祝賀会
――――祝賀会が行われる、華浩城の庭園で エリー
獣王主催の交渉妥結の祝賀会の会場は、城内にある庭園にて行われることになった。
獣人国の庭園は当然ながら王国とは趣が違い、全体的に落ち着いた雰囲気となっている。
草花よりは木々が多く、岩や小さな川があり、川を渡る橋なんてものもあって……小さな世界を庭園の中に再現しているようにも見えて、彩りや人工物は少なめだ。
しかし今日は祝賀会、そんな庭園に様々なテーブルや椅子を並べ、地面にも会場を示す布を広げ……赤と白を中心とした、自然にはない彩りが庭園全体に広がっていた。
そこにはエリーやジュウハ、ペイジン家の面々や同行者といった、今回の関係者が招待され……獣人国側も様々な人物、ペイジン商会以外の商会や、特産物を作ることに関わっている職人、王国のことを知りたがっている学者などなど、多くの招待客を呼び集めていて、エリー達が予想していた以上に賑やかだ。
各種テーブルの上には料理が並べられて、その場で食事が出来るよう、彩り豊かな絵付けのされた食器が大量に用意されていて……それぞれ描かれている絵が違うので、食器を見ているだけでも楽しめて、時間が過ぎていってしまう。
そんな会場でエリーは、まずは素直に楽しむことにした。
多くの人と言葉を交わし、しっかりと飲み食いもし、一切の邪心なくただただ楽しむ。
獣人国の女性らしい服装で、キモノというドレスを上手く着こなし、そのドレスに似合った仕草も完璧に習得し、仕草だけで人々を魅了し惹きつけて……会話に引き込む。
通訳を買って出たペイジン家の者達にはかなりの負担をかけてしまっているが、これもまた外交担当としての本領、手加減をする訳にはいかないと、全力で振る舞い、全力で交流を重ねていく。
そんなエリー達のことを獣王は、獣王のために用意された、赤い絨毯で区切られた場にどんと座って眺めていて……酒瓶を傾けながらご機嫌な様子を見せている。
今日もまた色々なことを考えているのだろうが……読みきれないことを無理に読む必要はないと深くは考えずにエリーは、目の前のことに集中し続ける。
一方ジュウハもまた、エリーのように会場を回っていた。
ジュウハなりに全力で、エリーのように華やかに魅了しようと頑張っていた。
……完全にエリーの影に隠れてしまっていて、得意の口も通訳を通す形になっているためか、本領を発揮出来ず、今ひとつな状況だったがそれでも全力だった。
そうやって2人なりの本領を発揮して、会を存分に楽しんだなら……2人で目配せをし合い、獣王の下へ。
それから今日という場を整えてくれた感謝と、改めて外交妥結への感謝、友好的な態度への感謝を口にし……それからエリーがドレスの袖の中から、ペイジン達に清書をしてもらった紙束を取り出し、獣王へと差し出す。
「陛下、こちらはメーアバダル神殿が考察した血無しに関する資料となります。
……この程度のものでどれ程お役に立つかは分かりませんが、一助となればと思い、持ってきたものです。
感謝の気持ちの一つとしてどうぞお受け取りください」
最初は酒を飲みながら「礼などいらんいらん」と、そんな態度の獣王だったが、国内で大問題となっている血無しの情報となると黙ってはいられず、真剣な表情となって受け取り、すぐさまそれを読みふけっていく。
メーアバダル神殿長、ベンディアによる血無しに関する仮説とは、要約すると以下のようなものだった。
―――人の姿に近くなることを血が薄まると言うのなら、血が濃いとはどういうことなのか?
一般的な獣人の姿に近いことを指すのか……それとも獣の姿に近いことを指すのか。
仮に獣の姿に近いことを指す場合は、メーアバダルの犬人族の小型種や、鷹人族、大耳トビ鼠人族などがそれに当たるだろう。
そして彼らには共通点がある、それは同族、同氏族としか婚姻しないという点だ。
特にそれは犬人族の小型種で顕著となっている。
彼らは氏族同士の婚姻しか許容しない、同じ犬人族であっても氏族が違えば絶対に婚姻を許さない。
それでも愛を紡ぐ者はいる、婚姻を望む者がいる、そうした者達に彼らは氏族からの追放という厳しい処分を下す。
それについて何故かと尋ねると、返ってくる答えは神々の教えだからというものだ。
では何故神々は彼らにそうしろと教えたのか……? その答えは他氏族との婚姻こそが血の薄まりの原因だからではないだろうか?
