第35話 観戦
小田の発作が収まってから、そうだ、と西城が俺の方を見て言った。
「お前、水瀬の彼氏だったよな?」
「おう、まぁ、一応な」
「一応……?」
怪訝そうな顔をする西城。
小田が俺のことを小突いてきたので言い直す。
「いや、完全な本物の水瀬の彼氏だ」
小田が俺を腹パンしてきた。
「そ、そうか。……あの、な」
西城は結構深く入ってうずくまっている俺に頭を下げた。
「カラオケでは悪かった」
俺はその言葉に驚いて顔を上げた。
「さっき小田に言われたことも考えてな。俺は少し自分を見失ってたみたいだ。こんなことをしても駄目だな。色んな奴に迷惑かけちまった」
真剣な表情で謝罪する西城。
「いや……、俺は別に気にしてないが。それなら、水瀬に謝っておいてくれるか?」
俺が痛みを堪えつつ起き上がりながら言うと、西城は分かった、と頷いた。
「ところで二宮氏。次の試合はいつでござるか?」
「確か少し空いてた気がする。バスケとは被ってたかな……」
「そうでござるか。応援に行けず残念でござる。相手はどなたでござった?」
小田の問いに、俺は壁に貼られたトーナメント表をよく見ようとその場を離れかけたが、西城が制止した。
「お前の次の相手は、東堂だよ。あいつが言ってた」
「……?」
「西城氏とよく一緒にいる御仁でござるよな?」
首を捻る俺に小田が補足してくれた。
「そうだ。あいつは元バドミントン部だったから、かなり出来るはずだ。それにあの時、俺は誰でもいいから彼女が欲しかったんだが、あいつは……」
西城は何か言い掛けて、途中で口をつぐんだ。
「何? 何なの?」
「これ以上は俺の口からは言えねぇ。何にせよ、あいつは本気で来るはずだ。俺も観に行くから、楽しみにしてるぜ」
おい、今時間あるか? と試合を終えた柊に聞かれ、じゃあ行こうぜ、と向かった先は俺達の今いた第一体育館のもう片側。
女子のバレー会場には丁度競技のキリのいいタイミングだったのか、男子生徒の数も多かったが、うちのクラスの生徒の姿は見えなかった。
俺達も適当に男子の集まっているところに座る。ちなみに小田達は他クラスのオタクに囲まれていたので放っておいた。
「次が丁度うちのクラスだな」
柊の言葉に、水瀬もそんなこと言ってたな、と俺は思い出す。
コートの周りを見ると、確かにうちのクラスの女子が集まっているのが見えた。
飛鳥に水瀬、姫野に加え、山﨑さん達のグループの姿も見える。
「あ、お前らA組か」
近くに座っていた男子生徒の一人が声を掛けてきた。
すると他の奴らも寄ってきた。
「良いよなーA組。可愛い子多いし」
球技大会の空気にあてられたのか、彼らは知り合いでもないのに距離が近いが特に気にはならない。
俺達もそいつらに混じって試合を眺める。
コートとは少し距離がある為、彼女たちの話の内容は聞き取れないが、雰囲気は悪くなさそうだ。
水瀬が何か言って、皆の顔に笑顔が浮かんだ。飛鳥も、少し微笑んでいるのが分かる。
……彼女がクラスに馴染めているのか、少しだけ気がかりだったので安心した。
俺がつい昔の癖で彼女のことを心配してしまっていたうちに、試合は始まった。
試合はうちのクラスに有利に運んでいた。
まぁこの試合は勝てそうなので、俺と橘は応援もそこそこに周りの奴らと話している。
周りの他クラスの連中も応援というより暇つぶしに来たようで、好き勝手にしゃべっている。
「あ、山﨑さんいいレシーブ」
「ギャルっぽいのに結構優しいらしいよなー、普通に可愛いし」
周りの声に、俺もそちらに注目した。山﨑さんはバレーが得意なのか、何度もブロックを成功させている。俺にも話しかけてくれたし、良い人なんだろう。
そして俺達のクラスのサーブ。えーい、という声と共にへろへろとしたサーブが放たれ、相手チームは掛け声とのギャップに虚を突かれたのか、レシーブを取りこぼしていた。
「姫野もいいよな~、和むわ」
「分かるわ、俺もお母さんになって欲しい」
いつの間にか混じっていた橘の危ない発言に、なんだこいつやるな! と場は何故か盛り上がる。
そしてさっきからコートを小動物のように走り回り、カバーに常に入っている女の子。
誰かが決めるたびにおおー! とぴょんぴょんと跳び跳ねて一緒に喜んでいる彼女を見て、男達は、はーとため息を吐いた。
「いややっぱ水瀬かな……守りたいあの笑顔」
「この学年の男子は多分、皆一回は好きになる説ある」
「でも聞いた? 彼氏出来たらしいよ」
聞いた聞いた、と落ち込んだ様子を見せる男達。俺は彼らからさり気なく顔を背け、柊はにやにやして脇腹を小突いた。
しかし、男達の目はまだ死んでいなかった。
水瀬がジャンプしたりレシーブするたびに、男達の目がきらりと光る。
俺は最初彼らが何に反応しているのか分からなかった。
が、しばらくしてああ、と理解した。
