1-3-8. さながら自爆テロ
「は?」
目を見開いたまま、固まる聖歌。
しきりにまばたきをする平松さん。
気付けばボクも、絶句したまま口が開きっぱなしになっていた。
思考が追いつかない。
むしろ、回し車に囚われたように、延々空回りしているような状態かもしれない。
他のメンバーは、一瞬だけこちらを向いたような気配はしたものの、今はしっかりと机に向かっている。
――マジメだ。
「まーた、始まったよ」
静寂を破り捨てたのは神流だった。
不敵な、少しシニカルさの入り交じった笑みだ。
「何がだよ」
「カンタンに言うよね、そういうこと。さすがに『好きになっちゃう』は初めて聞いた気がするけどさ」
不満げな佐々岡くんに、神流はさらに追い打ちをかけた。
「いやいや。そういうところはさ、やっぱり正直に言っていかないと失礼だと思うんだ」
「誰によ?」
「そりゃもう、この地球上のすべての生きとし生ける物に」
「あ、そうだ。聖歌ちゃん、これわかる?」
「ちょっとは人の話を聞けーぃ!」
神流は完全に話の流れをぶった切るように、佐々岡くんの視界から聖歌を覆い隠すように身を乗り出した。
さっきは人のことをツッコミ役と称した割には、引けを取らないツッコミを見せる佐々岡くん。
ただし、滑り芸の系譜のキャラに見える。
それは黙っておくけど。
それにしても、だ。
「佐々岡くんって、そういうキャラだったの?」
「ってか、逆にミズキ、知らなかったの?」
「……うん」
恥ずかしながら、初めて知った。
よく考えれば、佐々岡くんとはこの勉強会の前身――というほど高尚なものでもないけれど――レポートを片付ける会を開くまでは、そこまで話したことのある方ではなかった。
こういう類いの話をするような機会はなおさらだ。
「結構、チャラいのよ?」
「チャラいは失礼だぞ?」
「じゃあ、差し当たって何よ。……バカ?」
「余計失礼だ、っつの。せめて、正直者と言って欲しいなぁ」
「バカ正直者?」
「だから、バカは付けんなっての」
ああ、なるほど。
これが、他の人から見えるボクの姿のようなものなのか。
テンポの良いパンチを繰り出すような神流に対しての、佐々岡くんの反応の早さが光る。
ボクよりツッコミ役に適任のような気がしてくる。
「何だか、吹奏楽部って、ギャップありすぎな人多くない?」
平松さんが、ボクと佐々岡くんを交互に見ながら、苦笑いを浮かべてぽろりと漏らした。
「そこで、ボクが比較に使われるの?」
「ああ、ごめんね。そういうことじゃない……わけでもないか」
「どういうことさ」
「ほら、前も言ったけど、海江田くんは意外にマジメっぽいところもあるけど、でもきっちり面白い人だし。佐々岡くんは、見た目に反してチャラいし」
「だから、チャラくはないって言ってるっしょ?」
――今更何を言っても無駄じゃないかな。
もっとも、チャラいというよりはお調子者って感じはするけれど。
たしかに、見た目から受ける印象では、もう少しマジメそうには見える。
そう思っているのは、たぶん平松さんと同じなのだろう。
だが――。
「まぁ、でも。残念だったね、佐々岡くん」
「ん? 何だよ、海江田まで。……ちょっと怖いぞ」
「そんなことないと思うけどなぁ。まぁいいや、大事な話なんだ」
「なんだよ、ほんとにちょっと怖いじゃん?」
「彼氏持ちだよ? 彼女」
「……あ、マジで?」
その一瞬の間は、それなりに本気だったということで良いのだろうか。
よく見れば、眉が少しばかり悲愴的に歪んでいた。
「ん? ちょー待て、ちょー待て。何で海江田がそんなこと知ってるんだよ」
「そりゃ知ってるよ。彼氏くん、ボクの友達だし」
「おお、マジかよ」
大袈裟に天を仰いだ。
半分くらいは疑っていたらしい。
そこでウソを吐く理由なんて無いだろうに。
「え、誰なん? 誰なん?」
しかし、彼はへこたれない。
似非関西弁風のイントネーションで攻めてくる。
