歯車
念のため王都の中を見て回り、それから一応の拠点化も行った。
王都の中にも動物はいたし、腐敗が進んでいるゴミの山など放置出来ない問題もあって、それらの対応に結構な時間を費やした。
その間に連絡を受けたゾルグ達が合流し、それから王城に向かうことになり、王城の内部はかなり複雑な作りになっているそうなので、おかしな寄り道はせずに宝物庫に一直線に向かうことにした。
ピゲル爺だけでなくクラウスやヒューバート、ダレル夫人などが宝物庫の場所を知っていて、その皆から話を聞いていたらしいアルナーは、それぞれが口にした目印を頼りに迷いなく足を進めて、あっという間に宝物庫へとたどり着く。
窓のない大きな廊下を進み、階段を上がって二階、こういうものは地下にあるものとばかり思い込んでいたのだが、ここの宝物庫は二階にあるそうで、階段を上がるとそこはもう宝物庫となる。
階段にも二階にも窓はないそうで、各所に明かりのためのランプがあるので火を灯しながら進んでいく。
長い廊下があって左右に彫像などが並び、壁には様々な絵画が並んでいて……絵画の説明なども側に貼り付けてある。
美術品という宝物がかなりの数ずらりと並んでいて、それらを見やりながらしばらく足を進めた私は、あることに気付いて声を上げる。
「……鍵はどこで使うんだ?」
「うん? 宝物庫はまだだろう? ここは絵が飾ってあるだけの廊下じゃないか」
するとアルナーがそう返してきて……ふと思いつくことがあって私は声を上げる。
「多分だが、ここに並ぶ絵画も宝物だぞ? ジュウハから色々聞かされたことがあるが、高い絵画になると屋敷一軒分の値段になるらしい」
それを受けてアルナーが足を止める、後ろについてきていたゾルグ達も足を止める。
私もまた足を止めて……それから絵画を眺めるアルナー達の様子を黙って見守る。
「……この絵が屋敷? そんなに価値があるとも良い絵だとも思えないがなぁ」
しばらくするとアルナーがそう言ってきて、私はジュウハの言葉を思い出しながら説明をしていく。
「ジュウハの説明によると、絵画はただその絵だけを見ても意味がないんだそうだ。
その絵が書かれた歴史、経緯、何を伝えようとしているのかといったことが重要になるらしい。
ただ上手さだけなら技術や道具が洗練された最近の絵の方が上手くなる。
だから今見て下手に思えても、当時にしては先進的で上手い絵ってこともあるそうだ……当時の最高峰の絵、当時の最先端の技術で書かれた絵、それが見る者に何を伝えようとしているのか。
何を伝えたくて描いたのか……歴史と文化の語り部、生活の名残、失われた何かの残り香、そういった生々しさのようなものに価値があるらしい」
「……つまりは無価値ということだな、草原では売りようがないだろう、こんなもの。
ピゲルもこの廊下の奥に宝物庫があると言っていたし、さっさと行くぞ」
しかしアルナーにジュウハの説明は通じなかったようで、もう絵に視線も向けずに歩いていく。
ゾルグ達も同様で、私の肩の上のメイゾウだけはキョロキョロと視線を巡らせている。
……まぁ、絵画を持って帰るのは大変だろうし、売りさばくのも大変ではある、ここは眺めるだけにしておこう。
そうやって足を進めていくと、ある意味では宝物庫らしい、ある意味では宝物庫らしくない扉が視界に入り込む。
金細工と銀細工、そして宝石で飾られた扉で、とても豪華というか扉だけで一財産になりそうで、そういう意味では宝物庫らしい。
しかし破壊は簡単そうで、泥棒などを防ぐのは難しそうで、そういう意味では宝物庫らしくない。
……まぁ、ここまで入られないように警備などを配置している前提の扉なのかもしれないな。
そんな扉にはこれまた立派で大きな……簡単に鍵開けが出来そうな鍵穴があり、そこにアルナーが鍵を入れて回すと、錠が開いた音が響く。
すぐさまアルナーとゾルグが扉を押し開けて……そこに広がっていた光景に戸惑った様子を見せる。
想像していた光景とは違ったのだろう、実際私も想像もしていなかった光景だった。
天井や床、壁は大理石、それをくり抜いて鉄製の棚を押し込み、棚の中には取っ手付きの鉄の箱が並んでいる。
宝物庫と言えばいかにも宝箱でございますといった箱が並んでいたり、金貨銀貨が山盛りになっていたりする派手なイメージだったが、そんなこともなく、しっかりと整理整頓されたなんとも地味な棚があるだけといった様子だ。
絵画には細かい説明などがあったが、ここには何もなく淡々としていてなんだかがっかりした気分になりながらも……とりあえず手近な棚の箱を引き出してみる。
重い……箱の中に布を敷いてから何かを置いて布で包んでいるらしく、引き出してまず見えたのは布で、すぐにアルナーの手が伸びてきて布を広げる。
すると黒い箱が姿を見せて、アルナーがそれを持ち上げて蓋を開けると真珠のネックレスが姿を見せる。
「真珠か、いくらでも手に入るものをわざわざ持ち帰っても仕方ないな」
そう言ってアルナーは箱をしまい、それを見てかゾルグ達も棚の確認をし始める。
……特に財宝どうこうには興味無かった私は、少しの間アルナー達を見守り、そうしながら意識を宝物庫全体に向ける。
ここにも神器があるはずだが……戦斧や手斧、様々な神器を手に入れた時の気配は感じないな。
うーん……?
