第55話 近くて、遠い
一部投稿し忘れていた部分があったので、改稿しました。すみません。
「あ、これ、私の連絡先。また、会ってくれるかな? 話したいことがたくさんあるんだ」
そう言ってキラキラと彩られたスマホを取り出した彼女。
中学時代の本条を知っていれば、今のような彼女になるまでに、様々な出来事があっただろうことは想像に難くなかった。
頭に、かつての本条の姿が浮かんだ。
――あの頃、俺と彼女は少し似ていると思っていた。
当時の俺はそれなりに社交的な性格をしていたから、本条とタイプは違ったかもしれないが。それでもちょっとした会話の時に零れる思考や、根っこのところの考え方に共感することが度々あった。
「おう、もちろん。また会おうぜ」
そんな本条の体験した話には、純粋に興味があった。
……それに、こんな風にお互いにわだかまりなく話せる日が来るなんて、思ってもみなかったから。
連絡先を交換し終えた俺の背中に、とすんと軽い衝撃。
振り返れば、俺の肩に手を伸ばした姿勢のまま未来が固まっていた。
どうした? と視線で尋ねると、あー、ともうー、とも言えない声を出した彼女は一種視線を彷徨わせた後、
「ね、ねーねー誠! 帰りに花火買ってこうよ!」
そんな彼女に、俺は首を傾げる。
「今から飯食って、チキチキゲーム大会の続きやるんだろ? 帰りの電車あるか?」
「予定より一本遅らせれば、いけるんじゃないかしら」
するりと俺の隣にやって来た幼馴染が言うなら、そうなんだろう。
まぁ俺も花火に反対というわけではない。
そんな俺たちの様子を目の前で見ていた本条は、ああ、と頷いた。
「……なるほど、そういうことかぁ」
一人で何かを納得した素振りを見せた彼女は、俺にじゃあ、と別れを告げる。
「名残惜しいけど、皆が待ってるからもう行くね」
その後、俺の周りの奴らに目を向ける。
彼女は彼ら一人一人をじっと見つめた、まるで何かを見極めようとするかのように。
そして静かにふるふると首を振って、俺をもう一度見て言った。
「もし、何か困ったことがあったら絶対私に言って。今度は私が、君を助けてみせるから」
「良いの買えたー! 私のミラクルドラゴンサンダーDXが火を吹くぜー!」
未来が花火の入った袋を片手にぶら下げて、にひひと笑っている。
飛鳥の家への帰り道にあるコンビニには、丁度季節なこともあって色々な花火が置いてあった。
「こういう花火って名前の割にしょぼいんですよね」
「そんな!?」
「あー、それな。結局打ち上げるタイプより線香花火が俺的に至高」
「今回ばかりは柊さんに同意ですね、たまにはまともなこと言うじゃないですか」
「お前なぁ……てか、水瀬しっかりしろー?」
ズーンと沈んだ様子の未来を、古賀と柊が励ましている。
紗月と姫野と古賀の3人とはコンビニで合流した。
俺達の所に向かう時に飛鳥がここで待つように提案したらしいが、正解だったと思う。
本条に会うことがなかったら、あそこは余り楽しい場ではなかっただろうし。
田舎の住宅街の夜は静かだが、皆で歩けば寂しさは感じなかった。
「うちの高校を目指してるって聞いたよ。良かったら、一度見学に来てみないかい?」
「良いところだよ~、歓迎しちゃうよ~」
「あっ、あの、ありがとうございます。ぜひ行かせてもらいたいと……」
紗月が橘と姫野に話しかけられて、少しテンパりながら返事をしているのを見て思わず口元を緩める。上手くやっているみたいで何よりだ。
「それで、そもそも幼馴染とはどういう存在なのか、でござるが。拙者が思うに……」
「それ、なんで私に言うの?」
熱の入った口調で持論を展開する小田と、それに呆れつつも何だかんだ聞いてあげている飛鳥。
この組み合わせは珍しい気がする。比較的内向的な2人の接点は今まで余りなかったが、この旅行で距離が縮まったのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていた俺は、いつの間にか集団の最後尾にいた。
誰かに話しかけても良かったが、何となく、目の前に広がる景色を眺める。
