少女とエリック
――バラックと呼ばれる赤い荒野を、一台のジークロブが走り抜けてゆく。
私、リーシャはどこまでも続く広い大地を眺めながら、ジークロブの中でバラードを聞いていた。手に持っているのは、いつものごとく携帯食である。
今日のおやつは甘辛く味付けた煎餅のような物で、これはなかなかのヒットだった。
ばりぼり食べていると、内部スピーカーから呆れたような若い男の声が響く。
『あー、またそんなに食べかす散らかしてー。後で掃除するから手伝って下さいよ?』
「んー、わかった」
声の主は、このジークロブに搭載されているAIだ。彼は非常に高性能で頼りになるが、同時に口煩く過保護だ。
だけど今回は私が悪いのでもう一枚噛み砕きながら素直に頷いた。私としても蟻が集ったら怖いしね。
『それから、もうすぐ西部二十六区ですよ。準備しといてください』
「あー、うん。オッケー」
今回私は資金稼ぎの為に崩壊地区にやってきた。狂ったロボット兵士や生体兵器が徘徊する危険地区だけど、その分実入りはいい。
「バックパックにー、武器と予備のマンガンと念のための水とー……非常食はさすがにいらないよね?」
『万が一何かあったら大変じゃないですか。持っててくださいよ』
「うーん。まあ、一日分は持っておくか。後はー」
『大事なのを忘れてますよ。応急手当てセット、ちゃんと入れておいてください』
「……はーい」
私は間延びした声で返事をし、バックパックの底に応急手当てセットを入れた。今日もエリックの過保護は絶好調である。
*****
崩壊したビルを探索して、まだ使えそうな物を探す。それが今回のミッションだ。
「お嬢、気を抜かないでくださいよーっと」
エリックが私に注意を呼び掛けつつ、手にしたマシンガンで迫りくる警備ロボットを一掃する。
「ん、大丈夫」
私も答えながら銃を構え背後から近づいてきていた数体を撃ち抜いた。後方クリア。うん、これでひとまずは落ち着いたかな?
「クリアですね。これからどうしますか、お嬢?」
「取り敢えず手当たり次第に何かないか探してみよう」
「大雑把ですねー」
「うるさい」
エリックと軽口をたたきながら壁側に並ぶ棚を物色する。このビルは薬品製造会社だったらしい。今では貴重な薬のサンプルなどが保管されていた。ラッキー!
「今回は大当たりだね、エリック!」
「ええ、そうですね。でも気をつけてくださいよ。盗難防止になにか仕掛けられているかも知れないんですから」
「大丈夫だよ。こんな場所に罠なんてあるはずないって。遺跡じゃなくてビルだよ? ホントに心配性なんだから」
「何言ってもいいですから、油断はしないでくださいよ」
「はいはい」
エリックの過保護ぶりに少しうんざりしながら私はおざなりに返事をし、別の部屋に移動するためにドアに手をかけた。
しかし、セキュリティがかかっていて開かない。
「んーと、このタイプのロック解除は……」
「お嬢、駄目です!」
「え」
それは一瞬だった。ロックを解除しようとパネルに指先が触れたとたん、ドアが開き、そして――吹き飛ばされた。
「お嬢!」
エリックが叫んだ。その声を聞きながら、私は壁に叩きつけられてバウンドし、地面に転がる。痛い、痛い。なにがおきたの?
「お嬢! 大丈夫ですか!?」
エリックが駆け寄ってきて、私の側にしゃがみこみ、覗き込むようにして問い掛ける。焦燥にかられたエリックの顔を見上げ、私は呻いた。
「う……痛い……」
「どこです? ああ、腹ですね。まずいな……」
エリックは舌打ちし、手に持つマシンガンを鳴らして言った。
「ちょっと待っててくださいよ。あいつを壊してすぐ医療院に連れてってあげますからね」
エリックの気配が遠ざかり、かわりに機械音と戦闘の音が聞こえてきた。痛い、痛い。また機械音が響く。そうか、警備ロボットだ。まだいたんだ……な……
意識が闇にのまれる。気を失う瞬間まで、私はエリックに怒られちゃうなあ、と考えていた。
*****
「まったく! だから言ったじゃないですか、油断しないでくださいよ、って!!」
「……ごめん」
医療院の一室で、現在私はエリックに叱られまくっていた。
あの後、エリックは警備ロボットを壊してすぐに私を連れて街に戻り、この医療院に駆け込んだらしい。
本当は警備ロボットは原型も留めないほど壊してやりたかったんですが、それよりお嬢を優先しました、と悔しげに言っていた。
「いいですか? 今回はたまたま警棒タイプのヤツだったから打撲ですみましたが、次は銃火器かも知れないんです。そうだったら一発撃たれておしまいなんですよ?」
「うん……反省してる」
私はベッドの上で上半身を起こしたままうなだれた。身体の方は治療がすんですっかり元気なのだが、様子見のために今夜はここに泊まることになっている。
ああ、それにしても本当に油断しすぎた。運が悪かったら死んでたとこだ。
私がつくづく自分の馬鹿さ加減を噛みしめていると、エリックは腕組みを解き私の顔を覗きこんだ。
「……本当に反省しましたか?」
「うん、してる」
「……ええ、してください。もうこんなことがないように」
エリックはそう言うと腕を伸ばして私を抱き締めた。
「エリック?」
「……心配したんですよ? 俺には心臓なんてないはずなのに、胸が苦しくて、エラーを起こしそうでした。倒れてるお嬢を見るのはもうごめんですよ。こんなこと、これっきりにしてください」
「……ごめん」
AIのくせに何言ってるんだ。――とは思わなかった。
エリックの声音は不安に擦れていて、抱き締める腕はかすかに震えている。まるで、人間にしか思えない。
私はそっとエリックの肩に頭をのせて、もう一度言った。
「……ごめんね、エリック」
人間のように温かな体温。偽物だとわかっていても、何故か切なかった。
*****
「あー、せっかく稼いだお金がぱあ!」
『治療費はバカ高いですからねー』
翌日、私はジーブログに乗り街を離れた。治療費が目の玉飛び出るんじゃないかってくらい高かったので、またしても金稼ぎに行くのである。
『いいですか? 今度はくれぐれも油断しないでくださいよ?』
「わかってるよー……」
何度目かの注意に、私はふてくされながら頷く。エリックがウザイ。いや、私が悪いのはわかってるけど、さすがに十回も二十回も同じことを言われると耳にタコができそうだ。
『……お嬢』
「んー?」
『いえ、なんでもないです』
「なに。気になるから言ってよ」
『いや、いいですって』
「いいから言う。マスター命令!」
エリックはしばしの間を置き、ぽつりと言った。
『……たんに、お嬢がいてくれて嬉しいってだけです』
「…………」
……なに恥ずかしいこと言ってんの、こいつ。
私は熱くなった頬を誤魔化すためにも「なに言ってんの」と、べしっとハンドルを叩き、当然ながら手にダメージを負った。くそう、理不尽だ。
『なにやってんですか。せっかく治療したばっかなのに』
「あんたには言われたくない!」
『ひどいですお嬢、冷たいなーしくしく』
「泣き真似すんな!」
ぎゃあぎゃあと言い合いながら私をのせてジーブログは走る。赤い荒野を、バラードを流しながら。