薬草小屋
登場キャラ紹介
・ナルバント
洞人族 男性 族長
大工であり細工師であり鉱夫であり、基本的にはイルク村の工房で働いているが、必要があれば出かけることも。
何かを思いついたらとりあえず作ってから、ディアスに見せてくる癖がある。
・マヤ
人間族 女性 老婆達のまとめ役
普段は織り機でメーア布を作り、占いや魔法の先生役をすることも、ディアスもアルナーも頭が上がらない人物だが、偉ぶることはない
アルナーの話が一段落したところで、薬草小屋の中へと足を進めることにする。
ガラス張りの小屋には驚かされたけども、薬草小屋それ自体も重要なはずで……中に入ると、薬草や香辛料の匂いがこれでもかと充満した空間になっていた。
いくつも棚があって、作業用なのか机があって……すり鉢やら何やら、細かい道具も揃っているようだ。
そして棚にはいくつかの陶器の壺とガラス瓶があって……中には早速作ったらしい薬やらが入っているらしく、壺や瓶には中身に何が入っているのか示すための、紙や布が貼り付けてある。
薬草の名前に薬? の名前……そして何故か砂糖の文字。
その隣には薬草砂糖なんて文字もあって……一体なんだってここに砂糖があるだろう? と、そのガラス瓶を手にとってみる。
薬草砂糖ということは……薬草と砂糖を一緒に舐めるとか、そういうことだろうか?
苦すぎて舐められない薬を砂糖で無理矢理甘くしているとか?
そんなことを考えながらガラス瓶の中を観察してみると中に入っているのはどうやらドロッとした軟膏であるらしい。
……軟膏? 砂糖の?
訳が分からず首を傾げていると、それを見たアルナーが小さく笑いながら説明をしてくれる。
「それには書いてある通り、薬草の煮汁と砂糖と、それと軟膏の元となる馬油が混ぜてあるんだ。
薬草は化膿止めの薬効があるもので……以前ディアスが寝込んだ時に使ったものだな。
最初はそれに馬油を混ぜただけのものを使っていたんだが、砂糖はほら、保存食にも使うだろう?
だから化膿や腐敗にも効能があるのではないかと思い至って混ぜてみたら思っていた以上の結果になってな……水が出てくるような症状、床ずれによく効くことが分かったんだ」
「床ずれというと、寝たきりでなるアレのことか?
あれは一度なるとひどいことになってしまうからなぁ……それに効くというのは凄い話だな」
と、私が返すとアルナーは得意げとなって話を続けてくる。
「砂糖は水を良く吸うだろう? そして腐敗も防いでくれる。
薬草と一緒に腐敗を防ぎながらあの嫌な水を吸い上げてくれて……脂の量を調整したならそのまま乾燥して膜のようになってくれて、床ずれ悪化を防いでくれるという訳だ。
それだけで完治するというものではないが、これがあるだけでかなり症状が楽になるようだ。
鬼人族の村の老人で床ずれになってしまった者がいてな、試してもらったところかなり改善しているそうだ。
薬草小屋が出来たと聞いて、使い心地を確かめたくて作った薬だったが、まさかいきなり成功とは運が良かった。
……ナルバント達が言うには薬は壺よりガラスで保管した方が良いらしくてな、中身の確認も楽だから、壺に入れてある他の薬も追い追いガラスに移していくつもりだ」
……薬草小屋が出来た勢いで作った薬を、いきなり人で試したのか……。
結果として上手くいったから良いものの、失敗したらどうするつもりだったのだろうか?
まぁ、失敗した時にはサンジーバニーや安産絨毯の力でなんとかするのだろうけども……。
「床ずれとなると、良い治療法はないからなぁ……試して効いたら拾い物。
何もしないでいるよりマシだと本人も了解してくれての実験だから大丈夫だ。
まぁ、サンジーバニーがあるうちに色々試しておきたいというのも本音だがな。
……こういう時、鬼人族の老人達は若者のためならと、自らを差し出すところがあるというか……効かないと分かっていても、自らで試すところがあってな、上手くいってくれて良かったというのが本音だな」
「それはまた……褒めたら良いのか困ってしまう話だなぁ」
「……ちなみだが、マヤ達も普段から同じようなことを言っているぞ?
