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螺旋の入口

 ヴァーマナ・ヴァラーハの建国は千年以上昔とも言われているのだが、正確なところは魔法使いにしかわからない。

 ヴァーマナ・ヴァラーハが『魔法国』と呼ばれる所以はこの国から魔法使いがやってくるからである。魔法の素質があるものはヴァーマナ・ヴァラーハにおもむき、修行の末、魔法使いとして一人前になると、そのままヴァーマナ・ヴァラーハに残るか、外の国に出る。

 『魔法』の本質については諸説あって、本当のところはよくわからない。魔法使い自身に聞いても要領を得ないのは、彼ら自身も魔法についてあまりよくわかっていないからと思われる。わかっているのは、『魔法』は魔法使い個人の資質に大きく左右され、決して統一した扱いができないということである。大魔法使いと呼ばれた者は幾人かいるが、彼らにしても全ての『魔法』が使えたものはいなかった。

 したがって、ヴァーマナ・ヴァラーハでは『魔法』自体の修行はしない。『魔法』を使う他の魔法使いとどうつき合うか、そして『魔法』を使う自分自身とどうつき合うかを経験し、最終的に『魔法』を使わない人々とのつき合い方を学ぶ。そうして、『安全』な魔法使いになったものが、ヴァーマナ・ヴァラーハから外へ出るのである。一人前の魔法使いとは、他者とのつきあいをわきまえた『安全』な魔法使いのことであって、魔法が上手に使えるものを指す言葉ではない。

 ただ、これはヴァーマナ・ヴァラーハからやってきた魔法使いが語ったことであって、一般の人々は、ヴァーマナ・ヴァラーハでは様々な『魔法』の研究がなされており、ヴァーマナ・ヴァラーハに行って『魔法』を教われば魔法使いになれる、と信じている。この件については何度も話し合いがなされたが、『魔法使い』と『そうでない人』の間の溝は埋まらず、今日でも若干の行き違いは残っている。

 ヴァーマナ・ヴァラーハは魔法使いしか入ることができない。魔法使いは、生まれながらにして魔法使いなのであって、努力してなれるものではない、というのが魔法使い側の一貫した主張である。


「さっきから、同じところをぐるぐる回っているような気がする」

 メリンダをタルコンの隣につけたカレッタはナムスに耳打ちした。

「もちろん、そうだ」ナムスは当たり前のようにカレッタに言う「さっきから、同じところをぐるぐる回っている」

「何故、そんなことをする」カレッタがたずねた。

「ヴァーマナ・ヴァラーハに入るためだよ」ナムスが答えた。

 スクィパルを出てから、ずっと平原を進んでいるのだが、ダファムにさしかかったあたりから、一向に景色が変化しなくなった。そればかりではなく、まったく同じ木、同じ梢の形に何度も出くわし、しびれを切らしたカレッタがナムスに問うたのである。

「ほら、後ろの馬車を見てみろよ」ナムスは後方に小さく見えるトピーたちの馬車を指した「ずっと同じ間隔を空けてついてくる。トピー叔母はヴァーマナ・ヴァラーハの住人だった。あそこへの入り方はよく知っている。あの馬車を見失わないということは、道を間違えていない、ということだよ」

「へえ」カレッタは振り返り、トピーの馬車を見つめた「けっこう面倒臭いんだな」

「そうだ」ナムスは笑った「けっこう面倒臭いんだ。同じところを回っているように見えるが、段が一段ずつ上がっていると考えるといい、螺旋階段のように。これがヴァーマナ・ヴァラーハへの入口さ」

 なおも進むと、馬と馬車のまわりを霧がつつみ、霧が濃くなるほどに視界がせまくなった。やがて互いの顔を見分けるのがやっと、というほどの濃霧になったところで、ナムスは馬を止めた。

「今日はここまでだな」ナムスはタルコンを降り、手綱を馬車に繋いだ「カレッタ、馬車の中に入ろう」

 カレッタはナムスに倣って馬を馬車につなぎ、幌を上げて馬車の中に乗り込んだ。

「ずいぶん、半端なところで止まるんだな」御者台から幌の中に入ってきたウォルマーが言う「もっとも、動けと言われても、この霧じゃあ、どっちに向いてるかもわかんないけど」

「ここまで来れば、入れる者なら入れるはずだ」ナムスは脚を伸ばして馬車の側版にもたれる「ヴァーマナ・ヴァラーハは魔法使いしか入ることができない場所だからな」

「ちょ、じゃあ、俺は入れないじゃないか」ウォルマーはふてくされて舌打ちした「兄貴と姫様がヴァーマナ・ヴァラーハに行ってる間、俺はここで留守番かよ」

「何言ってるんだよ、ウォルマー」

「そうだぞ、ウォルマー、あまり我儘言うんじゃないぞ」

 二人にたしなめられたウォルマーは不満そうな顔で抗議する「俺は魔法使いじゃないもの、入れないよ」

 カレッタとナムスは顔を見合わせた。そして同時に二人は笑いだした。

「なんだよう」ウォルマーは顔を真っ赤にして怒っている「何で笑うんだよう」

「だって」カレッタは笑いをこらえきれない「ウォルマー、お前、自分が魔法使いだって、気づかなかったの?」

「魔法使い?」ウォルマーはきょとんとした「俺が?」

「ラミナスに、小人の里に入れたじゃないか」カレッタは両手でお腹をかかえる。笑いが止まらない「舐めただけだったけど、小人のソールを飲んだじゃないか。小人のポニーの蹄を削って、蹄鉄を打ったじゃないか。何より、ナラソの弓と小人の矢筒を預ってくれたじゃないか」

