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観劇の午

『ラクィナスム』は古代ラーマ大陸の王ラクィナムの冒険譚である。スクィパルでは一番人気の出し物で、『ラクィナスム』のかかる日の野外劇場は常に満席だった。しかも一年ぶりのレフケートの登場で、前評判は上々である。さて、観客たちの視線は、当然、舞台上に釘付けになるかと思いきや、予想に反して、皆、そわそわと貴賓席のほうに目を泳がせるものが多い。

 スクィパルは実質、ファウムの都、と言っても過言ではない。そのファウム家当主夫人、アガッサ・ファウムに注目が集まるのは当たり前と言えば当たり前なのだが、今日の観客のお目当ては、若奥方の隣に座る貴婦人である。

 今年のラスロート武術大会の華、カリュートナム王女の噂は、既にスクィパルにも届いており、真面目な観劇客よりも、絶世の美女との誉れ高い王女を一目見ようとの野次馬のほうが多かった。したがって観客席も、舞台近くからではなく、貴賓席の回りから埋まっていったのである。

 それでも、さすがにレフケートが舞台上に現れたときには、観客たちも劇に目を戻した。黒いマントを羽織って綿毛のように細い金髪をなびかせながら詠ずるレフケートは、もちろん観客を魅了したが、当のレフケートが貴賓席から目を離せないのに観客たちが気づくと、場内の視線は、再びカレッタに集まった。

「みんな、見てるわね。レフケートもよ」扇で口を覆いながら、アガッサはカレッタにささやいた。

「レフケート、というのは思ったより若いな。もっと年寄りかと思った」

「そうね。去年は少年、と言ったほうがよいくらい幼かった。今年はだいぶ張りが出たわよ」

「ほう、そうなのか」

 レフケートは幕間の寸前、即興で『ラミナス王の娘』の一節をはさむ、舞台の上のレフケートと貴賓席のカレッタを交互に見比べながら、観客は惜しみない拍手を送った。

 第一幕が閉じたところで、カレッタは立ち上がった。

「どうしたの、カレッタ?」

「終わったんじゃないのか?」

「何言ってるの、一幕が降りたところよ。あと三幕あるわ」

「そうか、でも、用ができたので失礼する」

「ちょ、ちょっと、待ちなさい、カレッタ」

 踵を返したカレッタに、追いすがろうとしたアガッサを、アムネムが止める。

「おやめなさい、アガッサ。カレッタを困らせてはだめよ」

 カレッタは一礼すると、貴賓席から飛び降りあっというまに姿を消した。

「でも、お母様」

「カレッタには、カレッタの仕事があるの。邪魔をしてはいけないわ」アムネムは娘を制して席に着かせた「ほら、もう幕が上がりますよ。お芝居の続きを拝見しましょう」


「で、どこから入る?」ナムスは聞いた。

「あそこにトピーの開けた穴があるが」トラスが答える。

「あれは、ハズレだなあ」

「やはり、そうか。ではよろしく頼む」

 礼拝堂の門をくぐったトラスとナムス、まばらな礼拝者には目もくれず、尖塔突起のちょうど真下にあたる部分に陣どった。

 ナムスがテーダムドアンの中心を握り、肩の高さに水平に保つと、金色の施条光が頭尾四又からほとばしる。何事かと皆が目を剥く暇こそあらめ、回転する開頭又が床を円形に切り裂いた。

 立つ床がそのまま階下へと沈み、ナムスとトラッサム王は、クジュアル神殿の秘密階層、グラスモルの暗黒へと落ちた。

「もう一層下があるようだが」ナムスは言った「どうする? クーン叔父とトピー叔母を先に探すか?」

「そのほうが良さそうだな」トラスが言った「危険、というほどではないが、向こうはそれほど調子は良くなさそうだ」


「この階はやりすごしたほうが良くないか?」クーンがトピーにたずねた。

「そうね。もう一階下が本体みたい。降りられるところを探すわ」

 クジュアル神殿の地下第一層、迷路のように入り組んだ回廊にクーンとトピーはてこずっていた。ダムールの書をどうするかの結論は、結局、出なかった。しかし何もせずに悶々とするのはトピーの性に合わなかったのである。そうなると、さしあたって目と鼻の先にあるこの神殿が気になる。まっとうなクジュアルではないのだから、潰しておいたほうが得策だろう、とトピーが言い出して、クーンも賛成した。

 クーンはいままでもトピーの意見にあからさまに反対したことはない。それは、トピーの言い分の正当性には関係無く、単なる習慣に過ぎない。クーンがトピーのことを疑ったことは一度もないので、それ以外の対応のしかたを思いつかない、というのが真相に近い。

 クジュアル神殿の地階にはあきらかに闇の道の気配が感じられる。スクィパルに着いてすぐ、そのことを二人は感じていたが、トラッサム国王、トラスに遠慮してそのままにしていた。しかし、コタンの森での出来事のように、闇の道が開いていれば『暗石』を肥らす結果となってしまう。見つけたら塞ぐ、が闇に対しての唯一の対処方だ。

