一方その頃の人々
・現在の王子王女の状況
・リチャード
健在、王城の実質的支配者で、政務にも手出し口出ししている
直属の騎士団に貴族から没収した領地を与えて改革の真っ最中
・マイザー
失脚、リチャードに身柄を確保されその後は不明
・イザベル
健在、元帝国領土で内政に励んでいる
・ヘレナ
健在、これといった活躍はなし
・ディアーネ
失脚、幽閉中だったが、色々とあって盗賊狩りなどで活躍中
――――王都 大市場で
「突然のドラゴン襲来に、王様のご病気に驚くことばっかりだったけど、落ち着いてみれば以前より暮らしやすくなっちゃったねぇ」
昼前、人々が行き交い賑わう市場で、露店を出している女性がそんな声を上げると、隣の露店の店主の男性が言葉を返す。
「……そう言やぁそうだな、最近は変な騒動も起きてねぇし、役人も難癖つけてこなくなったし……ふと気付けば楽な暮らしが出来るようになったなぁ」
「それだけじゃぁなくて王太子様のお慈悲とかで市場税が来月からなくなるそうよ。
近くの農村でも税が安くなるってお祭り騒ぎになってたわよ」
「……マジか、そりゃぁまた王太子様々っつぅか、王様が病気になってくれてありがてぇってなもんだな」
「ちょっと、言い過ぎよ」
「なぁに、このくらいじゃぁ役人が騒いだりはしねぇよ」
と、そんな会話が行われるくらいに王都は落ち着いた空気に包まれていた。
ドラゴンの襲来、王の失踪……それを受けて第一王子リチャードは、王が病気のため静養に入ったと発表、自らの立太子を強行し、王太子……次代の王としての地位を盤石なものとしていた。
立太子に関しては当然のように反対意見があったが、第一王女派閥、第二王女派閥共に王の失踪という異常事態を受けて、権力争いよりも王政の安定をと望み、一時的にリチャードへの協力を表明……王不在の中での立太子が無事に成立する運びとなった。
この流れには神殿の協力も大いに影響していて……各地への根回し、交渉などを積極的に行った神殿の地位もまた、盤石なものとなりつつあった。
今まで政務を担っていた重鎮が相次ぎ戦死し、政務の骨子である王が失踪……人材育成に励んでいたリチャードではあったが、その穴を埋めるのは難しく……仕方無しに神殿に協力を要請しての、その結果だった。
それだけでなく神殿は、積極的に治安維持や汚職対策にも乗り出していて……結果、王都周辺の暮らしは劇的に改善、リチャードへの支持もまた盤石なものとなりつつあって……王都で暮らすほとんどの者達がその状況を歓迎していた。
では誰が歓迎していないかと言うと、それは誰あろうリチャードなのだろう。
適当に利用した後に、無能貴族と同様に力を削ぐはずだった神殿に力を与えてしまった、勢いを与えてしまった。
神殿が動いた結果が悪ければまだ打つ手もあったが、結果は文句なしの最高……上手くいってしまったがために頭を抱えるという、なんとも苦々しい状態にあってリチャードは、とにかく機を待つことにしていた。
騎士団領の運営は順調……そんな騎士団に憧れて入団を希望する者も増えている。
戦中の傭兵達のほとんどを雇い入れ、人材を教育するための設備も整った。
騎士団という武力を掌握し、そこで育った人材を積極的に登用し、政務に携わらせれば政務も掌握することが出来る。
それからであれば神殿も他国も国内の不穏な勢力もどうとでも出来る。
そう確信していたリチャードはとにかく機を待つことにした。
……と、そんな王城の状況を理解しているのはこの王都でもごく一部であり……その一部である若い女性が、リチャードにも負けない苦々しい顔をしながら、市場を通り抜けていく。
安定した状況を喜ぶ声、神殿の動きを歓迎する声、神殿に足繁く通うようになったという声。
市場のあちこちで耳に入るそんな声が女性の顔をどんどんと苦々しいものとし……美人と評判の女性の顔は凄まじい形相へと変貌してしまっていた。
「ダメよ、ダメに決まってるじゃないそんなの、連中はお父様の敵なんだから。
