エグモルトの計画
登場キャラ紹介
・ベンディア ベン伯父さん
人間族、男性、メーア神殿神官長、ディアスの伯父で聖地巡礼を果たし、聖地にて神々と邂逅したらしいが、詳細は語らず
――――神殿の自室で、椅子に腰掛けながら ベンディア
神殿に作られた自室……必要な家具が揃っていて、作られたばかりの大きなガラス窓があって、窓の外には楽しげに駆け回る犬人族の姿があって、ベンディアにとって文句のない、余生を過ごすに最高の部屋で一人、椅子に腰掛けて窓の外の光景を眺めて過ごしていると……他の者では感じられない何かがあって、ベンディアが口を開く。
「……とっくに滅んだもんに何を想って固執しているんだ……。
他の連中のように新しい目的を見つけたら良いだろうに……固執した挙げ句のあの有様だから醜悪なのだと何故気づかん……」
その言葉にはベンディアには珍しく、強い哀れみが含まれていて……言葉の後にため息が続く。
そうやって少しだけ気持ちを落としていると、ベンディアが眺めていたガラス窓に、二つの肉球がバンッと張り付いてくる。
そしてすぐに犬人族の……シェップ氏族の若者の濡れた鼻が窓に押し付けられて、ベンディアのことを心配しているのか、それともただ見に来ただけなのか、丸い瞳でベンディアのことをじぃっと見つめてくる。
それを見てもう笑うしかなかったベンディアは、小さく笑ってから立ち上がり、窓を開けてその若者の頭を撫でてやる。
そうしていると開いた窓が視界に入り込み、そこにはくっきりと肉球と鼻の跡が残っていて……それを見たベンディアは、小さくではなく吹き出して笑ってしまう。
これを見た若者は大いに喜んで尻尾を振り回し……そしてベンディア様に喜んでもらえたと、仲間達に自慢して回ることになる。
そうしてベンディアの部屋の窓には毎日のように肉球や鼻が押し付けられるようになり……ベンディアもそれを喜んで怒らなかったために、メーア神殿での当たり前の光景として定着するのだった。
――――薬草小屋に向かいながら ディアス
結局あの光の犯人は逃げ出してしまったらしい。
クラウスとモントの2人がいてそういう結果なら、仕方ないことなんだろうと思うが、2人はそのことを気にしていて、しばらくは警戒を続けるようだ。
そんなことをしなくてもエグモルトが放ってくれた魔法と、アルナー達が増やしてくれた生命感知魔法で十分対応出来るとは思うのだけど……まぁ、クラウス達がやりたいと言うのだから、やらせておくのが良いのかもしれない。
ちなみにエグモルトの魔法に関しては、あの後にマヤ婆さんが調整? のようなことをしてくれたようだ。
調整をした上で、余っていた魔石のいくつかを使い、安定した効果がしばらく続くようにしてくれた……とかなんとか。
今後も魔石を追加していけば効果を維持出来るとかで……また手に入ることがあったら、追加しても良いのかもしれない。
そしてマヤ婆さんの教え子だったらしいエグモルト、マヤ婆さんもエグモルトも若い頃の……私が生まれる前の話のことだったようだが、それでも2人はお互いのことを覚えていて、色々と思い出話なんかをしていたようだ。
それが終わったなら村の皆に挨拶をして、ダレル夫人とも夫婦の会話をして……そうやって一日が終わって、今日は朝から好奇心のままに色々なことを調べて回り……そしてあっさりと色々なことから興味を失って、薬草小屋に向かいたいと言い出したので、暇だった私が案内をしている。
イルク村にはサンジーバニーやら始祖の銀やら……エグモルトのような研究者にとって興味深そうなものがたくさんあると思うのだが、エグモルトによると、それらは研究に値しない代物らしい。
曰く、
『神様にしか作れない、神様の力が込められた凄い物とか言われましても、そんな再現性のないもの、調べるだけ無駄でしょう?