ピゲル爺があると言ったならあるはずだが、誰かが既に持ち出してしまったのだろうか?
と、その時、私の肩の上にいたメイゾウが駆け出し、引き出された棚の一つの上に立ち、そのヒゲをピクピクと揺らし始め、声を上げる。
「風の流れがありますな、この棚の後ろから……隠し通路と思われます。
一通りの確認が終わりましたら、棚そのものを引き出してみると良いのでは?」
メイゾウがそう言ってまたヒゲを揺らす。
なるほど、ヒゲが揺れたのはどこからか漏れ出ている風を受けてか。
ふぅーむ、そういうのは大体直感で分かってきたんだが、私が気付けないとはなぁ……。
鈍ったのかメイゾウが凄いのか、恐らく後者かな?
「アルナー達の仕事が終わったらそちらも確認してみよう」
私がそう言うとアルナーとゾルグは手早く箱の確認をしていって……いくらかの品に目をつけて、そのうちのほんの一部だけを袋に詰めて持ち上げる。
「もっと持っていかないのか?」
私がそう言うとアルナーもゾルグも首を横に振る。
「必要以上に狩りをしないというのは、どこでも同じこと、守らなければならない掟だ」
と、そう言ってゾルグは宝物を詰めた袋を持って外に出ていく。
これから棚を引き出すのに邪魔になると考えたのか、アルナーも下がって……それを受けて私はメイゾウが指し示す正面にある棚そのものに手をかけて思いっきり引いてみる。
……硬い、重い。
しかし強引に引き出すことは出来るようで、力を込めて引き出しているとどこからか「バキリッ」という音がしてから、棚が引き出てくる。
「……おっと、どこかに開閉のための仕掛けがあったようで、今の音はそれが壊れた音のようですな」
と、メイゾウ。
……なるほど、確かに私の力でしか引き出せない棚では普段遣いには困るからなぁ、開閉の仕掛けがあるのが当たり前か。
その奥には通路があり……狭い通路なのでとりあえず私とメイゾウだけで進んでみる。
大理石の道、ここにはランプはないのでアルナーから渡されたランプを持って進む。
すると広い空間があって……私は壁にあったランプに火を移してから周囲を見回す。
まず視界に入るのは三体の像、いつか絵画に見た人達に似ている、建国王エルダーと聖人ディア、そして……鬼人族の女性?
額に角があるから恐らくはそういうことだが、他二人はともかくどうして鬼人族の女性??
ふーむ……? ピゲル爺に聞けば分かるのだろうか?
まぁ、今は置いておくとしよう。
それよりもそれらの像の奥にある箱から例の気配が漂っていて、その箱の前に立ってそっと開けると、大きな鉄製と思われる歯車が二つ、入っている。
「……ただの歯車?」
なんて声を上げながら持ち上げてみると、歯車の側面には翼を持つ少女? が描かれている。
もう一つの歯車にもよく似た少女、しかしそっくりではなく……どこかセナイとアイハンを思わせる似方をしている。
『ああ、それは原初の歯車だね。
なるほど……それを王家が管理し、封印しておくというのはとても理に適っている。
神器の中でも最強と名高い品だからね、迂闊に放っておける訳がないからね。
それはね、建国時代の人々が築き上げた学問『歯車学』の元となった品だよ。
その凄まじい力、その光景を見た時の衝撃度、便利さ……それらを見て建国時代の人々はその力を再現しようと学問の道を切り開いたのだ。
ゆえにこの国の学問の原初には歯車があるのだ、歯車が最初の発明……歯車から広がった学問、文明と文化。
それはとても素敵なことだった……ゆえに本来の名前ではなく我々も原初の歯車と呼ばせてもらっているよ。
君達もそう呼び給え、そして使い給え、それを手に入れた者は間違いなく最強となれるのだから』
と、鎧となった大トカゲ。
歯車学……確かエイマが子供達に教えている学問がそれだったな。
何故昼夜があるのか、一年があるのか、季節があるのか……それはこの世界が歯車によって動かされているから、だったか。
そしてその時だったかに聞いた最初の発明が歯車だったということへの違和感にも納得だ。
そもそも神々が作った歯車が全てのきっかけとなっていたのか。
……そんな歯車の最強とまで言われる力は何なのか、試しに持ち上げた歯車に気合を込めてみると歯車は回転しながら浮き始めるが、そこで大トカゲから声が上がる。
『ああ、すまない、使えとはいったがここでは本領を発揮はできまいよ。
外に出給え、外で使い給え、それでこそ原初の歯車というものだ』
それを受けて私はよく分からないながらも頷き、空中に浮かびながら尚も回転する歯車と共に来た道を戻り、王城の外へと出ていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は一方その頃のエルダン達となります
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