鷹人族もまた鷹人族としか婚姻をしない、大耳飛び鼠人族は、周囲に似た種族が存在しなかったという理由ではあるが、同じ種族としか婚姻をしていない。
また獣人国においてもフロッグマンなどは同じ種族としか婚姻をしないそうで……フロッグマンから血無しが生まれたことは記録にないと聞く。
海に住まうゴブリン族も、決して他の魚人とは交わらないという……結果彼らは人よりも獣や鳥、魚などに近い姿を保っているのではないだろうか?
獣人国では他氏族、他種族との婚姻が推奨されているという、その歴史はとても長く、同じく他種族との婚姻を推奨している隣領マーハティ以上の、比べ物にならない程の歴史がある。
……その結果が血の薄まり、血無しの出現なのではないだろうか?
もしかしたらこれからマーハティにも同じ問題が発生するのかもしれない、そうして血が薄まった人々は人間族に近い姿になっていくのかもしれない。
王国東部では人間族と獣人族の婚姻はとても稀なことだが、それでも数える程であるが確認はされていて……その子孫も何人か存在している。
だがその子孫達に獣人としての特徴は残されていない、人間族との婚姻が血の薄まりをより強めた結果ではないだろうか?
獣人国が血無しの謎を紐解きたいのであれば、血無しと呼ばれる人達を調べるだけでなく、血無しを排出していない、血の濃い一族を調べることも重要となってくるのだろう。
鼠人族のような小さな体を持つ、他種族と交わりにくい上に、出産までの期間が短い種族であれば、調査に向いていると言えるだろう。
まだまだ結論まで遠い仮説ではあるが、調査の一助となることを願うばかりである―――
そんな内容を受けて獣王は、これ以上なく苦い表情で苦笑をする。
その鼠人族を手ずから滅ぼしたばかりだというのに、何という皮肉な仮説なのか。
「……あの鼠人族はどうしている?」
思わずそう尋ねてしまう獣王にエリーは、
「お医者様に診てもらいました所、体調不良とのことで……少しでも早く静養していただくために、昨日のうちにメーアバダルに向かっていただきました。
メーアバダル神殿には立派な療養所がございますので、ご心配をいただく必要はありません」
と、さらっとした答えを返す。
まさか今更返してくれとでも言い出すの? なんて皮肉は表情にだけ込めて、あくまで言葉は静かに淡々としたものとして返す。
血無し問題を解決出来たのなら、そのきっかけを掴めたなら獣王の威厳は高まり、この王都はより栄えるのだろうが……そのための手がかりを獣王は自らの手で失ってしまった。
交渉が妥結出来た以上、この仮説を渡す必要はなかった、さらなる譲歩などする意味がなかった。
だからこれは妥結への礼でもなく外交官としての譲歩でもなく、メイゾウ達の一族を苦しめたことと、それにメーアバダルを巻き込んだことに対する、ちょっとした報復だった。
重要な手がかりを失ったことを後悔するが良い、ペイジン達に縋るのも良いだろうが、その仮説を清書をしたのはペイジン達……その内容を知っている商人として対価をふんだくるのは当然で、簡単にはいかないだろう。
これがメーアバダルだ、ディアスの子らだ、もしディアスがここにいればこの程度では済まないのだから、感謝して欲しいくらいだ。
なんてことを考えながらエリーは、更に思考を巡らせていく。
血が薄まると人間に近くなるという情報もまた、獣人国としては苦しいものとなるだろう……種族としての根幹にまで関わってくる話だ。
エリーから見て、獣人国に住まうほとんどの人が大型種だ、手を見れば分かる、人に近く獣から遠く、護衛として側にいてくれている小型種達とは比べ物にならない。
恐らく獅子人族にも犬人族のように細かい氏族があったのだろう、より獅子に近い姿をしていたのだろう、だけども氏族を守ることよりも獅子人族全体を守ることを優先し、混血を進めて今の姿となったのだろう。
……混血と混血で婚姻した場合はどうなるのか? 恐らく血は薄くなる。
キコの夫は狐人族で、狐人族同士の婚姻であるのに生まれたのが血無しというのがその根拠だ。
これからどんどん血は薄まり、血無しとなって人間族に近付き……人間族との混血も進めば、人間族と獣人の境すらなくなっていく可能性がある。
そんな仮説を知ってしまって、王として貴方は苦悩することになるかもしれないけども……人間族である私達にはどうしようも出来ないこと。
せめて遠方から穏便に事が進むことをお祈りしています。
……と、そんな想いを込めた笑顔を獣王へと送ったエリーは、ドレスの裾を翻して華麗に踵を返し、まだまだ賑わう会場へと戻り、人々と楽しく言葉を交わしていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回からはディアスさん視点に戻って、エイゾウやら、ディアスさんはどう思っているかやらとなる予定です