「……何か、佐々岡くんのキャラを知ってしまった今となっちゃ、言うのヤだな。そうでなくても言わないけど」
「何でだよー。俺だって恋バナしたいよー」
甘えたような声を出さないでくれ。
いや、待てよ。
それ以前に今って――――。
うっすらと冷たいモノが背筋を走った気がした。
「だって。何しでかすか、わかったもんじゃないし」
「……なぁ、海江田。今キミは、俺にどんなイメージを持ってるんだ?」
「遊び人、かな?」
「ぶっ! おっまえ……、ハッキリと言ってくれるんじゃねーよっ」
盛大に噴きだし、苦笑いを浮かべたまま戯れにグーパンチを放ってきた。
が、悪ふざけのノリのパンチは、普通に躱すのでは面白くない。
敢えて一旦机上のノートに向かうフリをして、椅子に座ったままだがダッキング風の動きで躱す。
「おお……、何だ今の」
ビビってる、ビビってる。
「どこでそんな技を……! ノールック回避とか、どこでそんなの身につけてんだよ?」
「言ってなかったっけ? わりと反射神経には自信があるんだよね」
「知らねーよ! そもそもそんなこと、知る機会が無いっての」
中学3年生、卒業まであと少しくらいの時期にやった体育の授業で卓球をやったときのこと。
授業終わりの片付け作業の合間に「ボクサーの訓練ごっこ」のようなことを遊びでしたときに、偶然発見してしまった特技だった。
そこまでの人生で反射神経をフル稼働させるようなことがなかったので、自分でも気がつかなかっただけらしい。
人生、どんなタイミングで自分の能力に気付くか、本当に解らないものだ。
「今度、コツとか教えてくれよ。それめっちゃカッコイイんだけど」
「それって、教わったところでどうこうなるものなの? 持って生まれた能力的なモノっぽくない?」
「うるせーっ」
神流のツッコミを受け止める佐々岡くん。
再び盛り上がってきそうな流れになりそうだが、さすがにこれ以上はマズそうだ。
「……躱し方教えるのは別にいいけど、その前にさ」
ゆっくりと、佐々岡くんの奥の方に視線を移す。
一瞬自分を見つめられていると思ったのか不思議な顔をしていたが、何かに気がついたように背後を振り向いた。
「お、おお……」
「うるさい」
「佐々岡くんだけ外に行って」
「すみませんでした……」
歌織と好海の鋭い眼光、冷たい声。小さくなる佐々岡くん。
佐々岡くんは先ほど離れていったエリー、結花、早希の3人からも冷たい視線が送られていたことには気付いていないようだが、それで良かったと思う。
破壊力が桁外れだった。
正直、見なければよかったと思うほどだ。
でもとりあえず、再び音楽室に平穏と平静が訪れたので良しとしておこう。
そういえば――と思い出すのは、聖歌だ。
事の発端となるようなことを言い放った佐々岡くんも、確かに良くなかったとは思う。
ただ、それに対してボクが余計なことを言ってしまったような気もしていた。
あのときは何となく言っておかないといけないような気はしたものの、それ以前、思考回路を短絡して口から飛び出してきたような感じがあった。
悪い虫は払いのけておかないといけない、とでも思ったのだろうか。
――何様のつもりだろうか。
自分に反吐が出る。
こっそりと視線だけで聖歌を窺ってみれば、俯いていてよくは見えないが、わずかに見える顔は若干赤いようだった。
耳まで色づいているようにも見えてしまって、心か体かはわからないが、自分のどこかが冷えていくような感覚を覚えた。
明らかに、余計なことを言ってしまったようだ。
何をしているのだろう。
そういう顔をさせるくらいなら――。
自分への嫌悪感をどうにか隠すことで、残りの勉強会の時間は手一杯だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
相変わらず打たれ弱いなぁ……、瑞希。
ちょっと周りを見すぎなところあるんですよね、この子。
だからと言って、佐々岡くんを見習えってことではないのですが。





