出会い
今回からディアス視点に戻ります
「うーむ、空が高いなぁ」
特に何もない日々が続くと、空を見上げることが増えて、仕事を終えて自分のユルトに帰る途中、そんなことを思うことがたまにある。
周囲に何もないので空が広く感じられ、雲が少ないと空が……空の向こうにある何かが遠くに感じられて、空が高いと感じるようになる。
草原だからこそ感じるその感覚は、メーアバダル独特なもので……まだここに来てそんなに経っていないはずなのに、里心のようなものを感じるようにもなった。
心がここを故郷と決めたということなのだろう、逆に昔に暮らしていた街やここに来る前の土地のことは思い出せなくなっている。
風も匂いも、何もかも、まるでメーアバダルが生まれ故郷だと勘違いしているようにも思える。
「空が高い、か。
私にとってはこれが普通だな……隣領に行った時はどうだったか、空をしっかり見てはいなかった気がするな」
隣を歩いていたアルナーが、そう言ってきて……確かに隣領では色々あったからなぁ、空はあまり見上げていなかったかもしれないなぁ。
「これから色々と建物が増えていくと、空の高さを感じにくくなるのかもしれないなぁ。
ナルバント達が色々と張り切っているから、きっとイルク村も賑やかになっていくぞ」
「私としてはそちらの方が嬉しいな、空が高くても腹は膨れないが、村が豊かになれば皆の腹が膨れる。
既にもう冬超えの心配をする必要がないくらいに豊かになりはしたが……もっともっと、多くの子供達が飢えなくなってくれるのなら、嬉しいことだ」
「確かに……それは私も同じ考えだな。
皆が飢えない以上に大事なことっていうのは、あんまりないからなぁ」
と、私がそう返すと、アルナーは良い笑顔を返してくれる。
私は孤児で、アルナーは兄に色々困らせられていて……なんだかんだと似た部分があったのかもしれないと、今更ながらに気付かされた。
こうなるのもある種の運命だったのかもと、そう考えながら空をもう一度見上げると……こちらに飛んでくる鷹人族の姿が視界に入り込む。
「……あれが連絡のあった新しい領民、か?」
「ん? ああ、そうだな、以前のフランのようにカゴに入れて運んできたのか」
私が声を上げると、目の良いアルナーが鋭く目を細めての確認をしてくれて……少し前に届いた手紙に書いてあった、新しく領民になってくれる鼠人族がようやく到着したようだ。
大きく手を振ってこっちだと示すと、運搬係をしてくれた鷹人族の若者がすぐに降下してきてくれて……私が差し出した両手の上に、カゴをそっと下ろしてくれる。
するとそのカゴの中で、寒さ対策なのか分厚い布に包まっていた鼠人族が顔を出し、なんとも渋く震えた、男性らしい声をかけてくる。
「は、はじめまして、メイゾウと申す者です。
こ、これからよろしくお願いいたします……。
あ、この震えは寒さからではなく、恐怖からのものですので、ご心配なく……。
まさか空の旅がこのようなものだったとは……憧れとは少し違いましたな」
「ああ、領主のディアスだ。
……その、大変な旅路だったようだな? 歓迎の準備は済んでいるから、ゆっくり休んでくれ。
やりたいこと、行きたい場所があるなら協力するし、いつまでもこの村に滞在してもらっても構わない。
既にエイマという大耳跳び鼠人族がいるからな、鼠人族用の家具や道具は大体揃っている……が、何か欲しいものがあればそちらも遠慮なく言ってくれ」
「私はアルナー、領主の妻だ。食事のことなら私に相談してくれ」
私とアルナーがそう言うと、メイゾウは震えながらも会釈をしてくれて、それからカゴの中から飛び降りて私の腕に乗り、運んでくれた鷹人族にも感謝の言葉を送る。
すると鷹人族は笑顔となって、休憩のために鷹人族用の小屋へと向かっていって……それを見送ったメイゾウは、腕からも飛び降りて……周囲を見回し、イルク村の光景を眺め始める。
背伸びをして耳と尻尾を立てて、鼻をすんすんと鳴らして興味津々。
地面に足がついたことで恐怖も癒えたのか、少しずつ元気を取り戻していって……アルナーに向かって何かを言おうとした時だった。
私達のユルトからエイマがぴょんと跳び出てきて、声をかけてくる。
「ディアスさん達、ユルトに入ってこないでずっと何してるんですか?
……って、ああ、例の新人さんですか。
……耳の感じからボクとは全然違う系統の鼠人族みたいですねー。
よろしくお願いいたします、ボクは大耳跳び鼠人族のエイマ・ジェリーボアです」
その声を受けてメイゾウがエイマの方に振り返り、挨拶をしようとする。
「よろしくお願いいたします、メイゾウと、言う……者で……」
と、その途中、メイゾウは言葉に詰まって硬直してしまう。
エイマもまたメイゾウと同じように硬直している。
「うん? どうした?」
と、2人に声をかけるが返事はなく、しゃがみ込んで肩を揺らしてみようとしていると、アルナーが両手で私の腕をがっしりと掴んでそれを制止し、何も言わずに引っ張り、この場を離れるように促してくる。
私は色々と疑問に思いながらも、アルナーがそうするからには理由があるのだろうと素直に従い……そのまま竈場まで移動していく。
「えぇっと……?」
と、疑問の声を上げるとアルナーは、
「春が来たということだ」
と、だけ返してくる。
いやいや、今はそんな季節では……と、そう言いかけた所で、ようやく私にも理解出来て「あぁー……」と、声を上げてから時間でも潰していくかと、竈場の隅に置いてある椅子に腰を下ろす。
「まだまだ初対面、気が合うと良いが……どうなるだろうなぁ」
私がそう声を上げると、茶を淹れる準備を始めてくれていたアルナーは、
「エイマは賢いから、なんとでもなる」
そう言って準備の方へと意識を向ける。
それもそうかと頷き……アルナーが茶を淹れてくれるのを待ち、それをゆっくり飲んで、飲み終えたら簡単な片付けをして。
それから改めてユルトへと向かうと……ユルトの入口近くに小さな木の枝を置いてその上に腰掛け、肩を寄せ合う2人の姿が視界に入り込み……私とアルナーは何も言わずに通り過ぎ、ユルトの中へと入っていく。
すると中にいたセナイとアイハンも、フランシス一家も外の状況に気付いていたようで、それぞれ仕草で『静かに』と伝えてくる。
普段は大暴れ、ユルト中を駆け回っている六つ子達も今日ばかりはおすまし状態で、静かに座って……外へと耳を向けてどうにか会話を聞いてやろうと頑張っている。
よく見てみればセナイとアイハンも耳を外に向けていて……うぅん、変に耳が良いものだから、どうしてもそちらに向けてしまっているようだ。
そんなセナイ達や六つ子達を見て、どうしたものかなと悩んでいると……アルナーとフランソワが動く。
アルナーはその手でセナイ達の耳を塞ぎ、駄目だぞと無言で伝え……フランソワは子供達の耳を軽く噛んで、それは駄目と伝える。
それを受けて子供達は渋々ながらそちらに意識を向けるのをやめて……それでもまぁ、無言で静かに状況が変わるのを待つ。
そうして……どれくらいの時間が経ったか、飽きて子供達が眠り始めてしまうくらいの時間の後に、手を繋いだエイマとメイゾウが、なんとも照れくさそうにユルトの中へとやってくるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はその後のあれこれとか色々の予定です




