1-3-X. こころとゆきのいろ
珍しく前書きのようなものを。
「1-3-X.」ということですが、時間軸的には「1-3-7.」、「1-3-8.」の部分になります。
もしよかったら、改めて読んでいただいてもOKですよっ!
中間考査があと1週間くらいのところまで近付いてきた日の放課後。
あたしは――。
「いやー、マジで聖歌ちゃんって、ホントにイイ娘だと思うんだよね! 好きになりそう!」
――何故か、告白を受けていた。
あまりにも突然のできごと。まともな反応もできない。
隣では美里が目をひっくり返しているし、斜め前でも――――。
「まーた始まったよ」
静寂を破ったのは神流ちゃんの、妙に冷静な声だった。時間が動き出したような感覚。
神流ちゃんが言うには、この佐々岡くんという人は普段からこういうノリで話すタイプの人らしい。
佐々岡くんとしては『人類愛』のようなものを標榜しているみたいだけれど。
そう考えると、突然の告白まがいの発言もそれなりに理解はできた。
「いやいや。そういうところはさ、やっぱり正直に言っていかないと失礼だと思うんだ」
「誰によ?」
「そりゃもう、この地球上のすべての生きとし生ける物に」
「あ、そうだ。聖歌ちゃん、これわかる?」
「ちょっとは人の話を聞けーぃ!」
神流ちゃんは勢いよくこちらに身を乗り出して、教科書の問題を指差した。
その奥の方からは佐々岡くんのちょっと情けない叫び声が響いている。
壁役を買って出てくれたらしく、私と佐々岡くんの間に入ってくれた。
高島神流という女の子は、この学年でもかなり目立つ方の人だ。
本音を言えば、佐々岡くんと同じように、どんな人なのかよくわかっていなかった。
何なんだろう、とも思っていた。
普段からものすごく元気だし、男の子ともすごく自然体な感じで話している姿はこの勉強会以前からも時々見ていて、スゴいなとは思っていた。
この勉強会に参加してそれは殊更によくわかったけれど、それ以上にこの人は周囲への配慮が出来る子だと思った。
今もこうして、何となく私が困っているように見えたのだろう。
――――やっぱり、こういう子の方がいいのだろうか。
「何だか、吹奏楽部って、ギャップありすぎな人多くない?」
ふと気付けば、美里が少し唖然としたような苦笑いで、男子ふたりを交互に見ていた。
それに怪訝な顔をしているのは、彼だった。
「そこで、ボクが比較に使われるの?」
「ほら、前も言ったけど、海江田くんは意外にマジメっぽいところもあるけど、でもきっちり面白い人だし」
きっちり面白い、か。
たしかに、吹奏楽部のなかでは随分とツッコミ役に回っているみたいだけれど。
「でも、残念だったね、佐々岡くん」
不意の声。
そちらを向くと、少し大人びた雰囲気の横顔が見える。
「彼氏持ちだよ、彼女」
こちらを見ないままに、そう言った。
結局最後まで何を勉強していたか、記憶に残っていない。
ぐるぐると頭の奥の方を掻き混ぜられているような、眩暈のような何かを感じ続けている内に帰る時間を迎えた、そんなような気分だった。
ただ単純に、事実を言われただけだ。
たったそれだけのこと。
何もおかしなことは無い。
そのはずなのに、妙に眉間の奥がきりきりと痛んだ。
顔が熱いような感じもするし、でもどこか冷えている。
自分の身体なのによくわからない。
思えば、以前もこんな気持ちになったことがあるような気がする。
いつだったかあまり覚えていないような気がするのは、もしかするとそのときの記憶を消したがっているせいなのかもしれなかった。
「ね、ね。聖歌ちゃん」
「え?」
右肩を叩かれたと思ったら、左側から神流ちゃんが顔を覗かせる。
何だか妙にトリッキーな動きに思わず笑ってしまった。
「あ、よかった。笑ってくれた」
「……え?」
ほっとしたような神流ちゃんの声に、また1音で返事をしてしまう。
「さっきの佐々岡くんのせいでさ、迷惑掛けちゃったみたいだから申し訳なくて」
「ううん、そんなこと……」
「あのバカ、普段からあんな感じだから、全然気にする必要無いからね。歩くセクハラみたいなヤツだから」
「そ、そんなことは……」
それはさすがに言い過ぎな気もするけれど。
――ちょっと、チャラいなぁと思ったのは認めるけど。
「あとさ……」
ちらりとどこか別のところに視線を送ったが、すぐさま戻ってくる。
が、彼女の顔は一瞬前とはがらりと変わっていた。
マジメな顔と表現するのも何か違うような気がする。
もっと、シリアスな雰囲気を急にまといはじめた神流ちゃんに、少し気圧される感覚になる。
「ちょっと訊いていいのかわかんないんだけど、イイかな?」
「……待って、一応心の準備させてほしいかな、なんて」
「いいよ、全然」
そういう彼女の声は、今までに聞いたことがないくらいに落ち着いているような、むしろ重たささえ感じてしまうような声。
もちろん表情からもカンタンに察してしまえる。
あまりいい予感はしなかった。
こんな声を出してまで訊かれるようなことだ、明るい話題ではないのだろう。
小さく、でも深めに、深呼吸を2回する。
「はい、……どうぞ」
「聖歌ちゃんってさ」
「うん」
「別に彼氏さん……っていうかユウキだけど、何かうまくいってないとかそういうことじゃないんだよね?」
――え?
