第58話 花火大会
お待たせしました。
「誠ってさー、呼んでって言ったのに、全然名前で呼んでくれないじゃん」
花火大会当日。
駅で待ち合わせ、屋台の並ぶ通りに向かう道の途中。
未来にじとっとした目でそう言われ、うっと言葉に詰まる。
「気づいてたか……」
二人きりの時ならまだしも、俺のチキンハートでは普段からはとてもじゃないが呼べなかった。なんか、周りに「何でこいつ彼氏面してんの」とか思われそう。
「『お前』とか『なぁ』とか使って誤魔化してたけど! この私の目からは逃げられないよ!」
もう、と彼女が腕を振るのに合わせて、浴衣の袖口がぱたぱたと揺れた。
彼女が、かちゃりと銃を構えて狙いをつける。
「この弾丸が、今全てを打ち抜く――!」
そんな物騒な言葉と共に放たれた弾は、ぱすっと間の抜けた音を立てながら的を載せた台の方に命中した。
「全然打ち抜いてないな」
「むむ~! じゃあ誠もやってみなよ!」
射的の店の軒先で、はい、と手渡された銃をまずは確かめる。
「……あーはいはい、こういうタイプね」
「あはは、そんな自分分かってます感出しても……」
未来が何か言っているが、今は気にせず的に狙いをつける。
だいたい……この辺か。
「よっ、と」
俺の撃った弾は、やはり気の抜けるような音を立てながら命中した。
「えっ」
「まぁこんなもんよ」
店主に銃を返し、景品を受け取りながら俺は言った。
昔、同じような屋台が地元のお祭りに出ていたことがあった。
最初中々思うように当たらず、飛鳥に散々に煽られたのが懐かしい。
「やばっ、すごいすごい!」
そんな傍らに居る彼女の素直な賞賛が意外で、少し言葉に詰まる。
「ま、まぁな。お前が俺にゲームで勝とうなんて百年早いわ」
「えへへっ。そうだね!」
「えっ」
てっきり対抗してくるものだと思っていたから、笑顔で頷かれるとどうしたらいいか分からなくなる。
結局、黙って彼女に景品に貰ったクマのぬいぐるみを差し出す。
「これ、俺要らないから」
もともとは、未来が狙っていたものだったし。
ぱちくり、と目を丸くした彼女は次第に満面の笑みを浮かべてそれを受け取った。
「ありがとう! 大事にするね! ……えへへ」
ぎゅっとクマを抱き締めて、思わずこぼれたような声が、堪らなくなって俺は目を逸らした。
「あー、そろそろ花火も近くなってきたし、移動しようぜ」
穴場だ、と言って彼女が連れてきてくれた神社。
坂の上に建てられたそこは、なるほど確かに人は誰も居らず、祭りの喧騒も少し遠く感じた。
屋台で買ったりんご飴やたこ焼きを脇に置いて、神社の前の階段に腰掛ける。
「……美味しいなぁ」
言葉通り、本当に美味しそうに綿あめを頬張る隣の彼女に、俺は気になっていたことを尋ねた。
「でもお前、祭りとかよく来るんじゃないか? 今年は誘われてないのか?」
人気者の彼女が、俺と二人きりでこんなところにいるのはよく考えなくてもおかしかった。俺の問いに、彼女は頬張っていたものを飲み込み、んん、と身をよじらせた。
「まぁそれは……えっと、断ってきちゃった」
「まじか。……悪いな」
「え? ……あ。いや、そうじゃないよ? 全然、私がしたくてやったことだから」
「助かる」
あんまりきちんと伝えるのも悪いと思ったので俺が短くそう言うと、目の前の少女はゆっくりと首を振った。
「だから、違うよ。そういうことじゃない。私は誠を心配して連れて来たんじゃない。ただ、自分の為にこうしてるの」
疑問の余地はあったが、彼女の口調は穏やかながらそれ以上の追及を許さなかった。
「……そっか」
俺が返事をした、その時。
「あっ!」
隣に座っていた未来が立ち上がり、夜空を見上げた。
俺もつられて顔を上げると、しゅるるるると光の筋が空に走っていく。
直後。
ドン、と胸に響くような音がして、真っ暗な世界に鮮やかな大輪の花が咲く。
「わぁー!!」
「おぉ……」
盛大な一発を皮切りに次々と花火は打ち上げられ、視界がチカチカと明るく照らされる。
瞬間、彼女の横顔が時折花火の光に照らされて、思わず見惚れてしまう。
「わー! すっごく綺麗……」
――お前の方が、ずっと綺麗だ。