この道はかつて中学への通学路だった。
最初は飛鳥と2人で歩き、俺が嫌がらせを受けてからは一人で往復した道。
そして今は、飛鳥と、他にも一緒に歩く奴が増えた。
……かつての俺には、想像も出来なかった話だ。
俺が考え事をしながら1番後ろを歩いていると、いつの間にか隣に気配があった。
「いい旅行になったわね」
静かな夜に合う、涼やかで落ち着いた声。
前川飛鳥の言葉に、俺は頷いた。
……そう言えば、彼女には聞こうと思っていたことがあったのだった。
「お前さ、昨日の時点であの子が本条だって気づいてたよな」
俺が言うと、飛鳥の前に伸ばしかけた足が一瞬ピタリと止まる。
「何のことかしら」
しかし、彼女は素知らぬ振りで歩くのを再開した。
「俺のことを心配してくれたんだろ? そうじゃないと説明がつかない。あの時のお前は明らかに変だった。初対面の女の子に対して、流石に当たりがキツすぎだ」
「……」
俺が話している間、飛鳥は黙って歩いている。
「でもお前が本条に気づいていたんなら、話は変わる。彼女は俺への嫌がらせに直接は参加していなかったとはいえ、それでも積極的に止めるために動いてくれたわけじゃなかった。あの頃の知り合いと俺が接触することの危険性を考えて、お前はあんな突き放すような態度を取った」
「……面白い想像ね、小説家が向いてるんじゃないかしら」
静かに歩きながら、冷ややかにそう言ってあくまでシラを切ろうとする彼女に、俺は僅かな苛立ちを感じた。
「そんな言葉で、納得出来るかよ」
……思ったより、低い声が出た。
幼馴染はそんな俺の反応に驚いたように、足を止めた。
「そんな風にお前が汚れ役を受け持って、俺はお前に感謝することさえ許されないのか?」
俺の言葉に、短く息を呑む音が聞こえた気がした。
彼女の歩く速度が徐々に遅くなり、止まる。
立ち止まった俺達から、皆の話し声が遠ざかっていく。
しばらくして、飛鳥はぽつりと呟いた。
「……一泊二日なら、誰とも会わずに済むと思っていたのに。まさかあんなにあっさり会うことになんて予想外だったわ」
「……」
その言葉は、俺の推測を肯定していた。
ああでもさっきは、と彼女は続ける。
「貴方はそれほど気にしていないようだったし、私の気の回しすぎだったかしらね」
「……」
「行きましょうか、皆が待ってるわ。……誠?」
「…………あ。おう、そうだな」
返事をしながら、俺は自分の頭の中に浮かんだ考えに囚われていた。
――彼女が海で本条と会った時の発言。
『そこの男は別よ。間抜け面をした貴方に寄ってくる女なんて碌なものじゃない。どうせ詐欺にでも騙されるのがオチよ』
あれが、彼女が子供っぽい独占欲を発揮した結果だったなら良かったと、思ってしまった自分がいた。
――だって、そうじゃなかったら。俺はまた、飛鳥に助けられたことになる。
彼女に悪気が無いのは分かっていた。助けてもらったことに感謝こそすれ、憎むことなんてあるはずがない。もし仮にそんなことをするような奴がいれば、そいつはクズだ……だけど。
これが今回限りのことだったら、何も問題はなかった。でもこんなのは、今に始まったことじゃないんだ。そのことに気づいてしまった。
――勉強で分からない所を聞いたり、毎日飯を作ってもらったりしていたが、それでもその借りはいつかちゃんと返すから。
そううそぶいて目を逸らしていのだ、これまでは。
だけど、それももう限界だ。結局俺は多くを貰っておきながら、彼女に何も返せていないのだ。これっぽっちも。
それなのに対等で居たいだなんて、とんだ思い上がりじゃないか。
――気付かれないようにそっと、隣を歩く幼馴染を見る。
街灯に照らされた艶やかな黒髪も、恐ろしいほどに整った横顔も。
しゃんとまっすぐに伸びた背筋も、思慮深く輝く大きな瞳も。
何もかも。
俺の手の届かない、遥か彼方の存在に感じた。
今は神様か何かの手違いで幼馴染の俺と、こんなに近くにいるけれど。
彼女の隣に居るのに、きっと俺は相応しくない。
初感想貰えて死ぬほど嬉しかった話していいですか?




