領主屋敷へ
登場用語、キャラ紹介
・ニャーヂェン族
元帝国所属、猫耳猫尻尾の人間に近い姿をした獣人だが、血無しと違って世代を経ても姿が変わったりはしない、柔軟かつ素早く夜目が効くので主な仕事は夜警
・スーリオ
隣領所属、獅子人族、男性
ディアスと色々あったが、今は反省してマーハティとメーアバダルの橋渡し役をしようとしている、同じネコ科だからか、ニャーヂェンと気が合うらしい
・マーハティ領
基本的に気温が高く、低地が多い、荒野と緑豊かな大地が混在し、砂糖葦や香辛料、紅茶が名産品
領主はエルダンで、最近は何かとおめでたい話題が多い
――――王都のとある屋敷の寝室で
きっちりと掃除はされているが、何冊もの本が乱雑に置かれた、大きなベッドのある屋敷の一室で、大切なレンズを守るため、いかつい鉄枠で囲った眼鏡をかけた髭面長面の男が、旅行カバンに何着もの服を詰め込んでいる。
赤混じりの茶髪で、眉尻は下がっていて……革マントで身を包みしかしその表情はどこか楽しげだ。
「……父上、本当に行かれるのですか? そこは辺境地なのでしょう? きっと―――」
そんな男に若く凛々しく、スラッと長いズボンとシャツ姿の青年が声をかけ……その途中で男は言葉を返す。
「きっと辛い生活が待っている、かい?
もしそんな過酷な土地であるなら、オリアナがすぐに帰ってきたはずだろう?
オリアナが帰ってくるどころか、あちらの生活を楽しんでいるということは、メーアバダルは良い土地なのだろうし、良い公爵様であられるのだろうよ」
「……仮にそうだとして、情勢次第で我がダレル家がメーアバダル家と敵対することになったら―――」
「遠慮なく敵対したら良い。
君も今日から当主なのだから、そのくらいの覚悟は持ってもらわなければ困るよ。
守るべきは家と名誉だ、そのためならば父母だろうと討ってこそ貴族というものだ。
まぁ、その時になったら僕もオリアナも手加減はしないけどもね……常に家を守るための最良の判断をしたまえ」
「……はい」
それ以上言葉もなく青年は黙り込む。
当主になる不安と、母親だけでなく父親までが遠方に行ってしまう不安で口にした言葉だったが、どうやら父親にはその内心を見透かされているようで……これ以上言葉を続ければそこまで指摘されるに違いなく、そんな恥はごめんだと黙るしかなかった。
そんな青年のことを一度も見ることなく男はお気に入りの服を詰めに詰め込み……そしてカバンをしっかりと閉じた上で部屋を出て屋敷を出て、屋敷の前に待たせていた馬車列へと向かう。
その数全部で五台。
自分が乗る用に一台、食料などを運ぶ用に一台、研究用の様々な道具が一台、今まで集めた本が二台。
道具も本もどれも高級品であるため、一流と言える傭兵20人を護衛として雇い……ダレル家のバナーを下げたそんな馬車列が南方へと向かってゆっくりと進み始める。
馬車列には他にも羊の横顔のような模様が刻まれたバナー……メーアバダルのバナーも下げられていて、それはエルアー伯爵という人物からこの旅のためにと贈られたものだった。
このバナーがあれば自分達がメーアバダルの客人であることを示すことが出来る。
救国の英雄ディアスの客人であることを示すことが出来る。
果たしてそんな物に効果があるのかと男は、ちょっとした疑問を抱いたりしたが、実際のところは効果てきめん、雇った傭兵達がバナーを見るなり背筋を伸ばし態度を改めてきていて……おかげで男の内心から旅の不安など吹き飛んでしまっていた。
王都の傭兵達にまで影響力のある新参貴族とは一体何者なのか。
そして妻であるオリアナが手紙で知らせてきた、学術的に興味深い多数の情報とは一体どんなものなのか。
胸が弾み期待で溺れそうになり、揺れる馬車の不快感もなんのその、男の心は沸き立ち続ける。
まず向かうは南方、南方の港に行けば船が待っているらしい。
その船に乗りさえすればメーアバダルの地まではあっという間に到着出来るそうで……その速さは他のどんな船乗りにも真似出来ないものであるらしい。
一体全体どんな手段を使えばそんなことが可能なのか、それすらも興味深く、あれこれあれこれと考えに耽ることが出来て……結局男は一切退屈することなく港に到着することになる。
しかしてまだまだここは王領内、驚きと興奮に満ちた冒険はこれからだと男は船乗り場へと向かい、船着き場についたならなんの未練もなく馬車を傭兵達に譲り傭兵達と別れ、大量の荷物と共に随分と立派な……全く予想外の船に乗ることになる。
なんだってこんなに立派なのか、なんだって船室はこんなに丁寧に作られているのか……。
……なんだって船室の最奥、貴賓室には王の印章が押された地図が飾ってあるのか……。
それらの情報からこの船の持ち主が何者なのか、そしてその何者がどうこの船を使ったのか察した男は、より大きな興奮と共に驚きに満ちた船旅を送ることになり……そして船を操る者達といくらかの会話をしたことによって、オリアナが手紙に書いていた情報についても大体のことを察する。
「はーっはっはっは、我、見出したり! ってやつかな!
