幕間 打ち上げの裏側
それは打ち上げの席での話。
今まさに水瀬未来が一曲目を歌い終わり、一緒に踊っていた女子数人とハイタッチしている。
「いぇーい! ていうかめいちゃん踊りめっちゃ可愛かったね!」
「だって超練習したもーん」
楽しそうに話している水瀬と山﨑の二人。
山﨑はそのまま他の女子数人と喋り始め、どうやら二宮の方に戻る様子はないようだ。
そこまで見届けて、飛鳥はそっと息を吐いた。
……いや別に、誠が誰と話していようと関係ないのだけれど。
と、飛鳥が一人心中で意味もなく言い訳をしていうち、未来がその隣にやってきた。
「飛鳥ちゃん、今日は来てくれてありがとね。すごく嬉しいよ」
そう恥ずかしげもなく素直な言葉を伝えられると、こちらが恥ずかしくなってくる。
飛鳥は堪らず顔を背けた。
……こういうところが、この子のいいところなんだろうけれど。
「別に、あのどうしようもない男の付き添いの為に来ただけよ」
飛鳥のそんな言葉を聞いて、未来はおかしそうに笑う。
「それでも、だよ。今まで飛鳥ちゃんあんまりこういうとこに参加してなかったでしょ? だから嬉しいなって」
確かに、それは事実である。
飛鳥は二宮が今まで高校になじめていないことに引け目を感じ、自分も余りクラスメイト達と交流しようという気は起きなかった。
少しピリピリしていたのも他の生徒を遠ざけてしまっていたかもしれない、と飛鳥は反省した。
実際は彼女の生来の性格も相まってかなり近寄りがたい雰囲気だったのだが、未来はここでは何も言わなかった。
「二宮君も、楽しそうだね」
小田と柊と話をしている二宮を見ながら、どこかほっとしたように未来は言った。
彼は二人と穏やかに話をしながら、時折笑顔まで見せている。
未来は二宮のことを今日一日、ずっと心配していたのだった。
彼は一見いつも通りのように見えたが、反応がどこか上の空だった。
だから放課後も残って声を掛けようか迷ったのだが、飛鳥に自分に任せて、と言われた。
そしてそれを信じて、打ち上げに来るのを待っていた。
二人共来てくれてよかった、と未来は改めて思った。
「やっぱり、飛鳥ちゃんに任せて正解だったよ。ありがとね」
そう言われ、飛鳥はふん、とそっぽを向いた。
だが、これは友人なりの照れ隠しであることを未来は知っていた。
そうして彼女がにこにことしていると、飛鳥は咳払いをして話題を変えた。
「でも、未来はどうしてそこまであの男のことを気にするの? 前に助けられたからっていうのは勿論あるんでしょうけど」
飛鳥の問いに、未来はうーん、と考え込んだ。
「何ていうのかな。気になるんだよね。……あ、もちろん変な意味じゃないよ!? でも、意外と優しかったり、今回みたいに意外と頑張り屋だったり、そういうの見ると友達として、いいなーって思う」
ごめん何言いたいのかぐちゃぐちゃだね、と笑う水瀬。
そんな彼女に飛鳥は少しして口を開きかけたが、それを遮って二人に爽やかな声が掛けられた。
「あ、前川さん。それに水瀬も」
「おー、橘君! 三位おめ!」
「おめでとう」
近づいてきた橘に、賛辞を述べる水瀬と飛鳥。
「ははっ、二位の人に言われても余り褒められた気がしないな」
あくまで爽やかにそう言った橘に、飛鳥は若干居心地が悪そうに飲み物に口を付けた。
その様子を見て、橘がごめんごめんと軽く謝った。
「冗談だって。ありがとう。……それにしても、やっぱり前川さんは流石だね。俺も勉強してるつもりなんだけど、天上院さんと前川さんには敵わないよ」
そう言ってやれやれと肩を竦める橘。
とはいえ、橘に諦めるつもりはなかった。
彼は生来の負けず嫌いなのである。
一方橘の言葉に、何故か胸を張る未来。
