56. ジョリー・ロジャー号の静寂と反逆の歌
海賊たちは迷子の少年たちを船倉へ突き飛ばしたあと、皆一様に沈黙した。船上には、不気味なほどの静寂が訪れる。
全員が待ち構えているのは──少年たちの悲鳴だった。
しかし、その場でマストに縛られているウェンディだけは違う想いを抱いていた。彼女は鱗のあるワニが船倉にいると思い込んでいたが、それでも悲鳴など上げてほしくはなかった。ピーター・パンが必ず助け出してくれると、心の底から信じていたからだ。
そして実際、ピーター・パンは期待を裏切らない。
ちょうどその頃、船倉に潜んでいた彼は少年たちの手錠を解くために見つけたカギを使い、次々と自由にしていく。ジャックと虎リリー姫は海賊の武器庫を発見して、みんなに合う武器や防具を探していた。
ピノキオは別行動を取り、鍵束を片手にロバたちが閉じ込められている部屋へ向かう。そっと扉を開けると、中にはまだ全員のロバが健在で、ひとまず売り飛ばされていない様子に思わず安堵する。
「ショウトウシン、いるのかい……?」
ピノキオが低く呼びかけると、その呼び名に反応したロバが一頭、好奇心たっぷりの瞳でピノキオを見つめ、ゆっくりと立ち上がった。やがて鼻先を近づけ、優しい鳴き声をあげる。
「よかった……ショウトウシン、無事だね。もう少し待ってて。ぼくたちは今から海賊を倒して、絶対に仙子女王に頼んで君たちの呪いを解いてもらうから。それまで、ここで静かにしてて。外は危ないからね」
ロバはコクリと頷いたように見え、仲間のもとへ戻る。他のロバに「今はまだ出るな」と諭すかのように鼻を鳴らした。焦れて飛び出しかけたロバがいたが、ショウトウシンが前に立ちはだかり、低い声をあげて押しとどめる。ロバたちは次第に静まりかえり、何かを理解したかのように落ち着きを取り戻した。
「ありがとう。君も気をつけるんだよ」
ショウトウシンが声を返したように鳴くと、ピノキオは笑みを浮かべて部屋を出る。そしてピーター・パンたちのいる武器庫へ急いだ。
一方その頃、ピーター・パンや少年たちは盾や剣、斧など、それぞれが扱いやすい武器を選び終えていた。ピーター・パンはすでに待ちきれない様子で飛び出そうとするが、虎リリー姫が制する。
「まだよ。フライングイーグルたちが港を襲撃して、海賊の注意が逸れたところを狙うの。そうすれば効果的に奇襲できる」
やがて、甲板からは風に揺れる音しか聞こえないほどの静寂が続いた。少年たちは耳を澄まして待ち続ける。実は海賊たちも同じく息を潜め、ワニに襲われる少年たちの叫びを待っているのだった。
しかし、その膠着状態を破るように──港の方角から「ドンドコドンドコ!」と激しい戦鼓の音が鳴り始める。インディアン勇士たちが海賊湾へ突入した合図だ。フック船長と海賊たちはそちらを振り返り、一瞬どう動くべきか分からずに戸惑う。
「今だ、少年たち! 攻撃だ!」
ピーター・パンの声が船倉から響き渡る。ドンッ!と扉が蹴破られ、武器を手にした少年たちが甲板へ飛び出した。
「うわっ……なぜお前たちがここに……ワニはどうしたんだ?」
海賊たちは呆然としつつも必死に武器を手繰り寄せる。ぐちゃぐちゃの状況に陥り、思考が追いつかない。
その混乱の隙を突いて、トットは慌ただしく動き回る海賊たちをかいくぐり、ウェンディのもとへたどり着く。素早く短刀で彼女を縛っていたロープを切ると、大きな樽の間に隠れさせた。ウェンディに危害が及ばないよう、周囲を警戒する。
こうして、夢幻島史上最大ともいえる大乱戦が始まる。海賊の長刀と少年たちの剣がぶつかり合い、派手な金属音を響かせる。はじめは海賊側がワニへの恐怖や謎の奇襲でバタバタしていたが、次第に「相手はただの子ども」と気づくと反撃に転じてきた。
「馬鹿野郎ども! ワニなんざいねえ! こいつらはピーター・パンと、その取り巻きだ!」
フック船長の怒声が上空からとどろく。主マストの上に一時避難していたらしいが、甲板を見下ろして事態を悟り、吠えるように叫ぶ。
「ビビってんじゃねえ! 一気に叩きのめせ!」
その声を合図に、海賊たちはますます凶暴に武器を振り回した。
カーリーが追い回していた光頭の海賊は、持ち直した彎刀で今度はカーリーを逆に追い詰める。足元の縄につまずいたカーリーが転んだ瞬間、海賊はとどめとばかりに刀を振り下ろす。
「危ない!」
シュッと空を切る音とともに、矢が海賊の背に突き刺さった。金色の粉が弾け、海賊は突然眠りに落ちるようにバタリと倒れる。カーリーが矢の飛んできた方向へ視線をやると、そこには弓を握るピノキオの姿があった。
