大入江の
大入江は今まで何度か船で通ったが、以前と今では全く違った光景になっていると改めて思う。
海沿いにはゴブリン達のものなのだろう、簡単な造りの小屋が並び、その側には小川や煙を上げる鍛冶小屋なんかもある。
その鍛冶小屋は洞人族達が使っているもので、洞人族の道具を求める魚人達の姿もちらほらとある。
海に住まう亜人はゴブリン族だけではない、様々な種族がいるとかで、最近ではゴブリン族以外の種族も姿を見せてくれるようになっているようだ。
ゴブリン族だけでなくどの魚人にとっても安全な陸地というものはありがたいものらしく、ゴブリン族のように陸地で休めるように、産屋を借りられるように交流を持とうとしてくれているらしい。
どうやらそれぞれ暮らしている海の場所、深さが違うらしく、それぞれ違った手土産を持ってきてくれていて、全く見たことのない石や海産物にはヒューバートやゴルディアが大騒ぎしていた。
全く未知の品、未知の世界……自分達で探しにいって手に入れるのも大事らしいが、そうやって向こうから持ってきてくれるのもとても大事だそうで、特に私達がどうやってもたどり着けない海……深い海からの来客は向こうから来てもらうしかない訳で、そこから手に入る品物にどんな価値がつくのかはそれこそ未知数で、大きな商機となるらしい。
そういう訳で大入江では海からの来訪者が歓迎されて、安全な上に歓迎されるとなって日々日々来客は増えているようで……船の上からでもその姿を確認することができる。
「……あれは貝の魚人なのか?」
甲板に立ちながらそう呟く、私の視線の先には歩いて移動しているらしい巨大な赤みを帯びた貝の姿がある。
「いや、どうだろうな……貝殻を背負ってる何かかもしれねぇ。
貝の亜人とか見たことはねぇけど……歩き方が魚人っぽいからな、多分貝殻を背負った魚人だ」
と、近くの欄干に止まっていたサーヒィが返してくる。
サーヒィ達鷹人族は、目の良い鬼人族よりも更に目が良いからなぁ、この距離からでもどんな相手なのか、細かい部分まで見えているのだろう。
空に飛び上がって高い位置からその目で確認をし……やっぱり魚人のようだと結論付けたサーヒィは、さらに言葉を続けてくる。
「それよりもディアス、オレは荒野らしくない光景の方が気になるな。
……あっちこっちに小川が出木過ぎじゃねぇか? 小川が水が流れ込んで……おかげで小魚なんかが元気で良いことだけどよ、もうなんか荒野って感じじゃねぇぞ?」
「あぁ、それはヒューバートも喜んでいたが、ゴブリン族のおかげだな。
……何しろ水を操れるからなぁ、あの水源から自由気ままに川を引けてしまうんだよ。
私達が井戸を掘る感覚で小川を作ってしまうようなんだ。
そのおかげで小川の周囲では土に変化が起きているらしくてな、上から見るとただの荒野なんだが、掘り返してみると土が柔らかくなり……始めているらしい。
ヒューバートや婆さん達が言うにはすぐにどうこうなるものではなく、数年かけてようやく意味が出てくるそうだが、それでも手間も費用もかけずに土が良くなるのならありがたいばかりだな」
水が地面に染み込んで、その水を飲むために虫が集まって、虫が土を掘り返すことで柔らかくなっていって……。
他にも様々な作用があって土が変化していくらしい。
更に料理の際に出たゴミや、厠のあれこれも土の栄養になってくれるとかで、誰かがそこで暮らしてくれるだけでも意味があることなんだそうだ。
「……なんかそこまで行くと、すっかりゴブリンの国って感じだが、良いのか?」
「ゴブリン族は約束を違えるような種族ではないし……結局、彼らの生まれ故郷は海だからな。そういった心配はしていないさ。
……と、言うか、あれだけの種族がいるなら尚更大入江一帯をそのための土地にしても良いと思っているしなぁ。
大入江に来ている種族が全てではない訳で、深く広い海の中、果たしてどれだけの人数がいるのやら……。
下手をすると大陸の人口の数倍、いや、数十倍の魚人族が存在しているんじゃないか?