「ふふーん。うちの飛鳥ちゃんは凄いでしょ! 唯華ちゃんにだってそのうち勝っちゃうんだから!」
「別に、私は順位を気にしていないのだけれど」
相変わらず本当に興味の無さそうな飛鳥。
その様子に橘は再び肩を竦め、それにしても、と話題を変えた。
「二宮、今日は随分落ち込んでいたみたいだったけど。なんとかなったみたいだね」
そう言ってちらりと飛鳥の方を見る橘。
しかし飛鳥は素知らぬ顔で首を傾げた。
「さぁ。どうかしら」
「最近随分気にかけていたみたいだったけど」
「そうかしら。まぁ、多少勉強を見てあげたのだから、ちゃんと結果を出したのか気になっていただけよ。……あ、」
口に出してから、はっと後悔する飛鳥。
二宮の結果がふるわなかったのは、彼の今日の様子から明らかだったからだ。
飛鳥はこういうことが度々あり、そのたびに己の悪癖が嫌になる。
だから彼を擁護する言葉を急いで口に出しかけたが、二人が先に口を開いた。
「でも彼の最近の様子には驚いたよ」
「そうそう、今回は上手くいかなかったかもしれないけど! でも伸びは凄いと思うんだ」
二人の言葉に、飛鳥は黙って頷いた。
客観的に見ても、伸びという面では二宮の成長は目覚ましいものがあった。
最初は教科書の例題ですら怪しかったのだ。
それがこの短期間で、この学校の定期テストの問題で曲がりなりにも中の下程度の点数を取れるまでに成長したのだ。
その努力と確かな結果を、この三人は十分に理解していた。
……もっとも、当の本人は結果に納得していないようであったが。
「私、二宮君に釣られて今回勉強しちゃったもん」
未来は勉強会での出来事を思い出した。
――暫く勉強して、未来は少し休憩しようかと立ち上がった。
その時ふと隣をみると、二宮は未だ机から顔を上げていない。
素直に感心した未来は声を掛けようかと思ったが、すぐにやめた。
二宮は集中していたのだ。
そんな横の自分の様子にも気付いていないくらいに。
……そして結局、未来も黙って腰を下ろす。
そんなことが度々あった。
「まぁこれからも頑張るつもりのようだから、しょうがないから手伝ってあげるつもりよ」
そう言って手元の飲み物を飲み干した飛鳥。
彼女らの言葉を聞いて、何故か橘は嬉しそうな顔をした。
「そうか……やっぱり二宮はあの時の……」
「……?」
飛鳥と未来が橘の発言の意図が分からず、問いただそうとした丁度その時、
「前川さ~ん、良かったらこっちでお話ししよ~?」
声のした方を見ると、そこには二人の女の子。
こちらに向けてのんびりと手を振る、いかにもおっとりしていそうな柔和な顔つきの女の子と、その対面にもう一人の女の子。
その子はやや無表情気味だが、こちらを見て頷いているところを見ると歓迎していないわけでもないらしい。
未来が今行くねー! と彼女達に言った後、橘の方を見ると、彼はもういつも通りの爽やかさで笑い、それじゃあ、と言ってその場を後にした。
飛鳥は思わず未来の顔を見て、それから自分を呼んでいる二人を見た。
「良かったね。あの子たちも飛鳥ちゃんと仲良くしたいみたいだよ?」
「……そうね」
飛鳥は不愛想にそんなことを言うが、本心は全くの逆である。
自分は二宮ほどでないにしろ、未来を除けばクラスに友達と呼べる人はほとんどいなかった。だから彼女らの気持ちは素直に嬉しかった。
実際クラスメイト達は飛鳥に近寄りがたいと思ってはいても、彼女に好意的な者が殆どなのだが、飛鳥はその事実を知らない。
そんな、一見なんでも出来て器用に見えるが実際はひどく不器用な親友を見て、未来はしょうがないなぁと小さく笑顔を浮かべる。
――そして未来は立ち上がり、未だ座ったままの飛鳥に向かって手を差し伸べた。




