無人
――――撤退の指示を出しながら ジュウハ
王国の各地で動きがあり、東軍の士気が揺らぎ始め、そこを突くようにジュウハは神算鬼謀ぶりを発揮しての連勝を繰り返していた。
ここぞという所で攻めて、引き際は潔く、まだまだ勝てるという場面でも無理はせずに被害を最小限にすることを優先する。
ジュウハという人間が認められてきたことで、西軍の各種族も指示に従って淀みなく動き戦果を上げ続け……そんな状況の中での撤退の指示は、周囲に驚きを与えていた。
しかしジュウハは動揺することなく淡々と、指示の理由を説明していく。
「連中は北上を続けている、それにここまで付き合ってやっていたが、これ以上は無理だ。
この先にあるのは平原だ、山も谷も、木々も何も無い平原……寒冷地過ぎて農地としての価値もない土地だが、今の連中にとっては最良の戦場となる。
戦場が広ければ大軍をそれだけ広く効果的に布陣出来る、数の差で圧倒し押しつぶすことが出来る。
メーアバダルのような草原と違って厄介なのが、草も水も少ないってとこでな、そうなると馬が弱るんだ。
馬が弱れば逃げるのが難しくなり……相手の数全てを正面から受け止めなきゃならなくなる。
十分勝った、一旦砦まで引いて立て直す、けが人の治療や兵士達の休息、装備の手入れ、補給の見直し、やることは山程あるんだ、潮時だ」
それを聞いて連勝している今だからこそ、勢いに乗っている今だからこそ攻め時だと、そう声を上げようとしていた者もいたが、すぐに各族長や幹部などによって口を塞がれ、抑え込まれる。
戦略としてもそうなのだろうが、ジュウハにも限界が近かった。
目の周囲が黒くなり、常に汗ばむようになり、瞳に力なく、見るからに疲労が溜まっている。
ほぼ一人で軍に指示を出し、補給線の構築をし、物資の管理も指示を出し、領内の問題にも対処して……他の内政官なども可能な限り手伝ってはいるが、ジュウハにしか出来ないこと、見えていないものが多すぎて、どうしても頼りがちになってしまっていた。
「一旦撤退するであるの! これは領主としての命令であるの!」
基本的にはジュウハに全てを任せ、何も言わないようにしているエルダンまでがそう声を上げたことで流れは定まり、そうして撤退のための準備が進んでいく。
連勝が続き、各地で東軍を責め立てる声が上がり、それによって流れが来ているのに自らそれを止める。
そのことに不満を持つ血気盛んな者もいるにはいたが、今回ばかりは大人しく従って行動していく。
まさか東軍が追撃を仕掛けてくるなどと思いもしないまま。
こればかりはジュウハにとっても全くの予想外だった、そんな気配はなく、士気もないはずで、効果的かと言われるとそういう訳でもない。
不利な戦況の中での撤退ではなく、有利な中での、士気も物資も兵力も十分にある状態の撤退であり、追撃を予想しないまでも奇襲などへの警戒はしっかりと続けていて、そうして両軍は両軍にとって初めての打撃となる混戦に突入するのだった。
――――その数日後、王都南の港に上陸し ディアス
「ふーむ……抵抗とかはないんだなぁ」
渡し板を通って船を降り、桟橋を歩いて周囲を見回すが、特に攻撃だとか警告だとか、そういったことがされる気配はない。
武装した私と、私が率いる一軍が港に突然やってきたというのに何も無しというのは、少しだけ驚いてしまう。
「公爵家の紋章入りのバナーを掲げての正々堂々たる入港ですからな、一軍を率いているとそれだけの理由で、おいそれと攻撃する訳にはいかぬのでしょう。
ディアス様は天下の公爵閣下、それを攻撃できるのは同格の公爵か、王族くらいのものなのでしょう」
と、メイゾウ、私の鎧の肩部分に堂々と座りながらそんな声を上げてくる。
「それにしても町長だとか、港の管理者だとかが現れても良さそうだが……。
港とかは揉め事も多いから、顔役みたいな人物がいるものと聞いていたが……」
私がそう言葉を続けると、今度は同行を申し出てくれたイービリスが声を返してくる。
「確かにその通り、王国の港はそういうものとなっている。
……だがこの港の状況を見るに、今はそれどころではないのだろう。
漁船も貿易船も見かけない、我らゴブリン族が現れればすぐに声をかけてきていた港の関係者や商人も見かけない。
……港としては死んでいるに近いな、何かあったのだろうか?」
それに続いたのはアルナーだ。
今回は遠出ということで普段着ではなく、遠出用、外套のような布で体を覆っていて、角を光らせながら声をかけてくる。
「探知魔法を使っても良いが……使うまでもなく気配はもちろん魔力の流れも感じないな。
セナイとアイハンがいればもっと多くのことが分かったのかもしれないが……いや、私でも分かるくらいには無人だな。断言してもいいと思う」
「ふーむ? 王都が不穏となって避難した、か?
それにしても無人と言うのはな……皆が避難したとしても残る変人はいるものだし、火事場泥棒みたいな連中だっているはず。
戦争中でもここまでの無人っぷりは中々見なかったような……」
私がそう言うと、続いて船から降りてきたクラウスが周囲を警戒し始める。
そしてニャーヂェン達が駆けてきて、情報収集のためか、そのまま町へと散っていく。
続いて犬人族達が、そして次々に船が到着して皆が港に集合していく。
点呼をし、物資を船から下ろし……戦闘も覚悟はしていたが、戦闘が起こることはなく、何事もなく……何も起こることなく、順調に上陸に成功してしまう。
結局港町は完全な無人だった。
人っ子一人無し、誰かの飼い犬飼い猫は残っていて、飢えているようなので餌の世話をしてやったりしたが、その程度……何も、本当に何もない状態だった。
慌てて避難した様子だとか、争った様子だとか、本当に何もなし、突然人が消えたような感じではあったが、ニャーヂェン族の調べによると誰かが移動した形跡はあったようだ。
町から出ていく足跡、町から北上する足跡、荷物なんかを引きずった後も残っていたそうだ。
私からするとただの道で何もない地面なのだが、彼らの目には見えない何かが見えているらしい。
全くもって訳が分からなかったが、余計な争いが起きなかったこと自体はありがたい。
なんだかんだと長い船旅だったので私達は、その町でしばしの間、体を休めることにするのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回からはしばらくディアス達のあれこれです