どこでも誰でも使えて皆が豊かになる物にこそ、研究する価値があるんですよ』
とのことだった。
同じような理屈で、洞人族の工房も洞人族にしか扱えないので、興味がないらしかった。
洞人族が作った洗濯道具やらには一定の価値を見出していたようだけども、それも『他人の発明』だからあまり興味がないらしい。
自分で新しいものを作りたい、自分が作ったもので皆を豊かにしたい、自分の名前を歴史に残したい。
それがエグモルトの研究する理由のようで……そんなエグモルトにとっては薬草小屋の方が魅力的のようだ。
……薬草小屋も洞人族の発明なのだけども、自分の研究に役立つならそれで良いという考えらしい。
まぁ、元々薬草小屋で働いてもらいたくて来てもらったという経緯なので、こちらとしてはありがたいばかりだが……。
「いやぁ、犬人族という種族には初めて会いましたが、なんとも素敵な隣人じゃぁないですか」
そんなことを考えていると、私の後ろを追いかけてきていたエグモルトが、周囲を駆け回る犬人族を眺めながら、そんな声をかけてくる。
昨日から妙に元気な犬人族達……どうしてかと聞いてみると、すごく褒められて嬉しいから頑張っているらしく……仕事で頑張っていたのを伯父さんに褒められたということだろうか?
「確かに犬人族には助けられてばかりだな……ここに来てくれた頃から世話になってばかりだよ」
振り返りながら私がそう声を返すと、いつの間にか抱き上げたらしい犬人族の子供を撫で回していたエグモルトはにっこりと笑い……そして護衛のためと周囲を駆け回っていた犬人族達が尻尾をぶんぶんと振り回し始める。
昨日の夜、伯父さんに褒められたことが余程に嬉しかったのか、尻尾を振り回し過ぎて痛めてしまった犬人族がいたので気を付けて欲しいのだが……この様子だとしばらくはこのままだろうなぁ。
あんまりに痛そうだったから絨毯を使ったが、当然絨毯にもエグモルトは興味を示さず……もしかしたら神に関わることには特別興味が薄いのかもしれないな。
……いや、興味というか信仰心が薄いというか、全く無いのかもしれない。
まぁ、私も似たようなものではあるが……時々神が姿を見せるこの辺りでは、全く無いというのも問題かもしれないなぁ。
そんな会話をしているうちに村の北端へとたどり着き、薬草小屋が視界に入り込み……エグモルトは眼鏡の奥でその瞳を煌めかせ始める。
「おお、良いじゃないか! 良いじゃぁないか! いやいや、こんなもの作ろうと思って作れるもんじゃないぞ!
さすが公爵様! 貴族としての格が違う! この上等なガラスを売れば一財産だろうに、こんな使い方をするなんてなぁ!
……ああでも、こんなに大きいとそもそも運搬が出来ないのか、売るに売れないのか。
あとは冬かぁ、冬さえ厳しくなければアレが育てられるんだよなぁ。
……公、この辺りの冬は厳しいのですよね?」
煌めかせながら薬草小屋を凝視し……近付いて手を振り上げながらも触ることはなく、そんなことを言ってくるエグモルト。
「そうだな、冬になると寒くなるし雪もそれなりに深くなるな。
と、言ってもユルトが潰れるような深さではないから、この薬草小屋も平気だとは思うが……」
と、私が返すと薬草小屋を凝視したまま、結構な勢いの言葉を返してくる。
「なら荒野ですね、荒野……入江の辺りはとても暖かそうでしたから、あの辺りにもこれを作ってください、作りましょう!!」
「作れるかどうかは洞人族達に聞いてみないとなんとも言えないなぁ。
どうしても必要と言うのなら聞いてはみるが……」
「お願いしますよぉ!
いえ、ほら、書物でしか知らない植物ではあるんですがねぇ、南方には様々な便利な植物があるらしいんですよ!