なんて、月並みの言葉が思い浮かんだけど、そんな台詞を吐いたら軽く死ねる自信があって、何も言わずにただ彼女と空に舞い散る花びらを見ていた。
この町の夜空を賑やかした数十もの花火が鳴り止んで、暫く後。
俺達は並んで帰り道を歩いていた。
「いやー、良かったね!」
「迫力あったな」
「そうだね……っていうか、ふふっ。誠、花火が上がる度にビクッて震えてた!」
「ばっ! 最初の方だけだろ!」
「えぇ~? ……あー。うんうんそうだね、私の勘違いだった。最初だけだったね~」
「本当は最後までビビってたみたいな言い方やめろ!」
くすくすと笑う未来。
気の置けない彼女との会話は心地よく、ぽんぽんと弾む。
そしてたわいのない会話がひと段落した後。
未来はそこで、すっと声の調子を変えた。
「……飛鳥ちゃんと、何かあったの?」
それはきっと、彼女が俺とここに来てくれた理由。俺は歩きながら言葉を探した。
「何も。ただ、気づいただけだ。俺は……あいつに助けられてばかりで。一緒に住んでいるのに、面倒ばかりかけて」
俺の話を聞いて、隣の女の子は少し不思議そうな顔をした。
「たまには、そういう時もあるんじゃない? 考え過ぎだと思うよ」
「……そうかもしれない、けど」
彼女は言葉を飲み込んだ俺を横目に見て、静かに問うた。
「……なんで? どうしてそこまで悩むの?」
「…………それ、は」
彼女の問いかけに、悩みの核心を突かれた気がした。
ゆっくりと、俺は胸の中の感情を言葉に変換しようと試みる。
隣を歩く少女はその間急かすこともなく、ただじっと待っていてくれた。
「俺が、飛鳥の隣に居たいからだ。あいつに相応しくなりたくて、今まで頑張って来たんだ。でもここに来て、追いつけないと思った。……だから、辛い」
「……………………やっぱり、かぁ」
言葉にして、改めて自分の考えに気づく。
「未来は、どうしたらいいと思う?」
俺は尋ねた。俺の悩みの答え。
何となく、彼女なら分かる気がした。
「……ごめん、それは、もう少し待ってくれる?」
言われて、俺は頷いた。
暫くして、未来がちょっと寄っていい? と言って公園に立ち寄った。
そこは学校からも俺の家からもほど近い、通い慣れた場所――いや、通い慣れていた場所、だった。
未来にとっても、恐らくそうだったのだろう。
彼女が淀みない足取りで入り口近くの木製ベンチに向かったので、俺もそれに続き、二人で腰掛ける。
この位置からでも、外の横断歩道がよく見えた。
「ねぇ、ここ、覚えてる?」
「忘れねぇよ、……忘れられねぇ」
彼女を事故から助けたこと。
俺の人生において、あれだけ劇的な出来事はそうは起こらないだろう。
本当に、冗談みたいな話だ。
一体どれだけの偶然が積み重なったのだろうか。
偶然俺がこの公園から帰る途中に、偶然女の子が事故に遭いそうになっているのを目撃して、そして偶然助け出すことが出来て、しかもそれが偶然、クラスメイトの彼女だった。
「あの時、誠が助けてくれて、本当に良かった」
そうじゃなきゃ、私はここにはいない、と彼女は言った。
「それこそ、お互い様だ」
あの時、助けたのが水瀬未来じゃなければ、俺は腐ったままだったはずだ。
俺にとっては、彼女とここで出会ったのが、すべての始まりで。
俺がそう言うと、目の前の少女はふふっと笑った。
「誠は、私がきっかけになったって、嬉しくもそう言ってくれるけど。でも、それは多分誰でも良かったんだよ。だって誠は、本当は元からやる気があったんだから。だから、ただきっかけがあれば良かった。それが私である必要はなかった」
それは違うと口を挟もうとすると、彼女はそんな俺をそっと指で制した。
「……でも、なんの因果か、私だった。だから私は思うんだ。あのとき、助けてくれたのが誠で良かった。君のきっかけになれて良かったって。……だって、」
水瀬未来は、幸せを体現したような、とびっきりの笑みを浮かべた。
「今、君のことがこんなに好きだから。君の背中を押せたのが、嬉しいんだよ。……わたしと、つきあってくれませんか?」
――そう言った彼女の横顔を、俺はきっと忘れることはないだろう。
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