22.ジムの行方とジェペットの謎
ジャックは大急ぎで家に帰ってきた――はずなのに、なぜか正面玄関には向かわず、ラオ・ファンニウがいつも休んでいる大きな木の下へと足を運んだ。
どこか落ち着かない様子で地面に腰を下ろし、目を閉じたまま何かを考え込んでいる。
とことこ……
ラオ・ファンニウは畑のほうからのんびりと歩み寄り、ジャックのすぐ隣へどしりと横たわった。
「ラオ・ファンニウ……。実は、ジムが危ないかもしれないんだ」
ジャックは苦しげに眉を寄せ、小声で話し始める。
「さっき、火の中に映ったんだ。ジムが何かに追われてて、それで……巨大な渦に巻き込まれて、海に沈んでしまいそうで……。こんなことお母さんに言ったら、絶対心配させるよね……。どうすればいいんだろう」
すると、ラオ・ファンニウはジャックの手をぺろりと舐め、少しのあいだ見つめ合う。
そしてふいに立ち上がると、木のそばにある小さな土の山を前脚でザクザクと掘り始めた。
「な、なにしてるの? もしかして……何か埋まってるとか?」
ジャックは首をかしげながら立ち上がり、近くの畑からシャベルを借りてきて土を掘り返す。すると――
ガンッ
シャベルが硬い物に当たったような鈍い音を立てた。
ジャックは慌てて地面に這いつくばり、手で泥をかき分けていく。やがて土の中から姿を現したのは……深紅の宝箱だった。
「これ……見たことある!」
ジャックは目を見開き、宝箱を土の穴から引っぱり出す。
「ジムが抱えてた宝箱とそっくりだ……まさか、まさか同じやつ!? 海の渦に呑まれたはずなのに、どうしてうちの木の下に……?」
泥を払って確認すると、確かにあの映像でジムが強く抱きしめていた宝箱に違いない。
「ってことは、火の中に映った光景は本当だったんだ……! ジムはきっと無事に渦から脱出して、宝箱だけここに隠したんだ! やった……ジム、生きてるんだ……!」
ジャックは興奮のあまり、思わずガッツポーズ。
しかし勢い余って宝箱を放り投げてしまい、ゴトン! と地面に落としてしまう。
その衝撃でかかったはずの錠が外れ、パカッと宝箱のふたが開いた。
「あ……!」
慌てて拾い上げて中をのぞくと、そこには一枚の絵が収められていた。金色のハープが貝殻の装飾に囲まれて描かれており、きらびやかな雰囲気が伝わってくる。
裏面にはいくつかの文字。
“親愛なるジムへ。
あなたがずっと探していたものの在り処を、ついに突き止めたよ。
海港の町で待っている。
ーージェペット”
ジャックは声に出して読み上げると、思わず息をのむ。
「これ、ジェペットおじさんがジムに宛てた手紙だ……。ジムがずっと探していたものって、この金色のハープなのかな……? でも、あの映像ではジムが何か恐ろしい存在から逃げ回ってたようだったし……。どうやって渦を抜け出したんだろう?」
頭の中に疑問がいっぱいだ。
「そうだ、ジェペットおじさんなら全部知ってるかもしれない……。よし、僕、海港の町に行って話を聞こう!」
そしてハッと気づく。
「……やばい、赤ずきんにはジムのこと、まだ伝えてない! きっと今ごろ、すごく心配してるよ!」
そう言うなり、ジャックはラオ・ファンニウに一言お礼を言い、急いで赤ずきんの家へ走り出した。
途中、金色に染まった麦畑をいくつも駆け抜け、ふわりと風に揺れる麦穂を手のひらでかすめる。
指先にちくちくした感触が残って、ジャックはオズの国での案山子のことを思い出した。
「……みんな元気にしてるかな」
小川をひとまたぎで飛び越え、小さな木の橋を二つ通り過ぎて、ようやく赤ずきんの家に到着する。
そこは赤い瓦屋根の傾斜が美しい家で、壁はクリーム色、深紅のドアがなんとも可愛らしい。
ジャックがとんとんと戸を叩くと、しばらくして木製のカンヌキを外す音が聞こえ、扉が開いた。
「はいはい……あら、ジャックくんね? 赤ずきんからあなたのことは聞いてるわよ。雨の日に助けてもらったんですってね。本当にありがとう」
出迎えたのは、ピンク色のローブを纏った優しげな女性、お母さんだった。
「い、いえ……そんな、大したことじゃ……」
ジャックは思わず顔を赤くして遠慮がちに笑う。
「ええっと、赤ずきんはいますか?」
すると、母親は少し困ったように眉を下げる。
「実はね、おばあちゃんが病気で寝込んでいて……お見舞いに持っていくパンや果物を届けに行かせたの。でも、あの子慌ててて、肝心なアップルパイを忘れちゃったのよ」
「じゃあ、僕が代わりに届けましょうか? 実は赤ずきんに伝えたいことがあるんです。おばあちゃんの家に行けばちょうど会えるかもしれないし」
ジャックは胸を叩いて申し出る。
母親はパッと顔を明るくし、「助かるわ!」と微笑んだ。
「ただね、おばあちゃんの家は森をぐるりと回った先にあるの。直接森の中を突っ切るより、遠回りだけど安全なのよ。野生の動物もいるから、あまり危ない道は通らないでちょうだいね」
「わかりました!」
ジャックはアップルパイの包みをしっかり受け取り、再び走り出そう――としたが、ぐっと踏みとどまった。
(……走ったらパイがボロボロになっちゃうかも)
