第22話 変化した俺の日常
「起きて……」
聞き心地のいい、綺麗な声が聞こえた気がした。
味噌汁の香りが鼻腔をくすぐる。
俺はもう少し寝ていたかったので、目を開けずに寝返りを打った。
「起きなさい……」
少しだけ違和感があった。俺のいつもの目覚ましアプリ、「ドキドキ! 幼馴染が起こしてアゲル♡」と、声が違う気がしたのだ。まぁでも、多分気の所為だろう。そう思って、俺は寝返りを打とうとして――。
「早く起きないと、寝た振りがばれないと思っているその残念な頭をさらに残念にするわよ」
「今起きました!!」
ガバリとベッドから飛び起きた。
「早く着替えて。ご飯もう出来てるわよ」
今日も俺を起こしに来てくれた幼馴染はそう言って、ふんと腕を組んだ。
中間考査から2週間が経っていた。
2人で朝食を摂り、飛鳥が用意してくれた弁当を持って家を出る。
後の話し合いの結果、朝食と昼食は飛鳥が作ってくれることになっている。せめて朝食は当番制にしようと言ったのだが、彼女には期待しないで待ってるわと返されてしまった。
……本当に、このままだと幼馴染への恩が返しきれなくなりそうで怖い。
ガラッと扉を開け、俺達は連れ立って教室に入る。
するとこちらに複数の視線が向いた。
「あ、おはよう前川さん」
「飛鳥ちゃんおはよう! 二宮君も!」
「おっす二宮、今日も早いな」
これが最近の最も大きな変化だろう。
俺に挨拶してくる奴がいる。
俺に、挨拶してくる奴が、いる。
大事なことなので二回言った。
俺達はそこで別れ、飛鳥はそのまま女子のグループに合流し、俺は手を振ってくる水瀬に会釈した後、もう1人話しかけて来た男の方へ行った。
こいつは柊慎一。この前の打ち上げ以来、よくつるむようになった奴だ。
「おはよう、まあこれくらいの時間が基本だよな」
「おっ、言うね。さっすが、寝癖付けたまま登校して来る奴は言うことが違う」
柊は自分の髪は凄いお洒落な感じにセットしている。
端的に言って、チャラい。
「うっせ。橘は今日は朝練か?」
「だろうな。全く、何が奴をそこまで駆り立てるのか」
うちは進学校なので、部活は基本的に勉強に支障が出ない程度にやるものという雰囲気があるのだが、橘はほとんど毎日朝練をしている。
「お、噂をすればだ」
柊が教室の扉の方を見て言ったので、俺もそちらに目をやると、丁度橘が入ってくるところだった。
柊がうぇいと手を振ると橘も自席に荷物を置いてこちらにやって来た。
「よっ。お、二宮は今日も朝から居るのか」
「当たり前だよなぁ。お前は今日も朝練か?」
「そう。って言っても1人だとフットワークとサーブ練くらいしかやること無いんだけどね」
さらりと言う橘。え? こいついつも1人で朝練してんの?
「ま、そりゃそうか。いくら運動部っつっても、毎日朝練する頭おかしいやつがお前以外にそう居るとは思えん」
「おい、頭おかしいは酷くないか?」
そう言って笑いながら柊を小突く橘。
ちなみに柊は軽音部だ。軽音部は非常に緩いことに定評があり、学校祭が近づかないと活動がないらしい。
そんな話をしているうちに予鈴が鳴った。俺もそろそろ授業の準備でもしようかと思っていると、ガラッと音を立てて扉が開き、走り込んできた男がいた。そのまま何か変なポーズを決めている。
「フッ……今日も無事に到着でござる。……敗北を知りたい」
彼の名は小田和弘。
オタクである。
そしてそれだけでは終わらない。
彼の後ろから何人もが姿を現した。
「デュフフ、間に合った」
「今日もまた廊下を吹き抜ける一陣の風と同化出来た……精霊達に感謝を……」
「……ふん(眼鏡クイッ)」
彼らの登場でクラスは騒然……とはならず、そのまま会話を続ける奴、もうそんな時間かーと席に戻り始める奴など、動揺はなかった。こいつら毎日これやってるもんな。
よく最近までこいつらのことをほとんど知らずにいられたなぁと俺が過去の自分に感心していると、小田がこちらにザッザッと音を立てて歩いて来た。
.........もちろん上履きでそんな音が鳴るわけもなく、彼は口でザッザッと言っている。
「おはようでござる、あ、二宮氏、昨夜のアニメ見たでござるよ。後で感想を言い合うでござる」
「了解、俺の考察に震えろ」
「おっす小田。……おいお前シーブリーズくせぇぞ」
鼻を摘む動作をする柊。
「えっ。この前走って来たら臭いが気になるからシーブリーズつけろって言ったの、柊氏ではござらぬか〜、酷いでござる〜」
「ばっか、それでも限度ってもんがあるだろ。シーブリーズぶっかければいいってもんじゃねぇんだよ。……全く、オタクはこれだから」
「うわあああああ、すぐにマウントを取ってくるチャラ男にはこうしてやるでござるぅうううう」
「おいやめろ! 俺にシーブリーズかけんな!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ柊と小田と、それを見てくっくっと笑う橘。
俺に3人、新しく友達が出来た。