 なおもとまどうウォルマーに、ナムスも笑いながら言った「魔法使いじゃなきゃ、そんなことはできないんだよ。俺のテーダムドアンだって、お前、平気で荷作り手伝ってるじゃないか。カレッタの木刀も」

「そもそもだな」やっと笑いを納めたカレッタが、それでも口許をひくひくさせながら付け加える「普通の人間にメリンダやタルコンを扱えるわけがないんだ。そんなことはとっくの昔に知ってると思ってたんだが」

「誰も教えてくれなかったもの」ウォルマーはほっぺたをぱんぱんに膨らませた「何で黙ってたんだよう」

「いや、悪い悪い、謝るよ」ナムスはそう言うが、あまり謝っているようには見えない「俺もとっくに知ってると思ってたんだ。だいたい、俺がそこいらへんの馬丁の小僧を弟分にしたり、こんな旅に同行させるわけないじゃないか」

「魔法使いでもないかぎり」

「魔法使いでもないかぎり」

 異口同音に叫んだ二人は、我慢しきれず、また笑いだした。

 さんざ笑われたウォルマーは、二人に背中を向けると背を丸めて寝てしまった。カレッタとナムスの視線から自分の顔が隠れたとたん、言葉とは裏腹に、ウォルマーの口許には笑みが浮かんでいた。


「やっと霧が出たわ」

 トピーが言うと、クーンはその言葉を確認して馬車を止めた。

「ずいぶん時間がかかったな」

「五人いっぺんだから」トピーは濃霧の向こうにかろうじて透ける馬車を見つめながら言う「審査に時間がかかっても無理ないわ」

「おかしなのも二人くっついてきてるしな」

「そうね、でも、あの二人、行儀は良いわよ」

「なんとも奇妙な二人だな。あまりパントーのようにも見えない」

「パントーではないわよ」トピーは言った「入ろうと思えば、彼らも入れるんじゃないかしら、その気はないみたいだけど」

「何者だろうな」クーンは言ったが、すぐに言葉を訂正した「いや、誰かということはわかっているんだが、いったい何を考えているんだろう?」


「消えてしまったぞ」ロカウはレフケートにたずねた「どうする?」

「どうすると言われても」レフケートは頭を掻いた「このへんで出てくるのを待つしかないなあ」

「待つのか?」

「それとも入ってみる?」レフケートは逆にロカウにたずねた「いちおう資格はあるんじゃないかな?」

「やめとこう」ロカウは言った「さすがにこう頻繁だと、カレッタ姫に呆れられてしまう」

「ずいぶんあの娘には気を使うんだなあ」

「お前にも気を使っているつもりだが?」

「それは十分に感じてますよ。ヰタ」

「どうだか」

 レフケートは黒色のマントから羽根を一本引き抜いた。黒光りする鴉の羽根だ。

 つ、と投げた羽根は地面に刺さると、生命ある虫のように身をくねらせて地に潜った。

「これで、彼らが出て来れば、それだけはわかる」

「不精する気か?」

「だって、コタンからスクィパルまで、どれだけ時間を食ったと思ってるの? 彼らは物見遊山だから、ヴァーマナ・ヴァラーハに一月以上いるかもしれないし、こんな場所でずっと野宿だなんて、ぞっとする」

「根性のないやつだ」

「なんとでも言ってください、僕は帰るから。ヰタ、あなたは、ずっとここで見張っていてもいいよ」

「私も帰るさ」ロカウは手綱を絞り、馬を返した「詩人殿は、一人にしておくと、危なっかしくてしようがないからな」

 二人はくつわを並べてスクィパルへと引き返した。ロカウとレフケート、仲が良いのか悪いのか、あまりよくわからない二人である。


「どうやら行ってしまったようだな」

 クーンが言い、トピーもうなづいた。

「後は霧が晴れるのを待つだけ、だけど…」

「どうした、トピー?」

 一瞬、顔を曇らせたトピーだったが、クーンに問われて、すぐに微笑み返した。

「なんでもないわ、ひさしぶりだから、ちょっと心配になっただけ」

「心配?」

「入れてもらえるのかなあ、って」

 それまで表情を固くして心配そうにトピーを見つめていたクーンは、なんだ、と言う顔に弛緩した「君がヴァーマナ・ヴァラーハに入れないほどなら、魔法国に入れる魔法使いなんていなくなってしまうよ」

「もう、ずいぶん衰えたわ」トピーの顔は厳しさをたたえており、冗談を言っているようにも見えない「コタンでもスクィパルでも、技と術は覚えていても、気持ちがついていかない感じ」

「それなら僕だってそうさ」

「そんな、あなたは大丈夫でしょ、クーン」トピーは目を見張った「昔と全然変わらないもの」

「君も変わってないよ、トピー」クーンは優しくトピーを諭した「僕らはそんなに変わっていないんだ。スクィパルで、やっと気づいた。トラスもいたしね。僕は以前、パットが衰えたと言ったね」

「ええ」トピーはうなづいたが、あまり積極的な肯定ではなかった「言ったわ。昔のパットはあんなじゃなかった、って」

「あんなだったよ」クーンは笑った「僕らは、ナムスとカレッタのことをずっと見つづけていたから、彼らがどれだけ成長したのか、よくわからなかったんだよ。僕らはほとんど変わっていない。でもナムスとカレッタはずっと先に行ってしまった。それだけのことだよ」

「そうかしら?」トピーはまだ半信半疑だった「本当にそうなのかしら?」

「そうだとも」クーンは力強く言った「ヴァーマナ・ヴァラーハに行けば、きっとわかる」


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