埒が明かないので待ち伏せてみた
リアタイでライブ配信を観た日から2週間後。また俺は昼前にネカフェを訪れ配信5分前に枠内で待機。
待機中も前回同様にコメントを打っておいた。
今回も開始時間ぴったりにライブ配信が始まる。
当然の如く配信が始まっても視聴者は俺1人。
「……ど……ネル……さ……イです」
またもや顔はあまり見えず、ボソボソと喋ってのスタート。
それは毎度の事なので気に留めず、開始直後に先日の強めのコメントの事を詫びるコメントを打つ。
〈この前はキツイ事言ってごめんね〉
彼女はまた端末を見る素振りをしてカメラに顔を向け直す。
ここで変化が起きた。
これまではカメラに向き直っても何1つ変わりはなかったが、今回に至っては顔の見える部分である口角が微妙に緩んでいる。
ブロックはされていない上に、どうやら俺のコメントが彼女にとって嬉しい事だったようだ。
「へへ……ても……る」
相変わらず何を言っているのかわからない。
でも、モチベーションは上がったみたいだ。今までよりテキパキとカメラを固定して彼女はダンジョンの入口前に立つ。
その後ろ姿は何だかやる気に満ちているような感じがした。
〈お? ついに入るのか?〉
端末でコメントをチラッと見た後、彼女は『よし! やるぞ!』といった動きをして1歩2歩と前に進んでダンジョンへ入ると思いきや、クルリと真反対に体を向けてカメラの所へ戻ってきた。
〈入らんのかーい!〉
最後のコメントには見向きもせず、
「……は……から……まい……バイバイ」
彼女はまたもやダンジョンに入らず配信を切った。
入りそうな雰囲気を醸し出していたのにも関わらず今回もダンジョン入りならず。
一体、彼女はどうやったらダンジョンに入るのだろうか。
とりあえず今回も次の配信予定日時のチェックと高評価をポチッと押して、5百円ほど払ってネカフェを後にした。
その後も彼女のライブ配信をリアタイで毎回必ず視聴する。
何度視聴しても会話が聞き取れないのとダンジョンに入らないのは一向に変わらない。
しかし、俺はある変化に気付いた。
それは回数を重ねる毎に配信予定日の間隔が縮まってきていて、コメントを打つ度に彼女の口元が緩んでその後に多少なりともキビキビ動く事だ。
これらの行動から察するに俺が毎回リアタイで視聴してコメントを打ち、高評価をポチッている事が彼女へプラスに働いていると取れる。
だけども幾らプラスに働いているといってもダンジョンに入る気配がない。
思わせぶりな行動はとるけどやっぱり入らないってのがループしている。
そして配信頻度が高くなっているせいか俺の貯金もガリガリと削れていって、残高を見れば涙が出そうになるくらいの金額になっていた。
この調子でやっていても埒が明かない。
というか俺の貯金がもたないから、もう思い切った行動に出ようと考えた。
俺がライブ配信を観始めて実に50回目の配信日。
梅雨入りして雨の日が続く中、運がいい事に配信予定時刻の2時間前には雨があがっていて今日はもう降らないとの予報。
行動を起こすには丁度良い日だ。
配信開始予定時間の5分前。俺は待機していた。
しかし、今回はコメントを打たない。というか打てない。
何故なら待機は待機でも配信予定枠での待機ではなく、ダンジョンの入口での待機だからだ。
リスナーが配信者にアポ無しで会いに来るのは好ましくない。ストーカーや不審者と思われて下手すりゃ警察沙汰だ。
でも、これは俺にとって最終手段みたいなもの。
彼女にアポを取ろうにも配信枠内やアーカイブへのコメントでしか出来ない上に言ったら2度とダンジョンへやってこない予感がしたから。
普通に待ち構えていても配信を切る時みたいに逃げるように去って行く可能性もある。
なので俺はダンジョンの入口の物陰に身を隠して、彼女が来たらすかさず回り込んで退路を塞ぐ形をとる作戦だ。
我ながらいい案。
頑なにダンジョンへ入らない彼女は退路を塞がれて立ち往生するはず。そうなればゆっくり話す事だって出来る。
別に俺は彼女のリスナーとして話したいのではない。
俺のダンジョンを配信する配信者の彼女に対してダンジョンマスターとして話したいのだ。
そうこうしている内に配信予定時間の1分前に彼女は小さめのリュックを背負い、3脚を脇に抱えてやってきた。