まぁ、マヤ達はセナイ達のおかげで病知らずだから、そんな機会は今のところ無いがな」
「鬼人族の文化や考え方には何も言わないが……イルク村でそれは止めて欲しいところだな……。
サンジーバニーがなくなったとしても、出来る限り効能が分かっているものを使って欲しい。
どうしても試したいのなら体力が多い者でやった方が良いだろう」
……王国のどこかでは重罪人をそういった実験に使っているそうだが、イルク村には罪人がいないしなぁ。
イルク村で一番の騒動となった犯罪? は、犬人族の子供達によるつまみ食い事件くらいだ。
何人かの子供達が竈場に忍び込み、焼き立てのパンに手を伸ばし食いついた所、中が熱々で思わず悲鳴を上げてしまい即捕縛、その場でアルナーによる薬湯漬けの刑が執行されたことで、事件は終了となった。
そんなイタズラ程度の事件しか起きない現状、イルク村でそういったことをするのは難しいのだろうなぁ。
まぁ、して欲しいとも思わない訳だが……。
と、そんなことを考えながら薬草砂糖の瓶を戻し、次の瓶へと視線をやる。
他の瓶は薬草や種なんかを砕いて混ぜたものが多いようで……風邪、腹下しなど、どんな症状に効くのかも書き込んである。
中には効能が書いてないものや『これから試す』なんてことが書いてある瓶もあって……なんとも不穏な感じがするが、アルナーもあんまりな無茶はしないはずだ。
先ほどの私の発言に対し、返事をせずに無言なのは気になるが……うん、きっと大丈夫だ。
まだまだ瓶は並んでいて……中にはどこかで見たことのあるような薬も置かれている。
以前モールがアルナーに譲ったアレはまだ残っていたのか……。
ダレル夫人やヒューバートが知っている薬も作って試そうとしているようで、それぞれから聞いた薬、なんて文字が書かれていたりもする。
と、言うかここからは誰かに聞いた薬ばかりのようだ。
マヤ婆さん、モント、アルハル……エリーから聞いた肌に良いとか髪に良い薬なんかも試しているらしい。
思えばマヤ婆さん達の古い知識と、モントやアルハルの帝国の知識、そしてダレル夫人やヒューバート、エリーの王都なんかの知識を得られるというのは、なんともありがたい話だなぁ。
そう言えば学び舎にはそういった知識を集めて研究する目的もあったんだったか……薬だけでこうなのだから、他の分野の知識も集めたなら更に凄い結果が待っていそうだ。
学び舎の研究に関する設備はまだまだ準備中で、何も始まっていないのが現状だが、薬草小屋と連携するような形で進めていけたら良いのかもしれない。
そうすると……研究を主に動く人材が居ても良いのかもしれない。
まぁ、その宛はあるのだけども、来てくれるかどうかは未だに謎で……積極的に募集などもした方が良いのかもなぁ。
と、そこで誰かが薬草小屋へと入ってくる。
振り返るとそこにはダレル夫人の姿があり、丁寧な一礼の後に夫人がゆっくりと口を開く。
「ディアス様、お話中失礼します。
……実は先ほど夫から手紙が届きまして、ディアス様からのお誘いをお受けしたいとのことで、近々こちらにやってくるそうです。
家督は息子に譲り、こちらに移住するつもりのようで……可能であれば以前お話させていただいた件を夫に任せていただければと思うのですが……」
ダレル夫人の夫……王都で暮らしているらしい貴族の旦那さん。
夫人曰く寂しがり屋で愛妻家、そして貴族向きではない善良な性格をしている人だとかで……王都では貴族としてよりも研究者として名が知られているらしい。
貴族なのに研究者? と、最初に話を聞いた時には驚いたが、ダレル夫人が言うには貴族だからこそ、生活に余裕があるからこそ研究に時間と資金を費やせるんだそうで、ここ数十年なんらかの発見をした人のほとんどが貴族なんだそうだ。
ダレル夫人はそんな旦那さんを愛しているが、それよりも名誉ある仕事の方が大事と考える人のようで、手紙のやり取りだけで夫婦としての交流をしていたが……寂しがり屋の旦那さんはそれでは耐えられなかったようで、前々からこちらに来たいと、ダレル夫人に会いたいと手紙に書いてきていたらしい。
そうかと言って勝手にこちらに来るのは無礼になるとかで、こちらから……私からお願いして来てもらうという形が無難であるらしく、そういうことならと以前にこちらに来て色々手伝って欲しいと、そんな内容の手紙を送っていて……その返事が来たということのようだ。
「そうか、ちょうど私も今旦那さんのことを考えていてな……学び舎での知識の収集と研究を旦那さんに任せたいと考えていたんだ。
帝国や獣人国、古い知識に新しい知識、様々な知識が集まっているのを……こう、上手くまとめ上げて欲しい。
出来ればこの薬草小屋とも連携して、新しい薬や治療法の研究も進めて欲しいな」
私がそう返すとダレル夫人は柔らかく微笑んでくれて一言、
「お任せください」
と、力強い言葉を返してくれるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はちょっとだけ他視点もやりつつ、施設見学の続きの予定です