お父様の伯父様の敵なんだから……失脚しなきゃダメなのよ」
長く揺れる黒い髪に切れ長の黒目、流行りの化粧をしっかりとして、貴族にも負けない美しいドレスを身にまとい……だというのに形相は凄まじく大股でずんずんと歩く女性がそんな小声を上げると、使用人のような服装、態度ですぐ隣を歩いていた男が小声を返す。
「……お前、こんな大通りでそんなこと言うんじゃねぇよ。
つーか、そんなにオヤジのことが好きなら会いに行けばいいじゃねぇか」
「アンタ何言ってんの? そりゃぁ会いに行きたいけどそれ以上にお父様の名声を高めることが大事なんじゃないの。
名ばかり公爵なんて評判、そんなの許さないわよ、救国の英雄なんだから王国一の公爵でなければダメなの、お父様なんだから一番に決まってるの。
それにはまず王都から良いイメージを広げていくのが大事なんじゃないの、ギルドの仕事だってあるし、ゴルディアさんがあっちに行っちゃったからには、私がここで踏ん張らなきゃいけないんじゃないの。
演劇で、音楽で、芸術で、あらゆる手段でお父様の名声を高めるの……戦中からやっていたけど、戦後の今こそ頑張らないといけないでしょ。
そしてその適任はこのわ・た・し! 王国一の美貌と美声と天才的な頭脳を持つこの私以外に一体誰が適任だっていうのよ」
「……お前が天才なら、オレは何になるんだよ……。
まぁ、王都での仕事が残ってるってならそれも良いが……新道派の台頭ねぇ。
まさかって流れでそうなっちまったが、そっちはどうするんだ? 放っておくのか?」
「……それは考え中よ。
お父様と家族のことを考えればいつか潰さなきゃいけない相手なんだけど、どう潰すのが良いのか……この機に流れを掴むような連中となると一筋縄ではいかなそうなのよね。
それなりの指導者がいるはずで……そいつをどうするかなぁ、もう面倒くさいから暗殺とかかなぁ」
「……だからそういうことをこんなとこで言うんじゃねぇよ。
それに王都一の大女優様が、そんな顔しながら大通りを歩いてて良いのか?」
「私のことを知っているなら演技の練習と思ってくれるはずだから問題ないわよ。
何しろこの私は歴史に残るような大悪女でも演じられるんですからね……。
それもこれも、あんな状態だった私を助けて育ててくれたお父様のおかげ……あぁぁぁ、私が男だったらお父様役を演じるのに……」
「別に女がやったって良いと思うがな……。
……ああ、それとあのおっさんについてはどうする? これまで怪しい動きはなし、オヤジのために働いてるってのは本当で……地道な努力の成果か、それなりの勢力を築きつつある。
……協力するのもありだと思うが……?」
「ああ、エルアー伯爵だっけ? まぁ良いんじゃない? お父様に直接会ったことで、その威光にひれ伏したっていうのなら、使ってあげても良いと思うし……。
とりあえず伯爵の食事会にでも顔を出してあげましょう、この大女優が顔を出せば多少の箔がつくでしょ」
「……はいはい」
と、そんなことを言いながら2人は市場を貫く大通りを通り抜けていく。
その会話に気付いた者はいなかった。
数人が劇場でよく見る女優だと気付きはしたが、その表情に気圧されて近付こうともしなかったからだ。
そしてその数人は女性の思惑通り、演技の練習なのだと思い込んでくれていて……そしてその数人は、今度は一体どんな演技を見せてくれるのかと期待に胸を躍らせながら、いつもの暮らしの中に戻っていくのだった。
――――一方その頃 獣人国 都の中央城で
軍事的な価値はなく豪華で横に広く、華浩城との愛称で呼ばれることもある獣王の居城の最奥……限られた人間のみが立ち入ることの出来る評定の間にて、獣王を前にして平伏していたキコの耳に入ったのは、報告書の束に目を通していた獣王のため息とそれに続く言葉だった。
「ふぅー……これ程の人物が人間族とはなぁ、実に惜しい。
獣人であったのなら、我が国に迎え入れられただろうに……。