それだけの数の相手と交易出来たなら得るものばかりだろうし、交流の入口として残しておくべきだろうな」
しかも彼らは海の中でドラゴン級のモンスターと生身で戦い続けてきた訳だからなぁ、その強さだって侮れない。
王国では……と、言うか、大陸のどこでも砦や攻城兵器などでもってモンスターと戦ってきた訳で、生身で張り合おうなんて考えもしなかったはずだ。
それを魚人族達は自らの爪や牙で戦ってきた訳で……それだけでなくゴブリン族が言うには、深い海の底の底、光さえも届かない黒い海ではもっと凄まじいモンスターと、それと戦うもっと凄まじい何かが存在しているらしい。
時たまそうしたモンスターや、戦う何者かの破片みたいなものが浮き上がってくるんだそうだ。
白く巨大な肉片、腐りかけた村や街より巨大な体、街道を思わせる太さ長さの手足、凶悪な無数の牙がついた骨のような素材の円形武器、大きな何かの骨の一部。
その一部から逆算するとモンスターも何者かも、アースドラゴンやフレイムドラゴンより遥かに大きく、イルク村全体を横断してしまうような大きさとなっているらしい。
そしてその何者かはかなりの数でもって一大勢力築いている節があるらしく……モンスターの駆除を進めようと思ったら、いつかはその何者かと交流を持つ必要があるかもしれず、そのためにも魚人族の協力は欠かせないだろう。
……今回の戦いで国内が平和になるのなら、伯父さんの思惑が上手くいってメーア神殿の教えが広まるのなら、もしかしたら戦争がないか少ない平和な時代がやってくるのかもしれない。
そうなったら今度は、聖地への今までの協力の礼や、モンスターに苦しむ人が減るように、モンスター駆除を進めていくことになるだろう。
そういう意味でも海に住まう人々との交流は重要になっていくだろう。
ヒューバートは大深海時代がやってくる、なんてことを言っていたが……本当にそんなことになるかもしれないなぁと、そんなことを思う。
そうこうしていると大入江の仮設港に船が到着し、渡し板がかけられ下船……揺れない地面を堪能してから港周辺を見て回る。
ゴブリンの女性達と小さなゴブリン達……どうやら出産を終えた人もいるらしい。
姿はそのまま、ただ体を小さくしただけのゴブリン達が元気に駆け回り、あるいは海に飛び込んで泳ぎ回りと元気にしている。
そして私に気付くと元気に挨拶をしてくれる。
初めて見る顔ばかりだが、大人から私のことを教わっているのだろう、ディアス様ディアス様と、なんとも楽しげだ。
女性達もまた控えめに挨拶をしてくれて……そんな賑やかなゴブリン族の村を歩いていく。
すると子供だけでなく老人と思われる、肌の色が薄まってシワが寄っているゴブリン族も見かけて、その老人が子供達に昔ばかしを語り聞かせていた。
「ワイは確かに見たんじゃよ、白い大クジラの魚人をな。
その体は街かと思う程に大きく、ただ泳ぐだけでモンスターを薙ぎ払い、どの口でドラゴンを次々と噛み砕いておった。
……あれこそまさに伝説、英雄ディアス殿にも劣らぬ傑物と言えよう」
すると子供達は一気に盛り上がり、やれクジラがどうの私がどうのと口々に言い始める。
……流石にそんな化物と比べられると困ってしまうのだが……。
しかしクジラ……クジラか。
話でしか聞いたことはないが、相当大きい魚らしい……それに神々の力が加わって亜人となったのだとしたら、とんでもないことになっているのは確かだろう。
……いつかクジラとも会ってみたいものだなぁと、そんなことを考えた私は、改めて足を進めて大入江付近の変化を見て回るのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は久しぶりのイルク村となります!