その中には冬の寒さに耐えられないものもあるようでして……そういうのは荒野で育てたらどうかなと思うんですよ、ガラスでは防ぎ切れない寒さというものもあるはずですから。
昨日ヒューバート君に聞きましたが、ガラスの箱さえあれば海の向こうから植物を運んで来られるのでしょう?
ならどんどん集めましょう、世界中の植物を集めましょう!
植物を制するものは世界を制す……建国王様がお残しになられたお言葉です!
それとですね、建国王様が残された手記にあったすごく便利らしいゴムの木、これさえ手に入れば、様々な研究が一気に進むはずなんだよぉ!!」
「ふぅーむ……? まぁ、とりあえず洞人族とゴブリンに相談はしてみるが……」
建国王の時代の本というと、相当昔の本になるはず……。
そんな本に信憑性があるものなのか……? そもそも本物の手記なのか……?
色々と言いたいことはあったが、あえて何も言わずにいると、私の気配から何か察したのかエグモルトがこちらに振り向き、力の入った声を返してくる。
「研究についてはご安心を、薬草を含めあらゆる研究をただちに開始し、数年以内に結果を出してみせます。
たとえば……そうだな、まずはこの地で育てている野菜の品質を上げてみせる……みせましょう。
方法はごく簡単なもので、収穫した中から優秀な作物を選別し、その種だけを増やしたり、優秀な作物同士をかけ合わせたりして、品質を上げていくというものだね」
そう言ってエグモルトは、手振りを混じえながら熱のこもった声で説明をし始める。
「かけ合わせを1年に複数回やっていけば数年でハッキリと分かる効果を得られることをお約束……します。
……1年に何度も収穫出来るはずがないとお考えですね? そこでこの薬草、というかガラス小屋なんだよねぇ。
これをもっと北に一つ、荒野の南端に一つ建ててください。
そうすると普通の畑と、ガラスの中の世界が二つ出来上がり、気温が違う三つの世界が出来上がります。
ここと荒野くらいの変化では足りません、余程の高山かこのガラス小屋がないとダメなんですよ。
それだけ差異のある世界が三つあるということは収穫の季節も三つあるということなんですよ、1年に3回収穫できちゃうんですよ。
上手く時間と気温を調整したら、1年に複数回の収穫期を迎えられます……なんなら気温の調整で作物の生育と収穫を早めることも可能でしょう。
畑で収穫し手に入れた種を、ガラスの世界に植えて、そこで収穫した種をまた別のガラスの世界へ。
鷹人族さんに運んでもらって、友好的な領主に協力してもらえば更に回数を増やすことも可能かもしれません。
まぁ、あくまで作り上げたばかりの仮説で、実際にやってみるとそこまで上手くはいかないかもですが、やらないよりは良い結果が出るだろうということだけは保証するとも。
のんびり収穫を待つ間には薬の研究もちゃんと頑張るさぁ、まずは薬草の効能を一つ一つ確認していって……いくつかの薬を掛け合わせて効果を高めたり、毒性を薄めたりできないかという実験もしなきゃねぇ
……あー……いえ、その、あれです。お任せください、頭の中では全て上手くいっていますので、なんとかなりますよ、多分」
恐らくエグモルトは、丁寧な言葉使いが苦手なのだろう、所々おかしくなってしまっている。
……というか興奮すると忘れてしまうのかもしれない、おざなりになってしまうのかもしれない、ダレル夫人の苦労が想像出来てしまうなぁ。
そして作物の収穫回数を増やす……か。
そんな方法、想像もしていなかったが……話を聞いてみると確かに出来るかもしれないと思えてくる。
……そう言えば、セナイ達の魔法に、野菜の成長を早くする魔法とかがあったような? セナイ達にも協力してもらえれば、もっと早くその方法を試すことが出来るかもしれない。
と、そのことについて話すとエグモルトは、言い方は悪いのだけどなんとも汚い笑顔でにんまりと笑って……それからセナイとアイハンがいるであろう、2人の畑へと向かって物凄い勢いで駆けていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は別視点やらになるかもしれません。




