第29話 デート? 続き
店内は混み合っていた。高校生らしき集団も多い。
だから待たされるかと思ったのだが、しかしそんなこともなく、すぐに個室に案内された。
この間クラス会をやった部屋は明るく広かったが、今日の部屋は2人用なのか狭く、薄暗かった。
女の子と2人で遊びに来ている事実に改めて意識され流石に緊張するが、水瀬は特に気にした様子もなく荷物を置くと、気軽に腰掛けタッチパネルを手に取った。
「じゃあちょっと歌おっか。何歌う?」
「そうだな……」
「あ、こういう時は私も知ってる曲じゃないとダメだよ!」
「そっか……そりゃそうだよな」
俺はしばらく迷った後、水瀬も知ってそうな有名アニメの曲を歌うことにした。
曲を指定すると、前奏が流れ始める。
あ、この曲かと水瀬が呟き、身体をリズムに合わせて揺らす。
持ち慣れないマイクを握り、歌い出しを待っていると、俺は何故か緊張して頭が真っ白になった。
「〜〜♪」
なんとか歌い出すが、声が出ない。
こんなに高かっただろうか。
1人で歌っている時は全く気付かなかった。
表示される音程に合わせようと苦心しながら、歌詞を追いかける。
サビに入るとさらに音程が高くなり、俺の声がとうとう裏返った。俺は思わず水瀬の方を向いて苦笑いした。
水瀬はあははと笑って言った。
「いいよ、もう叫んじゃえ!」
彼女に言われるがまま、俺は声を大きくした。
すると、無理矢理だが音程が取れ始めた。
そのまま二番に突入すると、恥ずかしいという感情が徐々に消えていった。
いつの間にか立って歌っていた俺が最後まで歌い切ると、水瀬はぱちぱちと手を叩いた。
「へー! いいじゃん、良い声してるね!」
「じゃ、次は水瀬の番な」
俺が座りながら言うと、代わりに立ち上がった水瀬がんんっと喉の調子を確かめている。
「よーし、歌うぞー!」
流れ始めた曲は俺でも知ってるアイドルグループの曲だった。ポップで明るい感じの曲調で、いかにも水瀬らしい。
水瀬の歌は上手かった。橘じゃないが、こいつも弱点とかないのかもしれん。
間奏で水瀬が何やら踊った。これはこの曲のアイドルの振り付けなのかも知れない。俺は知らないが、これを踊る水瀬がめちゃくちゃ可愛かったのは確かだ。
その後何曲か交互に歌った後、さて、と水瀬が切り出した。
「二宮君のカラオケ練習も済んだところで」
「あ、これ俺の練習だったのか」
「うん、今日はほんとは歌う気なかったんだけど、二宮君がいつか友達と来たときに、初めてだとあれでしょ?」
確かに初めの緊張は凄かったし、あそこで水瀬が叫ぶように言わなかったら、俺はカラオケを嫌いになっていたかもしれない。
「けど、そこまで気を遣ってくれなくて良かったんだが」
「今日付き合って貰ってるし、これくらいはね!」
俺の改造計画も確かに水瀬の相談の一環ではあるが、律儀な奴である。
「でも、元からカラオケ行くつもりはあったんだろ? それで歌う気がなかったってのはおかしくないか?」
水瀬はふふんと得意気な顔で、逆に俺に聞いてきた。
「ところで、なんで私が数あるカラオケからこのカラオケを選んだか分かる?」
「いや」
そもそもカラオケに来るのがクラス会除けば初めての俺が、カラオケ屋の違いなど分かるはずもなく、答えを求める。水瀬はそれはね、と言ってなにやら持ってきた鞄をゴソゴソ探っている。
「たまにあるサービスなんだけど、ゲーム機の持ち込みを歓迎してる店なんだ」
そしてお目当てのモノを探り当てたのか、手を止めて俺を見てにやりとする。
「だから、やろうよ。ゲーム」
水瀬は鞄からゲーム機を取り出して笑った。
水瀬が持って来たのは、乱闘することに定評があるお馴染みの対戦ゲームだった。
彼女はこのゲームを相当にやり込んでいるようだ。鼻歌を歌いながら、手慣れた操作でキャラを選ぶ。俺も適当にキャラを選ぶと、試合が始まった。
……確かに、自信を持つに相応しい腕前だ。素人相手ならほとんど完封出来るくらいの実力はあるだろう。
しかし、
「え!? どういうこと!?」
「……ふん」
俺は難なく水瀬の動きを見切り、崩し、回避し、差し込み、圧倒する。
あっけなく、水瀬のキャラが場外に落ちた。
「馬鹿な……この私が、負けた?……中学校の頃友達に本気出したらドン引きされた、この私が?」
こいつそんなことしてたのか。
何となく、中学生の頃の水瀬のことを想像する。きっと無邪気で子供っぽくて……あれ、今と全然変わってないぞ。
「去年の全てをゲームとアニメに捧げた俺に勝とうだって? ふん、笑わせてくれるぜ」
俺はゲームのことになると急にイキり始めてしまうが、こればっかりはやめられない。
しかし俺と水瀬はそこまで実力が離れている訳でもなく、たまに水瀬が勝ったりしながらゲームに興じる。
俺たちは適当に雑談しながら遊んでいた。水瀬が画面を見ながら言う。
「あ、そういえばもうすぐ球技大会だね」
俺も画面から目を離さずに返事を返す。