「パントーは?」

「うじゃうじゃいる。でも大きな『暗石』は無さそうだから、あまり気にすることはないと思う」

『暗石』はパントーの力を増幅する。コタンの森で、たかだか七人程度のパントーがトピーに匹敵する力を出せたのは、ひとえにあの大きな『暗石』のせいだったのである。

「どうせ逃げ回りながら嫌がらせしてくるだけだろうから、追いかけるだけ無駄だな」

「そういうこと」

 前方左側面の壁が金色の光に染まると、石壁が砂のように崩れ出した。

「見いつけた」

「ナムス!」

 テーダムドアンを壁に突き立てたナムス、そしてその後ろには、トラス。

「何故こんなところに?」

 叫ぶトピーにトラスが答える。

「理由は君らと同じだ。それに私はナラシンハ国王でね。領国内であまり勝手な事をされては王の威信にかかわる」

 確かにその通りである。バカな質問だったわね、とトピーは謝った。

「クーン叔父、トピー叔母、もう少しこっちに来てくれ」ナムスが言った。

「どうして?」

「いいから早く」

 四人が固まったところで、ナムスはテーダムドアンの尾部を床に突き刺す。

「下に参りますよ。皆様方」

 金色の施条光は地に坑をうがち、光とともに四人は坑に飲み込まれる。

 一段階層を降りた地下は、上階と異なり、広々とした空洞を幾本もの柱が支えていた。

「闇の匂いが鼻につくわ」トピーは、本当に闇を嗅ぐように鼻を動かした。

「柱を全部折るのが簡単なんだが」辺りをざっと見渡したナムスが言う「それだとこっちも埋まってしまうなあ」

「闇を通しているのは八本だけよ」トピーが言う「八はグラスモルの好む数、場所は私が指示するから、ナムスお願い」

 トピーが紫の光を飛ばして、八本の柱を示した。

「心得た」ナムスはテーダムドアンを振り回して一番近くの闇の柱を粉砕した。トラスとクーンに目配せする「パントーのほうは頼んでいいかな?」

 返事はなかったが、代わりに小さな悲鳴が二つと、暗闇に人が倒れる音がした。

 

「ウォルマー、こっちだ、こっち」

「なんだよう、姫様。芝居見にいったんじゃないのかよ」

 劇場入口で暇をつぶしていたウォルマーである。

「あんなものは、いつでも見れる。そう面白いものでもないしな。弓は?」

「ほらよ」ウォルマーはカレッタから預っていた弓と矢筒を返した。

「ありがとう、ウォルマーは、ここで待ってて」

「あいよ。ところで、姫様、服はそのままかい」

「動きにくいけどな。着替えてる暇もないし、なんとかなるだろう」

「あんまり無理しないでよ」

「うん、そうする」

 観劇の最中、また、おかしな予感がした。何かやってるな、と思ったカレッタは劇場から出た。とりあえず、怪しいのは例の神殿である。紺のドレスを着て往来を駆けるカレッタは、いやが応にも目立つが、道を行くスクィパルの人々は、驚いて立ち尽くすばかりで、彼女をさえぎる者はいない。

 クジュアル神殿に足を踏み入れてみると、これが大当たりであった。

 礼拝堂の真ん中に大穴が空いている。縁がわずかに金光を帯びているのをカレッタは見逃さなかった。

 ナムス兄様か、カレッタは穴の縁に手を沿えて中をのぞいた。人には控えめにしろ、と言って自分はこれだからなあ。

「おーい、兄様。いるのか?」

「おー、カレッタか、ちょうど良かった。降りてきてくれ」

「わかったー」

 縁を蹴ると、瓦礫の間を跳びながら、カレッタは坑の底へと落ちていく。

「あれ、トラス叔父上」底に着いたカレッタが他の人を認めて言う「トピーとクーンも、何してるんだ? こんなところで」

「闇の道を塞いでいたのだ」トラスは言いながら天井を指さした「だいたいは塞ぎ終わったのだが、あそこが一つ残ってな」

「こいつでやれないこともないんだが」ナムスは金光を周囲にふりまくテーダムドアンを取り回した「どう考えても弓のほうが楽だ」

 カレッタは自分の頭上を見上げた。丸く礼拝堂を覆う屋根の中心がそこにある。その上の尖塔が最後の『闇の道』に違いない。

「わかった」それだけ言うとカレッタは矢をつがえ、ナラソの弓を引き絞る。天井の中心に狙いを定めた。


 劇は三幕の真骨頂、ひときわ高くレフケートがラクィナスム惜別の長詩を詠じていたその時である。

 雷鳴と聞き違うほどの号音が響きわたり、見ると、劇場の西にまばゆい銀光の柱が立っている。

 クジュアル神殿の中から、屋根をつんざき、尖塔を吹きとばして、一条の光が天空に昇る。

 観劇の客はもとより、スクィパル中の人間が、呆気にとられ、ただただ銀の光を見つめていた。

「あれがカレッタ姫の銀の力か」レフケートは嘆息し、舞台の上から見惚れていた「ちゃちな詩人の詠唱など比べるに恥ずかしい。ロカウには逃げろ、と言ったが、あんなもの、逃れる術すらない」

 もう劇もなにもない、続けたところで、誰も見もしなければ、聞きもしないだろう。

「それにしても」レフケートは心の内でひとりごちた「テッハが『暗石』を持って出発していたのは幸いだったな。スハルト様、思ったよりも生き意地が汚いと見える。それとも『石』に変わってから運がまわってきたとでも言うのかな」


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