ジュウハとエリー
登場語句解説
・獣王
詳細は不明、獅子人族で勇猛な人物、王らしい人物とも
・ヤテン・ライセイ
テン人族、男性、獣人国参議の一人で、外交(国内調整)担当、最近はディアスにも協力的
――――ペイジン商会、本店の客間で エリー
数日間の調査を終えたエリーとジュウハ達は、いよいよ迫ってきた獣王との会談に備えての情報交換を行っていた。
それぞれの視点で集めた情報を共有し合い、それぞれの視点で精査し……それらの情報をどう扱っていくかを協議していく。
手に入れた情報全てを使ってしまうのは愚策だろう、こちらの調査能力が露呈する結果になってしまう。
必要な部分だけを使い、隠すべき部分は隠し……出来るだけ穏便に今回の会談を終わらせようと話し合いを進めていく。
「……とりあえず思っていた以上に、エリー外交官が評判になっているのはありがたい。
外交官としての男装と、こちらの女性用服を使い分けて、それぞれに合わせた仕草でもって民衆を華麗に魅了して……酒場に行けば噂を聞かない日はないってくらいに話題になっている」
柱も天井も木製で、窓は紙製、床は草を編み込んだものとなっている、なんとも不思議な部屋の中で進む話し合いの途中でジュウハがそう声を上げると、外交官姿のエリーは男らしい仕草でもって、ザブトンと呼ばれていたクッションの位置を調整しながら姿勢を崩して言葉を返す。
「それに関しては私も予想外でした。
獣人からするとそもそも人間族という時点で物珍しく、それが異国の服だったり自国の服だったりを着こなして、男女どちらとも取れない存在として振る舞っているというのが、一つの見世物のようになっているようですね。
獣人の目で見ると、毛で覆われていない顔の男女の見分けがそもそも難しいようで、それがまた彼らの好奇心を煽るようです」
「外見では分かりにくいから、服装や仕草で見分けようとする所を、見事なまでに惑わせているという訳だ。
それを好意を持って受け止めるというのは、中々面白い国民性と言えるだろう。
……そうなるとやはり、獣王陛下との会談はエリー外交官に主導してもらった方が良いだろう、マーハティはどうしてもカスデクスの後継という負い目があるからな……出来るだけ喋らず、大人しくしていようと思う」
エリーに異論はなく、その言葉に頷くと、ジュウハは満足そうに笑ってまた様々な件についての話し合いを進めていく。
そんなエリー達の周囲にはエリーが連れてきた面々と、ジュウハが連れてきた面々が待機していて、盗み聞きなどされないようにと精一杯気を張っているが……ここはペイジン商会が所有する、かなり大きく広い屋敷の最奥、簡単に侵入出来るような場所ではなく、心配の必要はなさそうだ。
屋敷の壁や屋根には、ペイジン家の一族が張り付いての警戒までしてくれていて……ペイジン商会は完全に獣人国ではなく、メーアバダルの側についてくれているようで、エリーはそのことを嬉しく思うと同時に、それだけの期待をされているのだと考えて少しの重圧を感じていた。
そして……ジュウハの少しおかしな態度にも、ちょっとした重圧を感じていた。
笑顔で会話を進めていて、話し合い自体は順調なのだが、何かを隠しているような気がする……何かが奥歯に引っかかっているような態度をしている。
話し合いを進めれば進める程、ジュウハの態度などから、その匂いがどんどんと強くなってきて……そうしてジュウハもエリーに勘付かれたと気付いたのだろう、観念したような態度で口を開く。
「……違和感がある、これは以前、うちで反乱騒ぎがあった時にも感じたものだ。
何かが読み切れていない、何かが隠されている……そんな気がしてならない。
そもそもの話だ、この王都を見て思わないか? これだけの大きな都があって、それを埋め尽くす程の人口があり、経済も活発で独自の文化も花開いていて……それで何故内乱なんかが起きるんだ? と。
いや、起きたとして何故すぐに鎮圧出来ない? これだけの国力があればどうとでも出来るはずだろう?
この王都だけでかなりの兵力を生み出せるはずだし、その兵力を維持出来るだけの経済力もあるはず……。
港をちらりと見たが、数え切れない程の商船が並んで、海の向こうにあるという群島諸国との取引も活発……それでなんだって、小領主の内乱如きに悩まされているんだ?
