敵に向いている。


「師匠ですよね……?」

「………」


 ちらり、とジュードの方を見て耳でサムズアップ的な仕草をする。素っ気ない対応が白亜らしい感じだった。


「なんでサクラちゃんを……?」


 暫く考える素振りを見せ、耳からペンのようなものが現れる。いつも使う、創造者クリエイターの力。


【体が動きそうになくてな。リン。サクラちゃんを少し借りる】


 どうやっているのか不明だが、空中に光る文字が書かれていく。


「いいよ。ハクア君がくれたもん。好きに使って」


 リンの反応を見てからレイゴットの方を見る。


【レイゴット。アンノウンを見付けてきてくれ。ここに連れてこられたときに取り上げられたみたいだ。あれなら勝機がある】

「勝てるの!?」

【あいつは俺の記憶らしい。さっき見ていたら俺とほとんど同じ動きをしている。勝てないこともないだろう】


 ハクア君あんなに強かったっけ?等と呟きながら早速アンノウンを探しにいくレイゴット。


【俺はあの黒いのを何とかする。だが……】


 三点リーダまで書く必要があるのかは不明だが、律儀に書いていきながら少し遠くにいる悪魔とビートを見る。


【あっちのキメラのやつの方に変な薬使われてな。全力が出せないかもしれん】

「麻酔とかですか?」

【もっと質悪いな。解析しても読めないんだが、奴隷印のような働きをする。体が全く自分の意思では動かせなくなるんだ】

「じゃあ、あいつ殺す」


 玄武スターリが白亜に向かってそう言う。


【頼んだ。あの二人は皆に任せる。こいつは、俺がやる】


 ぽいっとペンを空に放ると霞のように消える。すると、サクラちゃんの長い耳が一瞬ぐぐっと屈んだと思ったらあの怪物と同じくらいの速さで走り始めた。


「……僕達も、行きましょう」

「うん」


 少し唖然としてその光景を見ていたジュード達は我にかえってすぐ敵の元へ急いだ。


『マスター!記憶が抜け落ちた状態で本当に戦えるのですか!』

『俺にも判らん……。まさか前世の記憶殆ど無くなってるどころかあいつらの中にも顔が判らんのが何人かいるとは思ってなかった』

『問題はそこではありません!戦い方、覚えているのですか!?』

『ここ一年の記憶は優先して残したから兄さんに教わった戦い方は覚えてる。だが、魔法があやふやで使えるかどうか微妙だ』


 白亜は小さな縫いぐるみの体で疾走しながらシアンと会話する。


『マスター。本当によろしいのですか』

『構わない。それで誰か助かるなら本望だ』

『皆さんは貴方の事を助けに来たのですよ』

『……判ってる。顔は思い出せなくても何となく判るさ。俺を大事にしてくれてる事くらい』

『ならば本当の事を言うべきです』

『それは駄目だ。全員躊躇して戦えなくなるかもしれないから』


 白亜は黒い霧のような敵に向かって気弾を放つ。


 相手はそれに周辺の岩をぶつけて発散させる。


『一筋縄ではいかないか』

『当たり前です。此方は完全に不利ですよ。戦い方を忘れてしまっている貴方が勝てる筈がありません』

『やってみなきゃ判らないだろ』

『……それで間に合わなくても?』

『間に合わなかったら俺が修行不足だったってだけだ。……あんまり覚えてないけど』


 記憶の大半を無くしたようで、動きがかなり単調になっているがなんとか残っている分のここ一年の記憶で翻弄できてはいる。


『アンノウンがいれば確かに攻撃は通ります。ですが、勝てる確率は13%ですよ!しかもその計算からしても確実に記憶の欠如、重傷は免れないんですよ!』

『でもこのまま放っておくことなんて出来ない。……シアン』

『……なんです?』

『俺が消えたら、あとは頼んだ』

『何言ってるんですか!縁起が悪いにも程があります!』

『冗談言うわけないだろ、こんな状況で』


 真剣な声色で話す白亜。シアンは黙って聞いている。


『手遅れになっても構わない。俺はどうなっても良い。覚えてなくても……あいつらは守らなきゃいけない気がするんだ』

『しかし、それでは』

『仕方無いことでしかない。お前には悪いことをするな、シアン』

『何故突然そんなことを?』

『段々、思い出せなくなってきてる。一気に抜け落ちないだけで徐々に判らなくなってくる。あいつ、誰だ?』


 ちら、と吹き飛ばされたユニコーン(シャンス)を見て聞く。


『男爵位、ユニコーンのシャンスです』

『そうか……。さっきまでは覚えてた気がするんだが』


 悲しげに目を伏せる白亜。体は動いているのだから流石と言うべきだろうか。


『……怖い。あいつに、体を切られるよりずっと怖い。大切な筈の仲間を段々忘れてく……。その内、味方と敵の区別もつかなくなりそうで怖い。早く倒そうって気だけが先走る』

『敵味方なんて私が教えます。魔法の使い方も、体の動かし方も話し方も。全て教えます。ですから今は勝ちましょう。勝って記憶を取り返しましょう』

『……ああ』


 白亜と怪物のぶつかった余波で周囲の木がガサガサと揺れた。

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