未だかつてない報告
――――最前線で エルダン
流れが変わった。
変わったきっかけが何だったかは未だにハッキリしないが、一度大規模な戦闘があってからのように思える。
あの時は無事に勝てたがいくらかの被害が双方に出て、だというのに東軍は無茶な突撃を繰り返し、互いに消極的だったはずの戦いが激化していった。
そうなると単純に数で負ける西軍……エルダン達が不利となる訳だが、既に占領した砦を活用したジュウハの戦略と獣人達の奮闘と、それとエルダン個人の武勇があってどうにか戦線は維持出来ていた。
最初の衝突、最初の大規模な戦闘の際に、エルダンは味方を守るために殿に躍り出た。
誰にとっても予想外のその行為は、無謀としか言えないものだったが……しかしその戦果も誰にとっても予想外だった。
東軍にもジュウハにも西軍の面々にも……エルダン本人にも。
厳しい鍛錬を繰り返していた、救国の英雄とも手合わせをしてきた、最強と名高い獣人の血を引いている上に、獣人としての弱点はサンジーバニーで克服済み。
獣人はその能力の高さの対価としてあっという間に体力を使い果たしてしまうという共通の欠点があったのだが、サンジーバニーはそれさえも克服させていた。
その怪力でもって長柄の武器を二本、右手と左手で構えて振り回し、敵を一切寄せ付けず、それでもと接近してきた敵は、モーニングスターの柄頭のような武具をつけた獣人としての鼻でもって殴りつける。
その耳と鼻で周囲の敵の動きを完璧に把握し、柔軟さ素早さ耐久力と持久力があり、抜群の判断力と決断力を備えて、まさに無双。
それでもディアスには勝てないが、逆に言えばディアス以外には負けることはない。
長年ディアスを見てきたジュウハは無意識でディアスと比較して見誤ってしまい、エルダン本人は憧れの強さから勘違いしてしまっていたが、エルダンはいつの間にか王国……大陸で二番目と言って良い強さを獲得していた。
そこまでの強さとなると数で押そうにも上手くいかない、遠巻きに矢を射掛けてもそもそも肌が矢を通さないのだから話にもならない。
そうなると魔法でどうにかするという話になってくるが、他の獣人が妨害してくる上に、味方も巻き込みかねないとなって上手くはいかない。
ジュウハもそうはさせまいと軍を動かしていたし、エルダンもまたその危険性をよく理解していた。
ディアスは本能によってその時々の判断を行っていた訳だが、エルダンはその逆、その都度しっかりと考えて冷静に隙のない判断を下しての行動をしていて……魔法への対策も万全だった。
そしてその隙の無さが相手の士気を奪っていって……普通であればそのまま逆転出来たはずだったのだが、東軍もまた隙のない指揮能力でもってそれに対応してくる。
リチャードと思われる人物による発せられた号令によってエルダンが蹴散らした軍が立て直され、エルダンをどうにかするためなのか、急遽呼びつけられたらしいディアーネが最前線で指揮を執って崩れることを許さない。
ならばとジュウハもまた指揮を執ってディアーネを崩そうとするが、どちらかと言うと守勢を得意とするジュウハでは、最前線を駆け抜け続けるディアーネとは相性が悪く、簡単にはいかない。
数が五分五分ならばジュウハが圧倒していたのだろうが、そう都合良くはなく……むしろよく崩れないで維持していると褒められて良い結果を出しているのだが……エルダンにとってもジュウハにとっても、それは喜ばしいものとは言えなかった。
何度かの激突で大きく後退、いくつかの砦を喪失し、激突の度に被害が出て……その数倍の被害を相手に与えているのだが、向こうの士気が崩れることはない。
あれだけの被害……普通であれば相応の動揺が広がるはずなのだが……。
と、近くの砦までの撤退中、兵馬を休めるための休憩中の陣幕であれこれと考えていたエルダンが小さなため息を吐き出す。
獣人の特徴を称えるための立派な角を構えた黄金の兜に、蛇などを思わせる鱗状の鎧、胸には飾りのための窓と呼ばれる、丸い黄金板が貼り付けてあって、そこには家紋が描かれており……両手では長柄のハルバードを持ったまま、石突を地面に突き立てたまましっかり握って、味方にまだまだ戦う意思があると見せつけ続けている。
そして毛皮のマントをたなびかせ、長く伸びた鼻にはモーニングスターの柄頭。
ジュウハの命令で常に綺麗に維持されていたそれらの装備だったが、流石に連日の連戦が影響してきたのか、落としきれない傷と汚れが目立ち始めていた。
「……まぁ、負けはしませんよ。
こちらの被害も大きいですが、あちらが圧倒的……よくもまぁ逃亡兵が出ていないものだと感心する状況です。
あの被害状況ではこれから向かう砦を落とすことは出来ないでしょうし、負けはしません」
そんなエルダンに丁寧な態度でジュウハが声をかける。
いつもよりは少し他人行儀だが、それは将の兵士達の前だからというジュウハなりの気遣いだった。
「……それは分かっている。
戦況はこちらに有利、個人的に武勇も上げられてはいるが……」
エルダンもまた他所向けの、貴族としての態度で返す、近くには普段のエルダンを知る近しい者達が多かったが、それでも今はこうすべきだと考えてのことだった。
勝ってはいる、しかしただ勝てば良いというものではない。
……同じ国民同士、被害を出し合ってこのままでは帝国が動き出してしまうかもしれない。
ならば停戦を考えるべきだが、向こうは対話姿勢を一切見せておらず……また新道派を受け入れる訳にはいかないという点もエルダン達からの対話提案を難しくしていた。
このままで良いのか? ただ勝てば良いのか?