「球技大会?」
「あれ、去年もあったじゃん」
「あー、去年は俺の番号永久欠番にしたから」
「サボったんだね……今年は出ようね、っと!」
「おっ、やるな。……何だっけ、種目」
「例年アンケート取ってるけど、男子は多分バドとバスケだね」
「ほーん」
「……」
お互い適当に話をしていると、ふとした拍子に会話が途切れる。そんな時はかちゃかちゃとコントローラーを操作する音だけが室内に響くのだが、それでも居心地は不思議と悪くなかった。
「あっ、また負けた……次ラストかな」
「了解」
「本気出すかぁ!」
水瀬は粘ってきたが、最後も俺が勝って終了した。
会計を済ませ、俺が手を洗いに行ってから店を出ると、店の前で水瀬が見知らぬ男2人と話をしていた。
高校生みたいだから、ひょっとするとうちの高校かもしれない。水瀬は笑顔で対応しているが少し引き気味のようにも見えた。
「だから、彼氏と来てるからそういうのはちょっと……」
「そんなこと言って、どうせ彼氏なんて居ないっしょ?」
「居ても前川さんとか? なら2-2で丁度良いじゃん」
……これは、もしかしなくてもナンパという奴か。
初めて見た。俺は何も気づいていない振りをして水瀬に近寄った。
「悪い、待たせた」
彼女は俺の方を見てパッとその表情を明るくした。
「あ、いいよ全然! ほら、これ彼氏ね! だから彼氏と来てるって言ったじゃん!」
水瀬は俺の手を取って自分の手と繋いだ。……何度やっても、これには慣れない。
しかし、効果はあったようだ。
男2人は目を瞬かせた。その後一人はへらへらと笑い出したが、もう一人は動揺を隠せていなかった。
「えー、マジか、絶対冗談だと思ったわ〜」
「……水瀬さんに彼氏出来たって、本当だったんだ……」
そのまま彼らは俺の方を無遠慮に見て来る。
「見ない顔だな、他校?」
一人の言葉に、俺は無言でそちらを見返した。
「……」
実際俺は特に何も言葉を思いつかなかっただけなのだが、それをチャラ男は別な風に解釈したみたいだ。
「へーえ、俺らと話す気は無いってか~。……おい、何固まってんだ。もう行こうぜ」
「……あ、ああ」
そう言って2人は去っていった。俺はほっと息を吐き、隣で俺と手を繋いだままの水瀬を見た。
「おい、もう行ったぞ」
だからもう演技はしなくて良いと言外に伝える。
「え? ……あっ」
水瀬はパッと手を離し俺から距離を取った。
「ごめんね、朝以外で手を繋いだりとか、二宮君にさせるつもりなかったんだけど……」
申し訳なさそうにする水瀬。
俺は全然嫌じゃ無いし、なんならちょっとラッキーくらいに思っているのだが、それをそのまま伝えて引かれるのは避けたい。
「あー、いや、ま、練習になるし。将来彼女が出来た時の為の。だから気にしなくていい」
「……そう、だね」
水瀬が少し含みのある反応をしたのが気になったが、それ以上追及はしないで置いた。
俺達は駅への帰り道を歩く。空を染める夕焼けが、なんとなく感傷的な気分にさせる。
改めて、水瀬が礼を言ってきた。
「さっきはありがとね、間に入ってくれて」
「いや、そもそも俺がずっと一緒に居れば多分声掛けてこなかっただろ。悪かったな」
「あ、またそうやって卑下する。それ、悪い癖だよ」
今朝美容室の店長にも同じ事を言われた。あれから反省したつもりだったのだが、どうやら思った以上に体に染みついてしまっているようだ。
俺は気まずくなって別の話題を振った。
「ていうか、あいつら同じ学校なのか?」
俺が聞くと水瀬は呆れた顔をした。
「隣のクラスだよ……、東堂君と西城君ね」
「へぇ、仲良いのか?」
「うーん、そんなに話したことはないかなぁ。皆で遊んだ時とかに、ちょっと話したくらい」
……そんなに話したことないのに、遊びに誘われるんですね。
これが話しやすい美少女とやらの人望か。
ああいう誘いを断るのも、一々水瀬は負担に感じていそうだ。
彼女はそういう性格だと、いい加減俺も分かってきていた。
「2人が二宮君のこと分からなかったのって、絶対イメチェンの効果だよ!」
「いや、俺は元から知らなかった説を推すね」
「違うよ! と言い切れないのが悲しいところ……うーん、イメチェン大成功してると思うんだけどなぁ。ま、明日学校行ったら分かるよ!」
「そうかねぇ」
そんな話をしながら駅まで歩き、改札へと消えていく彼女を見送りながら思う。
水瀬の為と思って引き受けた偽装彼氏だったが、今日行った場所と言えば、美容室、靴屋に服屋、それにカラオケ。気づいてみればいつのまにやら俺の為に行った店ばかりだった。
しかも、彼女はそれを一切気遣わせない振る舞いをしていた。
きっとこれが水瀬未来のやり方であり、彼女の優しさなんだろう。
勿論整った顔立ちだとか、スタイルが良いだとか、そういう理由もあるとは思うが。それだけではないということだろう。
彼女が男女問わず好まれる理由が、少し分かった気がした。