「そんなことないよ? 優しくしてもらってるし……」
「そっか。じゃあ、やっぱり私の思い過ごしだったね!」
重くなりかけていた空気を跳ね飛ばすように、神流ちゃんは笑う。
その言い方は、まるで誰かに言い聞かせるような雰囲気だった。
そのせいで、何となく訊きたくなったことを飲み込もうとする。
――どうしてそんなことを訊くの?
でも、どうやら完全に飲み込むのは失敗してしまったらしい。
口に含んだばかりの大きなあめ玉を間違って飲み込んでしまったような、のどの閊えを覚える。
「そんな、全然気にしないで。こっちこそ、心配させちゃって」
「なんもなんも。じゃあお互いに、気にしないって事でひとつ」
神流ちゃんはウインクをしつつ、揉み手をした。
ウインクを抜いてしまえば、よくドラマとかで酔っ払ったおじさんが別れ際にやるような動きだった。
でも、その振り向き際。
掃除道具の片付けに向かっていったときに見えたのは、スッと冷えたような視線だった。
値踏みをするような。
あるいは、心を見透かそうとするような視線のように、あたしには見えてしまった。
帰路は結局いつも通り、美里といっしょだった。
寄りたい場所があってちょっと急がないとやばいということで、皆に頭を下げながらばたばたと出てくることになったが、違うところに頭を使う暇もなかったので今は逆にありがたかった。
自分の最寄り駅の2つ前で美里と別れ、そこからはひとり。
もう慣れてしまった光景だった。
いつもはいろいろと考えながら地下鉄に揺られるのだが、今日は何も考える気が起きなかった。
考える気力がなかったのか、あるいは何も考えたくないと感じていたのか。
それは自分でもよくわからなかった。
車中にいる間に降り始めたのだろう。
風の無い夜、雪が静かに舞い降りてきていた。
今年はまだまとまった雪がないおかげで、道路は歩きやすい。
信号待ちがてら天気予報を調べると今夜遅くからはもう少し強めに降り出すらしいけれど、それでも完全に歩道が雪で覆われるには時間がかかりそうだった。
少しだけ空を見上げてみる。
薄ぼんやりとした街明かりに照らされながら、雪が降りてくる。
やはり、何も考えられない。
とにかく、頭は真っ白になったまま。
その真っ白なキャンバスには、ナイフのようなもので切られた跡が、ふたつ有る。
一応は、まだ使えそうだけど、直す方法を今の私は知らない。
取り替える術も、私は知らなかった。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
一応12月のアタマくらいまでお話は進んで参りました。
さて、このあと彼らは、と言いますと……。
まずは、「テストお疲れさま回」と称した打ち上げでしょうか。
もうちょっとで模試があるんですけどもね。
そんなことを構っているような子達じゃないですからね。やるときはしっかりやりますけども。
で、12月と言えば、クリスマスですかね。
……何かありそうですね。
あとは、聖歌の誕生日でしょうか。
ゆっくりですが、何かが起きそうなストーリー展開でお送りします。
これからもよろしくお願いします。