……ただこの国のことをまだ分かっていないだけなのか、そうなっても仕方ないと納得できるだけの理由が何かあるのか……。
その辺りが見えていないのが、なんとも気味が悪くてな……それが態度に出ていたようだ」
そう言われてエリーは、腕を組んで頭を悩ませる。
ジュウハの言うことはもっともだ、確かにこれだけの王都を構えられる国力があるのなら、内乱くらいはどうとでも鎮圧出来るはず。
ヤテン・ライセイ程の人物が国内を駆け回り続けなければならない理由とは何なのか? 獣人の国だからという、ただそれだけの理由なのか?
「確かに気にはなりますが……そこまでは国外の私達が口出しすることではないでしょうし、他国の全てを一度の来訪で理解するというのも無理な話でしょう。
謎が残っていることに留意しつつも、会談では気にしすぎない方がよろしいかと」
あれこれと考えた末にエリーがそう返すと、ジュウハはまだ納得していない様子だったが、それでも頷き、姿勢を正してから口を開く。
「……それも一理あるな、ならまぁ……会談で当たるだけ当たってみるとするか。
そうなるとやはり主導はそちらに任せよう……俺様主導で好奇心のまま余計なことを言っちまっても問題だからな、基本的にこちらは黙っておくとするよ。
用意するのは謝罪の言葉と、友好を望むという本気の言葉……それとエルダン様とネハ様から預かった手紙だけで良いだろう。
そちらからはメーアバダルから届いた情報か……いやしかし、ベンディア殿の仮説には驚かされた。
その可能性を考えなかった訳ではないが、しっかりとそれらしい理屈立てをした上で、相手を納得させるためのパフォーマンスへの言及もあると来た。
これなら話を聞いている連中は納得するに違いない。
……ベンディア殿とは挨拶程度でそこまで深い話をしてこなかったが、これは考えを改めなきゃならんだろうな。
無事に帰路についてメーアバダルに到着したなら、じっくり腰を据えて話をしてみたいもんだ」
そう言って感心した様子を見せるジュウハに、エリーはなるほどなぁと内心で頷く。
ジュウハという男は、ディアスに対しては砕けた態度で接することが多い、女性には柔らかい態度で、それ以外の者には硬い態度で……そして彼が認める文化人には、多弁となって興味津々、胸襟を開いた態度で人懐っこさを見せる。
恐らくはこれが彼の本来の姿なのだろう……ディアスに見せている姿もまた本来の姿の一つではあるのだろうが、こちらの方がより深い部分に根ざしているように見える。
意外と面白い人物なのかもしれないと、そんなことを考えている折、綺麗な絵が書かれた紙張りの戸の向こうから声がし、エリーが返事をするとペイジン家の若者が頭を下げていて……両手で持っていた果物入りのカゴを差し出してくる。
「先程、何名かのお嬢様がご来店になりやして、エリー殿に差し入れをして欲しいとこちらを預かって参りやした。
今は忙しい時だからとお断りしようとしたんでやすが……どうしてもということでして、こちら如何いたしやしょうか」
なんとも風変わりな形に訛った王国語でそう言われてエリーは、困ったような顔になりながら言葉を返す。
「受け取ってしまったのなら頂きたいとは思っていますが……その、お嬢様方は私の事情をご存知なのかしら?」
「へぇ、お心のことは聞き及んでいるとかで……だからこそ良いと言っておられましたな。
それに……彼女達は今のお姿もキモノ姿も、どちらも目にした上で差し入れをとやってきたようでして……。
女性からのこういった果物の贈り物は、多少なりとも色恋が絡んできやすから、お断りされるのであれば、こちらで後のことはやっておきやすが……」
「えっと、受け取ってしまったら承諾と見なすとか、そういうお話?」
「いえ……そもそもは役者への差し入れ文化から来たものでして、何かを求めるようなものではございやせんが、求めないながらも自分の心は知って欲しいという意味が込められていやす」
「……なるほど、それならまぁ、堅苦しいことは言わないつもりです。
お返しは出来ませんが、それでもよろしいのですよね?」
「へい、問題ありやせん」
と、そう言ってその若者はカゴを差し出してきて、エリーはそれを素直に受け取る。
するとジュウハはアゴを撫でながら微笑んでみせるが……しかしその目の奥には嫉妬の色が浮かんでいて、エリーにだけ差し入れがあることを悔しく思っているようだ。
「……今日は酒場で豪遊でもしてくるかね」
と、ジュウハ。早速盛り場に出向いて羽振りが良い所を見せつけるつもりらしい。
……こちらの女性が求めているのは、そういうのではなさそうだけども……。
と、そんなことを思いながらもエリーは何も言わず、受け取った果物を眺め、顔を近づけ香りを堪能し……さて、どれから頂こうかしらと、そんなことを考えてのちょっとした休憩時間を堪能するのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はいよいよ獣王との会談です
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