「すごいよ、ピノキオ! その弓矢で全部の海賊を眠らせちゃえば、すぐ勝てるんじゃないの?」
カーリーの大声が、かえって周囲の海賊を刺激してしまう。海賊たちは「まずはあの弓使いを始末しろ!」とばかりにターゲットをピノキオへ集中させる。
ピノキオは近接戦闘の訓練を受けていないため、あわてて逃げるしかなく、とても矢を射る余裕はない。
「やめろ!」
虎リリー姫が素早く樽の上を駆け、ピノキオの前に立ちはだかる。斧で敵の攻撃を受け止めると、ピノキオはその隙にもう一本の金色の矢を放ち、海賊を再び眠りに引きずり込む。
一方、ジャックもピノキオを探して甲板を駆け回っていたが、赤服の海賊に行く手を阻まれた。それは以前、流放者の岩で戦った因縁の相手だった。
「ハハッ、あの日転がっていたガキじゃねえか。お前、ずいぶん運が悪いな……」
そう言いながら、海賊は薄笑いを浮かべる。
「さあ、武器を捨てて地面に伏せな。大人しくしたら、助けてやらんでもないぜ?」
けれどジャックは答えずに銀の斧を握りしめる。そして鮮やかな一撃を繰り出した。
飛鷹から学んだ戦闘技術が、今こそ生きる。海賊の攻撃をひとつひとつかわし、逆に斧を的確に狙い込む。相手はまさかあの時の子どもが、ここまで成長しているとは思いもしなかったようだ。
「なんだ……こいつ、動きが違う……!」
海賊が焦り始めたそのとき、白服の海賊が通りかかり、同僚をあざ笑うように声を上げる。
「おいおい、子ども相手に手こずってるのか? こりゃ笑えるぜ!」
そう言いつつ白服の海賊もジャックに襲いかかり、二対一の形になる。さすがにジャックでは二人を同時に相手するのは難しい。斧で必死に防御するが、じりじり追い詰められていく。
「この機会を逃すかよッ!」
赤服の海賊が彎刀を大きく振りかぶる。その刃がジャックに当たりそうになった瞬間、どこからともなく鋭い剣が割り込んで刀を弾き飛ばした。
「やあ、こんなところで再会するなんてね。あの時はうちの厨房でイモを剥いていた子どもが、今じゃ海賊相手に戦うとは……。ジムが見たら涙を流して喜ぶだろうなあ」
ジャックが振り向くと、まぶしい陽光の中に見覚えのある人影が立っている。
「シルファさん……!」
白服の海賊はシルファを見て、なぜか腹が減ったように舌なめずりをする。
「シルファ、みんなが言ってたぜ。お前、今日はトマト切ってたろ? ってことは、今夜の飯は大好物のスパゲッティか?」
それを聞いた赤服の海賊はムッとした表情で相棒を殴りつける。
「この状況で何の話してやがる! それよりシルファ、お前フック船長を裏切るつもりか?」
シルファはあくまで朗らかな表情で剣を構える。
「裏切り? ふふ、最初からフックの部下になったつもりはないよ。あくまで船の料理人を頼まれただけだ。まして、こんなちびっ子を大人二人がかりで痛めつけるなんて、見過ごせないだろう? だいいちジャックの父親は俺の旧友だ。手助けしないわけにはいかないさ。──ジャック、いいかい? ここからは俺のリズムに合わせて!」
そう言うや否や、シルファは剣を振りかざし海賊たちに突っ込んでいく。ジャックもあとに続き、息を合わせるかのように斧を振るった。二人の連携は絶妙で、海賊たちは防戦一方だ。やがて押し返されるように後退し、バランスを崩した拍子に飛び板へ乗り上げる。
「悪いね、ここでお別れだ!」
シルファが思いきり蹴りを入れ、二人まとめて海へ叩き落とす。その姿を見届けたジャックは、ほっと胸を撫で下ろした。
だが、少年たちすべてが順調というわけでもない。相手は大人のうえ、数も多い。みんな盾と剣を必死に構えながらも、傷やあざが増えていき、不安げに顔を見合わせる。
ピノキオと虎リリー姫も何人もの海賊に囲まれて背中合わせになっていたが、じりじりと追い詰められていた。そのとき、海面から軽快なラッパの音が聞こえてくる。視線を向けると、金色の光を放つ妖精たちが海を飛び越えてこちらに急襲してくるではないか。
「仙子の守衛だ……!」
彼らは海賊船の手すりやマストに着地すると、いっせいに矛を投げつける。矛が描く金色の軌跡が次々と海賊たちを打ち抜き、そこから舞い散る粉末のせいで海賊たちは次々に深い眠りに落ちていった。
一方、港に乗り込んだインディアン勇士も大暴れし、海賊たちは形勢不利を悟って逃げ出したり、降伏したり、あるいは眠らされて動けなくなったりしている。
こうしてジョリー・ロジャー号は、先ほどまでの喧噪が嘘のように静まり返った。あれほどの大乱闘がまるで嘘のようだ。甲板には倒れ込んだ海賊と、少年たちの荒い呼吸だけが名残として残っている──。




