第43話 ある日の部活
老朽化した第二体育館に、シャトルの音が響いていた。
ここで練習しているのは男子バドミントン部。
練習は楽ではないが、時折聞こえる爽やかな掛け声は正しく青春の一ページのようだ。
その様子を外から見て。
あぁ……と一人俺は空を仰いだ。
見上げる空は見渡す限り真っ青で。
八月の炎天下で俺は額の汗を拭った。
「はーい、あと一周ですよー」
学校の周りを走っていた俺は、正門の前に立っている桐谷にそう呼びかけられて思わず足を止めた。
「おい、さっきもあと一周って言ってなかったか?」
「気のせいですよー。それともなんですか、私が意地悪でそう言ってるとでも言うのですか?」
「いや……そうか。俺の勘違いか、悪い」
はぁ。あと一周かぁ。
そうして俺が走り出そうすると、桐谷が呆れた声音で言ってきた。
「ちょっと待ってください。ほんとに覚えてないんですか? ただの冗談ですから」
「…………」
散々走らされて疲れていた俺は、そんな彼女に文句を言う気力もなくその場にへたり込んだ。
お疲れ様でーす、と俺の頭にポンとタオルを掛けてくる桐谷。
俺は暫く無言で息を整えた。
桐谷が水筒を持ってきてくれて、ありがたく受け取り一口飲んではぁー、と息を吐く。
その間も、橘以下他の部員たちは体育館の中で羽を打っていた。
「……僕も早く羽打ちたいよぉ~ママ~」
「はいはい、もう少し待ってくださいねー。もうすぐで向こうのメニューも終わると思うので」
部活に加入して二か月。
俺は未だ他の部員たちとは違うメニューをやらされていた。
「まぁその代わりこの私に付きっ切りで見てもらえたんですから、良いじゃないですか。こんな幸運はなかなかないですよ」
いけしゃあしゃあとそんなことをのたまう彼女だが、俺は知っている。
「俺のメニュー考えてんのお前だろ……それにしても、今日のはおかしいだろ! ぐるぐるぐるぐる、外周何周させるつもりだよ! バターになっちまうわ!」
「先輩はとにかく体力が無いですからねー。しっかり走りましょうね」
「体力なんていらねぇ……ダブルスしかやらねぇし……」
「そんなこと言って、この間の大会、途中明らかにバテてましたよね?」
「うぐっ……」
桐谷にジト目でそう言われ、俺は言葉に詰まった。
この間の大会。三年生にとっては最後となったその大会に、俺は橘とダブルスを組んで出場していた。ダブルスならシングルスより動きは少ないしなんとかなるだろうと甘い考えでいたのだが。
実際は桐谷の言う通り、後半橘の足を引っ張っていた感は否めなかった。
そんな俺の様子を見て、桐谷はやや明るい声を出した。
「まぁでも練習も今日で一旦終わりですし。よく頑張りましたね」
「……お、おう」
彼女が褒めるのは珍しい。思わず口ごもった俺を、彼女はくすくすと笑う。
そしてあ、とさも今思いついたかのように言った。
「先輩、夏休みって何か用事あります?」
「あるように見えるか?」
彼女は嫌なものでも見たかのように顔をしかめた。
「何ですかそのうざい返事……。いや、普通にあるくないですか? 橘先輩達とどこか行ったりとか」
そんな少し意外な言葉を発する桐谷。
俺のことをそんな風に見ているとは、こいつの目は節穴か。
しかし、と俺は一つ思い出した。
「あ、そういえば近々一泊で遊びに行くんだわ」
確か、レインのグループでそんな話が出ていた気がする。
「ほー、良かったですね。じゃあ、八月の第三土曜日とか空いてます?」
言われ、俺は頭の中でカレンダーを思い浮かべたが、特に予定はなかったはずだ。
「おう、空いてると思うが」
「どっか遊びに行きましょうよ」
彼女のその言葉に一瞬動揺するが、なんとか平気な顔を保った。
ふっ、俺の成長を甘く見てもらっちゃ困るぜ。
こいつとは橘も一緒にスポーツ用品店に備品を観に行ったこともある。
今回も大方その類いだろう。
俺はなんでもない風を装って返した。
「いいな。どこ行く?」
「んー、そうですねー。普通に駅前で買い物してー、カラオケ行って、御飯? それか遊園地とか?」
「……!?」
んん!? それじゃ普通に遊びに行くみたいじゃねぇか。
俺が思わず桐谷の顔を見ると、いつも飄々とした彼女らしくもなく、少し気恥ずかしそうに視線を逸らした。
まるで恋する乙女のようである。
……あー、つまりこれはあれか。
俺は察した。
流石俺。
もはや恋愛マスターと言っても過言ではないな。
こいつは橘とかなり仲が良い。なんでも、彼女がこの部活のマネージャーになったのは偶然橘の試合を見たからだとか。
そして、多分今回もあいつとの仲を深めたいっていう魂胆だろう。
俺にはそのサポート役として来て欲しいってところか。
俺は自分の頭の冴えが恐ろしくなるとともに、さてどうしようかと考えた。
うーん、桐谷と橘とのデートに同伴かぁ。
二人とはそこそこ仲いいつもりではあるけど、実際どういう感じになるんだろう。
脳内で遊園地に三人で行った場合のシミュレーションをしてみる。
待ち時間に退屈しないように話題を提供したり、楽しそうな二人の写真を撮ったり、順番待ちの列に並んでおいたり、二人が観覧車やコーヒーカップに乗っている間に食べものを買ってきたり。とかだろうか。
……なんだこれ。普通に苦行じゃねぇか。
そこまで考えた結果俺はこの話、断ろうかと思ったのだが。
……まぁこいつには何だかんだ世話になったし、それくらいはしてもいいかと最終的には思い直し、頷いた。
「俺はなんでもいい。そっちに合わせるわ」
彼女が了解です、と言ったところで、橘の呼ぶ声がした。
「おーい! 二宮もそろそろこっち参加なー!」
びくっと肩を震わせた桐谷はまた連絡します、と言って体育館の方に行こうとする。
俺も立ち上がりつつ、彼女に尋ねた。
「あ、橘には俺から言っとく?」
「は? 何でですか?」
「え? あいつも一緒じゃないの?」
ぽかんとした顔をする桐谷。
「……平気そうな顔をしているからどうしたのかと思えば、そういうことですか」
小声で何かを呟いた彼女は、ぴっと俺の顔を指さした。
「私と先輩の二人だけです。……先輩はさっき行くって言いましたからね。男に二言はないですよね?」
……もしかして、俺は何か勘違いをしていたのかもしれない。
単に友達として誘ってくれていたのか。
後輩から誘うのは勇気が要ったのだろう。思えば彼女は最初からどこか緊張していた気がする。俺はそんなことにも思い至らなかった自分を恥じた。
「いや、別に断るつもりはないが。楽しみしてるわ」
「……素直に言われると、ちょっと気持ち悪いですね」
そんなことを言うが、桐谷の口元は緩んでいた。
思い返せば彼女には部活に参加するようになって約二か月、世話になった。
最初は彼女と上手くやれるか不安だったが、すっかり打ち解けてしまっていた。
遊ぶ時には飯くらい奢ってやるか。そんなことを考えつつ俺は彼女と二人、体育館に戻った。
最近ブックマークやポイントが増えてきて凄く嬉しいです。