水瀬が跳ねたりするたびに、彼女の身長の割に実った、あー……あれが揺れるのだ。
男どもは口々に言う。
「やっぱり球技大会は最高だな」
「同感だね。端的に言って、すごくいい」
俺は思わず彼らに向かって言ってしまった。
「おい、水瀬のことそういう目で見るのやめろ」
男達は顔を一瞬顔を見合わせ、そして馴れ馴れしく肩を組んできた。
「良い子ぶるのはやめろって、素直になれよ兄弟……あ、それとももしかして、お前が噂の水瀬さんの彼氏か!?」
俺が否定しないでいると、彼らは俺をまじまじと見てきた。
「……くそ、見た感じ悪い奴じゃなさそうだが、あの水瀬さんを好き勝手してると思うと……殺意が湧く」
「僕この前手繋いで登校してるの見たよ……まったく、見せつけてくれる」
とは言うものの、彼らに敵意はそれほど感じられない。反応からして余り俺のことを知らないのだろう。
俺は力を抜いて苦笑した。
「確かに、俺はあいつの彼氏だけど、好き勝手はしてない。そこは誤解しないでくれ」
じゃあどこまでしたって言うんだよ! と彼らに詰問されて、俺は隣の柊に助けを求めたが、奴は知らぬ振りで近くの応援に来た女子に話しかけていた。いや助けろや。
手を繋ぐまでしかしていない、と正直に言うと彼らは逆に同情の視線を向けてきたが、とにかく彼らの質問攻めからは解放された。
改めて試合を眺めていると、彼らのうちの一人がぽつりと言った。
「前川さん、良いよな……」
彼女は山﨑さんや水瀬に比べて、余り目立ったプレーをしていないように見える。それでも不思議なことに、彼女が中心となって試合が進んでいると素人目にも感じた。
「それな……おい、お前これ終わったら声かけてみたら?」
「無茶言うなって。恐れ多い」
「え?」
何あいつ、そんな風に思われてんの?
彼らの会話に思わず、女子のナンパから戻ってきていた隣の柊を見ると、確かにな、と頷いた。
「高嶺の花って感じだな。人気はあるんだが、声を掛けたりはし辛い、みてぇな」
そういう感じなのか。と俺は納得した。
「あー、あいつ結構人見知りするしな」
そういう風に見えるのかもしれない。話してみると特にそうでもないと思うけど。
俺の言葉に柊は、はははっ! と笑った。
「あの前川のことをそうやって言えるのはお前くらいだよ。彼女、男子と話すこと自体がほとんどねぇし、避けてるんじゃねぇか。……女子とは仲良くやってるみたいだけどよ」
試合を見ながら柊は言う。
今も水瀬がアタックを決め、ボールを上げた飛鳥とハイタッチしていた。
その顔にはささやかだけど、笑顔が浮かんでいて。
……確かに今のは少しドキリとした。俺達の周りの奴らは一様にだらしない顔を浮かべている。
「今の見たか? 脳内メモリに永久保存確定だろ」
「水瀬前川てぇてぇ……。ていうか、最近前川さんたまに笑うようになったよな」
「一切笑わないクールな前川さんもよかったけど、あの笑顔。オマエさ、そんな顔すんの……反則」
本当に大した人気だ。興味本位で彼らに飛鳥のどこがいいのか、と聞いてみると、
「まず顔が芸能人かってくらい整ってるだろ」
「それに成績優秀、スポーツも万能」
「スタイルもモデルかってくらいいいし」
「清楚でおとなしい」
各々早口で即答された。
……ついでに家事万能で世話焼き、と俺は彼らの言葉に内心で付け加える。
そして、聞き捨てならないことを言った奴に俺は尋ねた。
「大人しいか? あいつ、結構言葉がきつくないか?」
俺の言葉に、周りの奴らはやれやれとばかりに肩を竦めた。
「全く。同じクラスの癖にそこの男は何もわかっちゃいないようだな……」
「確かに、入学当初言い寄った男達が彼女の容赦のない言葉に、心に癒えぬ傷を負ったのは有名な話だ……」
飛鳥の奴、そんなことしてたのか。
「だがしかし、俺はお前にあえて言おう、馬鹿野郎であると」
「清楚でおとなしいけど、毒舌。それが良いんだろうが」
うんうんと頷き合っている男達に、俺は首を傾げた。
結局試合は終始うちのクラスに有利に運び、無事勝利した。
選手たちは最後にお互いに挨拶をして解散する。他のチームメイト達がおしゃべりしながら飲み物の所へ向かっていく中、同じように歩いていた飛鳥は俺達のおざなりな応援に気づいていたのかこちらを向いて――胸の前で小さく手を振った。
「え……」
と俺達の周りが一瞬静まりかえる。
飛鳥はそれで恥ずかしくなったのか、ぷいっと顔を横に背けて離れて行った。
その様子に一気に騒然とする男子達。
「……お、おい! 今俺に向かって手を振ったぞ」
「いやちげーよ、俺に決まってる!」
「馬鹿! 一回戦から応援してる僕に決まってるだろ」
つーか最後の可愛すぎんだろ! と騒ぎながらも、飛鳥の仕草が誰に向けたものだったか特定しようと躍起になっている奴らを尻目に、俺と柊はこそこそとその場を後にした。