そこで、ゆっくりと確実な足取りで森のまわりの小道を進んでいく。
そのころ、赤ずきんは森のはずれにある花畑の斜面で、きれいな花を摘んでいた。
「お花、いっぱい……おばあちゃんも喜んでくれるよね!」
花の香りをくんくんと吸い込み、にっこり微笑む。
「おばあちゃんが元気になったら、一緒に庭でお茶でもしたいなぁ」
そんな赤ずきんに、遠くの林から忍び寄る影――赤いサスペンダーと帽子を身につけた「オオカミ」が、じっと様子をうかがっていた。
前にジャックが背後から近づいてきた時にまったく気づけなかった失態を教訓に、今日はしっかり周囲の足音を探っている。
ドスッ、ドスッ……
重そうな足音が近づいてくる。オオカミは素早く振り返り、鋭い爪を構える。そこにいたのは――巨大な茶色のクマだった。
(まずい……下手したら一瞬でやられるかも)
オオカミは全身に緊張を走らせたが、クマはその様子を見てゲラゲラと笑い声を上げる。
「お前、オレに食われるとでも思ったか? そんな硬そうな肉、腹が減っても食いたくないね」
そう言うと、クマは赤ずきんがいる花畑のほうに目を向ける。
「へえ、あの子が今回のお前の獲物か? こりゃあなかなかウマそうだな……。オレなら丸飲みだぜ。くっくっく」
クマがペロリと舌なめずりするのを見て、オオカミは**ガルル……**と低く唸る。
「赤ずきんに手を出すな。あいつはオレの獲物だ。絶対に渡さない」
クマは別段怖がる様子もなく、にやにやしたまま肩をすくめる。
「へえ……獲物だなんだって言いながら、ずいぶん優雅に眺めてるだけだな? パパにでもなった気分で育ててから食うのか?」
「パ、パパだと? ちがう……オレはもう“狼”なんだ。どのみちあの子はオレのもの。誰にも食わせない」
オオカミは鋭い牙を見せつけながら威嚇する。
クマはその様子をじっと見つめ、やがて面倒くさそうにため息をつくと、踵を返して立ち去り始める。
「ふーん。じゃあいいさ。あんな小さな子じゃ腹の足しにもならねえし」
しかし、ある程度距離が離れると、クマはオオカミに聞こえないような声でくつくつと笑い、「お楽しみはあとだな……。あいつをデザートにしてもいいし」とつぶやいた。
「本命はあの子のおばあちゃん……そっちをメインディッシュにいただこうじゃねえか」
クマは森の近道をぐんぐん進み、赤ずきんより先におばあちゃんの家へ向かう。
おばあちゃんの家は、優しいピンク色の屋根が特徴的で、周りには低い塀がぐるりと囲んでいる。
塀の内側には小さな庭があり、キュウリやトマト、ジャガイモなどが手入れ良く育てられていた。
ギィ……
クマは塀の門を押し開け、こっそり庭を横切って窓から中をうかがう。すると、病床のおばあちゃんがベッドで横になっていた。
クマはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、ドアをコンコンとノックし、“赤ずきんの声”を真似て言った。
「おばあちゃん、ボク赤ずきんだよ! あなたが病気だって聞いて、パンと果物を持ってきたんだ。開けてくれない?」
それを聞いたおばあちゃんは、「なんだか声のトーンが違うような……」と首をかしげる。
「赤ずきんや、どうしたんだい? 風邪でもひいたのかい? ずいぶんしゃがれた声だねえ」
「そ、そうだよおばあちゃん! ボクも少し風邪を引いたみたい……。早く入れてほしいなぁ」
クマはわざとらしく鼻声を装う。
(そうか、おばあちゃんは具合が悪いから耳がおかしいのかも)
おばあちゃんはしばらく考えたが、「私も病気で感覚がおかしくなってるのかもしれないね」と納得し、あっさりドアを開けてしまった。
薄暗い家の中、クマはベッドの近くまでずかずかと歩み寄る。
おばあちゃんはまだ赤ずきんだと信じ込んでいるようで、弱々しい声でたずねた。
「赤ずきん……今日は大好きな赤い頭巾をかぶってないのかい?」
「え、ええ……玄関にかけてきたんだよ。部屋が汚れるといけないし……」
「それにしても、やけに背が伸びてたくましくなったように見えるけど……どうかしたのかい?」
「ははは、おばあちゃんこそ、目が悪いんじゃない? そこに眼鏡があるから、かけてみたらどう?」
おばあちゃんはベッド脇の老眼鏡を手に取り、クマの姿をじっと見つめる。とたんに顔が青ざめた。
「ひっ……あなた、赤ずきんじゃない……! 赤ずきんは、いったいどこに……?」
「さあね。おまえの孫娘は、オレがあとでじっくり食う予定さ。まずは腹ごしらえに……おまえをいただく!」
クマは大口を開けて、
おばあちゃんを一気にのみこんでしまった。
「ふぅ~……なかなか歯ごたえがあったぜ」
下唇をぺろりとなめ、膨れ上がった腹をぽんぽんと叩く。
そして転がっていたおばあちゃんの帽子を拾い上げ、頭にちょこんとかぶると、ベッドに潜りこんだ。
「ふふ……これであの赤ずきんが帰ってきても、気づかないだろうさ。さて、デザートが来るのが楽しみだ」
クマはそう言うと、シーツをすっぽり被っておばあちゃんになりすまし、じっと次の獲物を待ち構えていた――。