1-3-9. まもなく試験本番
何かに集中をし始めると、やはり時間が経つのは早く感じるものだ。
基本的には、何か楽しいことをしているときほどその早さが際立つように思うが、もちろんその説は万能ではない。
例外的なものも当然ながら存在する。
たとえ、自分の好きでは無いものであっても、集中をしていれば同じであるらしかった。
「……もう来週かぁ」
「早いな」
「早いね」
ボクのつぶやきに、神流と佐々岡くんが同時に応える。
勉強にも精が出る、金曜の午後。
次週火曜日からはいよいよテスト週間だ。
掃除や突発的な集まりが入ってきた場合を除き、だいたい来る時間はそれぞれで決まっている。
回を重ねている内に、それまでは音楽室に入ってきた順になっていた席順が、だんだんと固定されてきていた。
右隣に歌織、左隣に神流、そのさらに左に佐々岡くんが陣取る。
正面には平松さん、斜め右前に聖歌が座っている。
このフォーメーションが、ここ数日のパターンになっていた。
「でも、何だろう……。今回は、『テスト勉強した?』『ううん、全然やってなーい』っていう定番の流れを使える気がしない」
「……それを神流が本気で言ってるんだとしたら、結構問題だからね」
「うん。今私も自分で言ってて、それはないわ、って思った」
「だよね」
静かに、ほんの少しだけ肩をなで下ろす。
言い出しっぺの神流にそれを言われてしまうと、この勉強会の意味が根底から揺らぎかねない。
今週に入ってからは徐々に雑談の時間も短くなってきているし、じわじわと会の終了時間も遅くなってきていた。
「たぶん、高校入ってから史上最大に勉強してる気がする」
「あ、俺も同じ」
「同じくかな」
「私も、私も」
しみじみと言う神流に、今日は左前に座る和恵さんも乗ってきた。
声には出さなかったものの、聖歌と平松さんもかなり大きめに首を縦に振っていた。
「でもさ、わりとプレッシャーあるよね」
「何が?」
「ここまでやっておいて、成績がアレだったらさ。先生に何言われるかわかんないよね」
「……和恵さん、その言い方だと禁句かも」
「あ、ごめん」
しゅるしゅると身体を小さくしながらシャーペンを握り直した神流と佐々岡くんをチラッと見て、和恵さんが肩をすくめる。
和恵さんからは見えていなかったようだが、平松さんも同じような動きをしていた。
実際、和恵さんの言うとおりではあるんだけど。
「音楽室を間借りしてるから、たしかに順位とか点数とか上がってないとカッコは付かないと思うけどね」
「えー、それミズキも言っちゃうの?」
「さっき先生に言われただろうが。……むしろ、勉強会の言い出しっぺが、そこらへん取り仕切っていてくれるべきかなぁ」
「……がんばろ」
「お、えらい。珍しい。……痛っ」
余計な1ワードを付け加えた結果、神流の裏拳が上腕に命中した。
「それより、この人数は大丈夫なの? それこそ、あのとき言ってた人数よりだいぶ増えてない?」
和恵さんの視線を追いかけて、音楽室を見回してみる。
以前は真横を見れば済むことだったが、ここに来てとうとう周囲を見回さなければいけない状態になってしまっていた。
少し前に『机の並びをもう1列増やそうか』とか、そんなようなことを言っていたはずだ。
今できている『シマ』は3つ。
吹奏楽部・合唱部の1年生の、それぞれ半数くらいは来ているような気がする。
黒板の前に鎮座しているグランドピアノがなければ、学習塾の教室のような雰囲気さえあった。
「一応は、大丈夫だよ。ねえ、ミズキ」
「そうだね。さっき鍵を貰いに行ったときにちょっと話はしたんだけど、『マジメにやってんなら、こっちは文句はない』って話だから、とくに問題は無さそうだったよ」
神村先生は風のウワサに聞いていたらしく、結構集まってるみたいだな、と笑った。
そういえば現状報告のようなものはあまりしていなかったことを思い出し、さすがに黙っているのもおかしいと感じて白状した。
大体の人数――ただし、若干過小申請――を聞いて一瞬だけ目を見開いて苦笑いを浮かべたものの、お咎めのようなものは飛ばさなかった。「みんなでやってるんだし、人目のあるところでサボったりするようなこともないだろう。好いじゃないか」とのことだった。
「だったら安心だねー」
「ちなみにそのときに、『部員の平均点とか平均順位が上がれば、今後もテスト週間のときに使わせてやってもいい』とも言ってた。だから和恵さんの言ったのは大正解」
「え、マジで!?」
へー、そうなんだ、という和恵さんの頷きを完全にかき消したのはエリーだ。
彼女の正面に座る佐々岡くんが、思わず身体を反らせるくらいの勢いだった。
「おおぅ、どうした?」
「それ、めっちゃうれしいんですけど! 朗報でしょ、朗報!」
「たしかに、それって先生のお墨付きってことでしょ?」
「そうそう! 完璧に公認にしてもらえるかも、て話じゃないの?」
「……あ、言われてみればそうか」
一瞬気圧されていた佐々岡くんだが、エリーと早希の説明に納得すると即座に体勢を元に戻した。
「これからもテスト前にこの勉強会に参加したい人ー!!」
「はーい!!」
「じゃあ、ばっちり成績上げるぞー!!」
「おー!!」
ばっちりのタイミングで声が揃う。
何だろうか、この団結感は。
演奏会か何かを開催する前くらいのまとまりを見せているような気がする。
ある意味、校風のようなものだろうか。
この学校には、何かしらのイベントを経るごとに、それぞれの集団が妙な団結力を得ていくような雰囲気があるということは、約半年間でなんとなく理解してきていた。
「で、これもまた『ちなみに』って話なんだけどね」
合唱部員ふたりの方に視線を向ける。
話の流れがやってくるとは思っていなかったらしく、ノートから視線を外した聖歌と平松さんは同じような顔でボクを見てきた。
――なんとなく、このふたりがよく一緒にいるという理由がわかったような気がした。
「小早川先生もそのとき近くにいて、『ウチの子たちもよろしくー』って言ってたから、たぶん公認ってことで問題ないはず」
「あ、そうなんだ」
「ってことは私たち、今後も参加してオッケーってことでいいのかな」
「まー、結果次第だとは思うけどね。だから、しっかりがんばればきっと大丈夫」
「やりぃ! ねー、よかったねー」
「ねー」
喜ぶ平松さんに、笑みを返す聖歌。
その姿に、その顔に、妙な安堵感を覚えながら、ボクは持ってきていた参考書に視線を戻した。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
……次は恒例の「10話目」です。