鉱山開発の投資を求めたかと思えば、数年もしないうちに開発に成功し、鉄鉱石も地金も上質。
約定を守るどころかそれ以上の品をこちらに送る準備を進めていて……国境周辺の治安維持にモンスター駆除にと協力的な一方で見返りは一切要求しない。
……いやぁ、参っちゃうよなぁ、獣王顔負けって言うかさ、家臣に欲しくなるって言うかさぁ、二……いや、三国与えても良い。
キコ、どうにかならない?」
あぐらを組み、膝に肘を置き、だらしなく顔を預ける長く波打つたてがみを揺らす獅子人族の獣王。
獣人国において間違いなく最強、人徳に優れ判断力もあり……欠点があるとすれば人品の良し悪し両方を愛してしまう人材収集家。
善人なら善意を活かせる場所で、悪人なら悪意を活かせる場所で登用すれば良いという考えを持っていて、そんな考えを後押しするかのように魅力に優れて誰からも好かれ愛される。
そんな獣王の言葉を受けて顔を上げたキコは、ゆっくりと口を開く。
「仮に参議達が人間族の登用に賛成したとして、メーアバダル公は何を与えると言っても王国を離れることはないでしょう。
あの草原と領民を愛しておりますし……そういった欲がないお方なので……。
一切の邪心がないからこそ、こちらではなく何もない南の荒野の開拓に意欲を向けておられるようで……既に海まで川を流し、乾いた大地を癒やし、開墾に着手しているとか」
「はぁー……偉いよねぇ、すごく偉い。
あの草原に来てから成功し続けでさぁ、うちとも上手くやっていて……それで? 中央に褒美を求めたりしてないんでしょ?
土地寄越せとか茶器寄越せとか、事あるごとに要求したりしないんでしょ?」
「はい、そのようです。
食料や土地、富が必要であれば自ら手に入れるという考えのお方なので……。
あの草原と公爵の地位も自ら望んだものでは無いそうです」
「はぁー……メーアバダル公が余の下にいれば天下統一も夢じゃぁないんだろうなぁ。
それどころか大陸統一だってあり得ただろうに……。
獣人ならなぁ……獣人だったならなぁ……耳とか尻尾とか、隠してたりしないかなぁ?」
「まず間違いなく無いでしょう。
獣人亜人のことを最近までご存知なかったそうですし、あのままあの地を治めていただくことが最上かと。
あの地にメーアバダル公が健在である限り、極東の統治で頭を悩ませることはないでしょうから」
そう言ってからキコは、獣王の表情を確かめる。
本当に、心の底から残念そうにため息を吐き出していて、子供のように拗ねた表情をしている。
しかしその表情は王の一側面でしかなく、いざ政務や軍事となれば、全く別の表情を見せて的確な決断をして見せる。
ただしその決断は国民のためではなく、あくまで自らのためのものであり、自らの地位のための的確さであり……先ほど口をついてでた天下統一という言葉も、本当に望んではいないのだろう……。
獣王の政策からは国内が多少は荒れていた方が自らの価値が高まると、統治がしやすくなると考えている節すら感じられた。
それでも彼以外に獣王を務められる者は他におらず……キコは何の不満を抱くこともなく、ただ頭を下げる。
そんな内心を読み切っているのだろう「ははっ」と小さく笑ってから獣王は、キコに褒美を出すように部下に指示を出してから、報告書を脇に投げ置いてから立ち上がり、これ以上話すことはないと態度で示してから、評定の間を後にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はディアス視点に戻ってのあれこれです
そして今回で500話達成となりました!
まさかの500話! ここまで続くとは全く思っていなかったので自分でも驚く限りです
これからも皆様に楽しんでいただけるよう、頑張っていきますので、引き続きの応援をいただければ嬉しいです!
どうぞ領民0人スタートの辺境領主様をこれからもよろしくお願いいたします!!




