ゴム
いつもよりざっくりキャラ紹介
・ゴルディア
人間族、男、酒場の主
・ナルバント
洞人族、男、洞人族の長
・イービリス
ゴブリン族(鮫人族の中の一種族)、男、領民ではない
・エグモルト
人間族、男、新参の研究者、ダレル夫人の夫
エリーの装いが整って、次に準備が始まったのは馬車だった。
せっかく良い格好をしているエリーが、そこらにあるような馬車に乗っているようではメーアバダルの名誉が傷つくとかで……洞人族達がかなりの気合を入れて馬車を作ってくれることになった。
今度の馬車も鉄、というか鋼製になるらしい……メーアバダル領の名産品であるメーア鋼で作ることで、馬車自体でもって名産品の宣伝をするということらしい。
荷物は別の馬車に乗せるので、狭くはするが、細工を凝らし車輪を大きくし、鋼以外にも金銀を使うことで派手な作りとするらしい。
更にその馬車には板バネなる仕組みが採用されているらしい。
鋼で板を作り、その中央を山なりに曲げる……曲げた2枚の板を張り合わせて重ねて出来上がるのが板バネ……らしい。
なんだってそんなものが必要なのかと言うと……私にはよく分かっていないのだが、とにかくそのバネの力が馬車の揺れを吸収してくれるんだそうだ。
揺れた際に曲がった部分が伸びるなりして揺れを吸収して、しかし鋼なのですぐに元の形に戻ろうとする……とかなんとか。
それを様々な形で……板バネで車輪を固定したり車輪の軸を支えたり、板バネ同士を組んだりして、なんかこう複雑な感じで組み合わせた土台を作ることで、上に乗せる箱がとにかく揺れないし、尻が痛くなったりもしないらしい。
実はこの仕組みは以前から……メーアバダルで作ったほとんどの荷車や馬車に使われていたらしいのだけど、メーア鋼を使った本格的なものは、冷却馬車からなんだそうで……人を乗せるための馬車では初めてなんだとか。
車輪も当然鋼製で……いつも仕事が早い洞人族だが、今回ばかりはどうしても時間が必要になるらしい。
「良いわよ! 遠慮なくやってちょうだい! その間の食事もお酒もギルドの奢りだから良い仕事してちょうだい!
細工に必要なものがあればそれもギルドがなんでも揃えるから!」
数日のダレル夫人の訓練を経て、それらしい仕草が身についてきたエリーが華麗な仕草でもって両手を振り上げながら、ナルバント達の工房でそんな声を上げると、ナルバントを始めとした洞人族達が「おぉぉぉぉ!」「任せろぉぉぉぉ!」「豪気でいいねぇぇ!」なんて声を上げて、大張り切りで動き回る。
隣に立つゴルディアは結構青い顔をしてしまっているが……それでも用意すること自体は無理ではないのだろう、文句を言ったりエリーを止めたりすることはない。
「気前の良い女は愛されるってもんじゃ、エリーは良い女になってきたのう。
……あとはあれじゃのう、ゴムがありゃぁ完璧なんじゃがのう」
そんな光景を腕を組んで見やりながら洞人族の族長ナルバントがそんな声を上げ、それを聞いていたのかエリーは、両手を腰に当てて「ふふん」と鼻を鳴らしながら自慢げにポーズを取る。
そんな様子を見やりながらナルバントの隣に立っていた私は、ナルバントに視線を移してから言葉を返す。
「ゴム……というのは以前エグモルトが言っていたな……建国王の手記がどうとか?」
「うむ……南の方で手に入る神代の頃から愛された素材でのう、それがあれば馬車の乗り心地が良くなるんじゃがのう……まぁ、そう簡単に見つかるもんでもないからのう、手に入るのは当分先になるじゃろう」
「ふーむ……? 神話の時代のことか?
神話の素材と言われても……何と言ったら良いのか、話だけで存在していないとか、そんな胡乱な存在な気もするがなぁ」
神話という話の中には、誰がどうやって考えついたのかも分からない、様々な物が登場してくる。
いくらでも水が出てくる歯車、燃える風、いつでも好きなだけ焼き立てのパンが食べられるパン窯、叡智を得られる木の板、夏には涼しく冬には暖かく過ごせる楽器。
そのゴムとやらもきっと洞人族の神話に出てくるだけの、空想の代物に違いなく……私が思わず苦笑してしまっていると、私達のすぐ側で工房の様子を興味深げに工房の見学をしていたイービリスが声を上げる。
「アレはそんなに珍しいものではないぞ?
メーアバダル公からの依頼を受けて、エグモルト氏に詳しい話を聞いた所、おそらくは南の島で固めて投げて遊ばれている樹液玉のことだろうということが分かってな……早速若者達を採取に向かわせたから、そう遠くないうちに持ってくるはずだ。
……あんなもの固めて投げるくらいしか使い道がないと思っていたが、馬車に使えるとは驚かされたものだ」
その言葉に私とナルバントは目を丸くして驚く、まさか建国王や神話の時代の代物が本当に存在していたとは……。
しかし樹液玉とは、なんとも不思議な名前がついているんだなぁ。
「……その樹液玉というのを投げて遊ぶ……というのは、そんなに面白いものなのか?」
と、私が問いかけるとイービリスは、コクリと頷いて答えを返してくる。
「うむ……あの樹液は上手く混ぜると、木や岩にぶつかった際によく跳ねるのだ。
更に水にも浮くものでな……浅瀬で遊ぶ子供達のオモチャには具合が良いんだ。
アレのある島は獣もめったに見かけない静かな地域でな、時たま我らの仲間達が上陸して、樹液玉だったり木材だったり……食料だったりを手に入れるんだ。
……ただあの樹液玉が取れる森に長居するとおかしな病になってしまうそうで、上陸したがらない者も多く、そこまでの人手はかけられないと理解しておいて欲しい。
……30日か40日で小樽一つ程度の樹液が精一杯というところだろう」
「……なるほど、それは無理強いは出来ないな。
もし若者が病気になって回復が難しい様子ならイルク村に連れてきてくれ、出来る限りの治療をしたいと思う」
「ギャッハッハッハ! メーアバダル公は相変わらずだ! 命に関わるような病ではないから安心すると良い! そもそも我らゴブリン族、陸の病に負ける程ヤワではないぞ!
……しかし、その想いだけはありがたく受け取らせて頂く、若者達にもその言葉を伝えておくとしよう」
そう言ってイービリスは大きく手を振り上げてきて、私がそちらに手を向けるとバシンッと勢いよく私の手を叩いてくる。
最近のゴブリン達の中ではこれが流行っているらしい……陸地の友人との楽しい挨拶、とかなんとか。
確かに水中でこれをやるのは難しいのだろうなぁ。
そんな私達の近くでナルバントは、ヒゲを揺らしながら「むっふふっふ」と笑っていて……どうやらゴムが手に入るのが余程嬉しいらしい。
板バネにゴム……これらがあれば相当乗りやすい馬車が出来るはずで、そうなったら馬車での移動が楽になって……色々と便利になるはず。
そうなったら行商がやりやすくなり、村が豊かになってナルバント達も更に多くの酒を楽しめるようになるのだろう。
あとは洞人族として誇らしいというのもあるかもしれない、そんなナルバントに続いて他の洞人族も笑いだし……なんとも嬉しそうで賑やかな歌のような笑い声が響き渡るのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はゴムに関係するあれこれの予定です