あーあー……楽しみだなぁーー!!」
甲板上に仁王立ちになり、両手を振り上げながら男がそう叫ぶと、何事だろうかと船を操る者達……ゴブリン達は驚くが、変わり者の男であればそういうこともあるかと気にしないことにして船を西へと……メーアバダルへと向けて曳いて押していくのだった。
――――イルク村を歩きながら ディアス
ダレル夫人に知らせてくれたことへの感謝を伝えてから、アルナーと一緒に薬草小屋を後にし、一旦広場に向かい……それからまずはイルク村の領主屋敷に向かうことにする。
と、言ってもそこはただの資料倉庫のようなものになるらしく、特に見なければならない部分もないのだが……まぁ、それでも一応というやつだ。
すると広場近くで鍛錬をするニャーヂェン族達とスーリオ達の姿が視界に入り込む。
色々と助言をしたお礼ということでやってきたスーリオとその部下達は、しばらくの間は隣領とこちらを行ったり来たりする生活を続けることになるらしい。
それだけの量の荷物をこちらに送るのが任務だからだそうで……スーリオ達は休むことなく移動を繰り返そうと考えていたようだが、いくらなんでもそれでは体を壊してしまうということで、こちらに来る度に数日は泊まって体を休めるようにと助言したところ、一応はそれに従ってくれていた。
しかし実際には体を休めることなく、ああやって鍛錬していることが多く……やれやれと思ってしまうが、本人達の好きにさせるしかないのだろうなぁ。
そして領主屋敷に向かうと……薬草小屋と違ってこちらはまだまだ建設途中といった様子だ。
壁も屋根もなく、まだまだ骨組みだが……二階建ての立派な建物になるらしいことはよく分かる。
……土地はいくらでも余っているのだから、苦労して二階建てにするくらいなら横に広く作れば良いと思ってしまうのだけども、二階建てを作れるという技術力を見せつけるために、わざわざ二階建てにするらしい。
洞人族なら二階だけでなく三階でも四階でもいけるらしいが……流石にそこまでは資材がかかりすぎるということで、今回は二階建てになるようだ。
そして今洞人族達は二階部分の骨組みに着手しているようで……二階の屋根近くに何か仕掛けのようなものの骨組みを作っているようだ。
あれは一体……? と、一瞬疑問に思うが、そのすぐ側に鷹人族のサーヒィの姿があって大体察する。
恐らくあの辺りに鷹人族用の出入り口か何かを作るのだろう。
手紙のやり取りを行っている鷹人族にとってこの領主屋敷は仕事場になるはずで……鷹人族のための出入り口や仕掛けがあるのは当然のことだ。
他に見るべき場所と言うと……地下室も作っているらしい、他の地下貯蔵庫に似ている構造になっていることから、食料などを保管しておく……のだろうか?
いざという時の避難先という意味もあるのかもしれない……いつドラゴンが来てもおかしくないからなぁ。
これ以上は見ることはなさそうだと、次は厩舎に向かってから迎賓館に向かうことにする。
アルナーと一緒に遠駆けするような形となって街道を東に進んでいると、草原のあちこちに白い塊を見ることが出来る。
昔は緑一色だった草原が白まみれ……それは白い草もあるのだけど、それ以上にメーアが多いようで、あちらこちらで食後と思われるメーアが寝転んでいる。
そして草原の草のほとんどがメーア達に食べられていて……草原の草が一本残らず刈り取られたようになっている、あんな有様でも翌日には新芽が生えてくるのだから、草の生命力も中々のものだ。
イルク村のメーアもかなり増えてきたけども、そこまでとなると流石にイルク村のメーアだけでは無理だ、野生のメーアもいなければ出来ないことで……一体今、何人くらいの野生のメーアがイルク村の周辺にいるのだろうか。
ここなら安全、安心して食事と子育てが出来る。
この冬に子供が生まれたばかりの子持ちメーアが特に多くやってきているようで……あちらこちらで子メーアの姿を見ることが出来る。
そしてそんな風に寝転ぶメーア達を避けるようにして犬人族達が駆け回っていて……手にしている紙束を見ながら、野生のメーア1人1人の確認をしているようだ。
恐らくはその紙束には鼻の模様が写してあるのだろう……それで1人1人の区別と確認をしているのだろう。
そんな犬人族の何人かは、野生のメーアの毛刈りをしていて……滞在費の徴収というところだろうか。
滞在費の徴収以外にも品物の売買のために毛を刈らせているメーアもいるらしく、砂糖の塊や岩塩などが毛を刈ったメーアに差し出されている。
……よく見るとメァメァメァメァと声を上げて、自分の毛の方が上質だからもっと砂糖が欲しいと、そんな交渉をしているメーアもいるようで、交渉相手の犬人族は困ったような表情でそのメーアを宥めている。
他にもブラッシングや蹄や角の手入れなどといった、手入れもしてもらえるらしく、嬉しそうな表情で手入れを受けているメーアもいる。
徴収に関しても嫌がっているメーアはいないようで……むしろ進んで支払いをしてくれるものだから犬人族達は大忙しのようだ。
そしてそんな草原を貫く街道を進んでいると、街道近くで休んでいたメーア達がメァメァと挨拶をしてくれて、近くの犬人族達も挨拶をしてくれる。
……それは本で読んだ王族に挨拶をする民衆のようでもあり、嬉しくなると同時にどこか照れくささもあるけども、相手がメーアということでいくらかは気楽に思えるなぁ。
そうして私とアルナーはメーアまみれの草原を眺めながら、迎賓館側にある領主屋敷へと向かうのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はもう一つの領主屋敷やら何やらです