……ディアスの危惧していた通り自分の決断は間違っていたのではないか? そんな考えがエルダンの頭の中を駆け巡る。
自らの器を……王としての器を戦場で見せることが出来たことは喜ばしいことだったが不本意で、疲労もあって暗い思考が頭の中に広がる。
と、その時、聞き慣れた羽音が響いてきて、エルダンの忠臣の1人、ゲラントが姿を見せる。
焦った様子で羽ばたいて、エルダンの目の前までやってきて、ハルバードを構えるエルダンの腕にとまると慌ただしく報告をし始める。
「ほ、方向でございます!
敵軍に援軍多数! 王都方面から数万! しかし装備は農具など貧弱にてただ数を揃えただけの様子!
諜報隊からは義勇兵との報告も入っております!」
陣幕の中が慌ただしくなる、仮に農民だとしても数万となると厄介過ぎる数であり、今から向かう砦も役に立たない可能性すらある。
そんな報告を受けてエルダンが思考を巡らせるよりも早くジュウハが声を上げる。
「数万もどこから湧いてでた? 王都の市民全部を兵士にした訳でもあるまいし……。
北か東か、どこかの公爵があちらについたか? どうなんだ?」
「い、いいえ、どの公爵も動いておりません。
それどころかこちらの味方をするような動きを見せている公爵もおりまして……。
だと言うのに義勇兵がどこからやってきたのは現状情報がなく……」
と、歯切れ悪くゲラントが言葉を返していると、またも羽音……今度は力強く鋭い音が響いてきて、隣領の領民である鷹人族が姿を見せる。
ゲラントとは違って地面に降り立ち、翼を曲げて一礼、エルダンが軽い挨拶を返すと、その鷹人族が声を上げる。
「王都を占拠したディアス様からご報告。
王都は無人、住民全てが兵士にされた模様、その住民達からリチャード殿下まで自らの意思ではなく、邪神の悪意にて動かされている可能性があり、迂闊な攻撃は控えた方が良いとのことです」
「は?」
すぐさま声を上げたのはジュウハだった。
何しろ王都を占拠という段階から訳が分からないのだから仕方のないことだった。
「はぁ?」「え!?」「嘘つけぇ!?」
続いて西軍の将達が声を上げる、この場で声を上げるべきではないと分かっていながらも、声を上げずにはいられない。
そうして先程の報告よりもざわつく陣幕の中で、軽くめまいを覚えたエルダンが言葉を返す。
「……ディアス殿は何か対策についての話をされていたか?
……メーアバダルからの援軍の可能性は?」
それはエルダンの立場としてはあまり良い言葉ではなかった。
他所に縋り付くという言葉、弱音……戦場にあって、この土壇場にあって口にすべき言葉ではなかったが、ジュウハもこの状況では仕方なしと咎めはしない。
「は、ディアス様が単騎でこちらに向かっております。
その他軍勢の動きにつきましては、申し訳ありませんが軍機にて申し上げられません」
今度はもう誰もが耐えられなかった。
エルダンもジュウハも、将も兵士も、装備の手入れをしていた従卒すらも全員が大口を開けて声を張り上げる。
『はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
その凄まじい大合唱は周囲一体に響き渡り、奇襲の可能性を探っていたディアーネに奇襲を断念させるという、まさかの効果を発揮するのだが……エルダン達がそれを知ることはなく、ただただ全力で喉が枯れるまで、その胸に抱える疑問を声という形で発し続けるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は戦場とディアスのあれこれの予定です
そしてお知らせです。
まずはコミカライズ15巻が本日発売です!!
既に書店などに並んでいますので、ぜひぜひチェックしてください!
そしてもう一つ
本日からアニメの地上波放送開始です!
改めましてここまで来られたのは皆様のおかげです、本当にありがとうございます!
ついに夢の一つであり、一番難しいと考えていたことが叶いました
これまで応援していただけたことにはただただ感謝しかありません
何度言うんだって話ですが、本当に本当にありがとうございます!!!
そんなアニメ第一話の放送情報は以下の通りとなります
ぜひぜひチェックしてください!
■放送情報
TOKYO MX 7⽉10⽇より毎週⾦曜 22:30〜
MBS 7⽉11⽇より毎週⼟曜27:08〜
BS朝⽇ 7⽉12⽇より毎週⽇曜23:00〜
AT-X 7月14日より毎週火曜23:00〜
※リピート放送 毎週木曜 11:00~/毎週月曜17:00~




