英傑の血
ネハがフランシスのことを撫でていると、駆けてきた子供達に遅れてフランを始めとした六つ子達がやってくる。
六つ子達はそろそろ1歳、すっかり大きく成長し、大人のメーアと生まれたばかりのメーアの中間のような大きさとなっていて……その中でもフランの体が特に大きくなっている。
冒険心溢れるフランは毎日毎日、誰よりも多く辺りを駆け回り、誰よりも多く食事をしているので、その分だけ体の成長が早いのだろう。
普通のメーアは自分の毛を美しくすることに意識を向けるのだが、フランはそちらにはあまり興味はないようで、毛繕いやブラッシング、水浴びも積極的にやらないのでフランソワに怒られていることをよく見かける。
だけどもへこたれない、その冒険心を燃やすことを止めようとしない。
元気いっぱい目を輝かせ、空を舞い飛んだあの時以上の興奮を手に入れようと日々邁進していて……そんなフランの背には鷹人族の子供チャイの姿がある。
チャイはとても賢い、他の卵からもどんどん鷹人族の雛が産まれているのだが、その賢さは赤ん坊らしいものとなっていて……言葉を話せる子は1人もいない。
冒険心溢れるフランと、賢さ迸るチャイ、真逆のようでどこか似ている2人はいつの間にか仲良しとなっていて……今日も2人は一緒に行動していたようだ。
「メァ~~!」
「お客様、はじめましゅて、チャイといいましゅ。
どうぞゆっくりしていってくださいましぇ」
ネハを見つけるとフランとチャイは、そう挨拶してペコリと頭を下げ……ネハはそれを見て目を丸くし硬直し……挨拶を終えて去っていくフラン達を無言で見送る。
まぁ、うん、驚く気持ちは分かる。
チャイの賢さは言葉を聞いて覚えたとか、そんな話では済まないからなぁ。
そうしてフラン達を見送ったネハは、笑顔とはまた違う、喜びに満ちたにんまりとした表情でこちらに振り返り、ゆっくりと声を上げる。
「英傑の血が覚醒しているなんて……いえ、この地のあり様を見ればそれも当然ではございますが、ほんっとうに驚かされました。
……英傑の血は、獣人に稀に授けられる特別な力、真なる力持つ覇者の側にあって初めて覚醒する力。
ただの伝説かと思っていましたが、まさかこの目にすることが出来るなんて……思わず興奮してしまいます」
「うん? 英傑?? そういう伝説があるのか?」
「はい……内容はそう大したものではございませんが、獣人国では昔から語られているお話でございます。
昨今の獣人国では参議になるような方々を英傑の血と呼んだりしていますが……本物を見た今では比べることも出来ません。
あの子達はきっと、大人になったなら英傑らしい活躍をし、この地に恵みをもたらしてくれることでしょう。
……そして、もしかしたならメーアバダル公を王へと押し上げてくれるかもしれませんよ?」
「……私を王に? それはないだろう。
そんな器ではないし、フラン達もそういったことは望まないはずだ。
私としてもそんなことに関わるよりも、2人には楽しいこと……色んな冒険をして欲しいかな。
空はもう飛んだ訳だから……次は海を渡る、辺りになるのかな?」
と、私がそう言うとネハは更に柔らかな、喜色でいっぱいの顔となり……そして二、三の言葉を交わしてから満足そうな一礼をし、竈場へと去っていく。
……明日には隣領に帰るんだったか、最後はよく分からない話となったが、まぁ、うん、有意義な話も出来たと思うし、しっかりと歓迎出来たと思うし、良い結果になったと思う。
これからこちらに来るだろう人々とも同じように上手くやっていけたらと思うが……どうなるだろうなぁ。
まぁ、皆がいれば何があっても対応出来るだろうし、悪い結果にはならないだろう。
なんてことを考えていると今度は、鷹人族の雛の行列がピピピピピと声を上げながらやってくる。
こちらへとやってきたと思ったら右へ行ったり左へ行ったりフラフラとし、あちらこちらを見て目を輝かせ……だんだんと行列が崩れていくが、列の後方から見守っていた鷹人族のヘイレセが声をかけるとまた行列が出来上がって歩き始め……しかし好奇心が抑えきれずまたもフラフラとし始める。
目をキラキラ輝かせクチバシをパクパクとさせて、何なら私のことも興味深げに眺めてきて、特に理由もなくズボンの裾をクチバシでついばんでくる。
「よしよし、今日も皆元気だな」
しゃがみ込んでそっと手を差し出し……雛達が興味を示して近付いてきたなら、そっと首の辺りを撫でてやると、嬉しそうに目を細めてピピピピと鳴く。
そして、
「でぃ、でぃ……でぃあ!」
と、言葉のような鳴き声のような、どちらとも取れる声を上げ、それを受けて静かに見守っていたヘイレセが凄い勢いで飛び込んできて、雛をそっと翼で抱きながらクチバシを開く。
「言葉を! 初めての言葉を!!
ママじゃないのは寂しいけど嬉しい!! 最初の言葉がディアス様のお名前だなんて、なんて素晴らしいの!!」
すると雛は母親の喜び様が嬉しかったのだろう「でぃあ! でぃあ!」と繰り返し声を上げる。
すると他の雛達まで「でぃあ! でぃあ!」と声を上げ始め……うぅん、鷹人族の子供達全員の第一声がでぃあになってしまった。
パパ、ママや、サーヒィ達の名前の方が良かったと思うのだけども……まぁ、うん、子供達のすることだ、大人達の思惑通りにはいかないものなのだろう。
「ピピピピ! でぃあ! でぃあ!」
「ピ~~!」
「でぃあ~!」
そして雛達による大騒ぎが始まって、それを聞きつけてかサーヒィが慌てた様子で飛んできて……そして雛達が上げている声を聞いて驚いたのかがっかりしたのか、とにかく予想外であったらしく、がっくりと高度を落とし地面に落下しそうになる。
それを見て大慌てとなった私が落下してきたサーヒィを受け止めると、うなだれたサーヒィが声を振り絞る。
「……なんでだよ~~、毎日世話してたのはオレなのに~~」
「ま、まぁ、子供というのはそういうものだしなぁ……深くは気にしないことだ。
物心つけば家族が一番というのはどの種族も変わらないはずだし、子供達もきっとサーヒィのことを好きになってくれるはずさ。
もちろん、そのためのサーヒィの努力も必要になってくる訳だが……その辺りの心配の必要はないだろう?
何しろ毎日毎食、子供達のための食事を作ってあげているんだしなぁ」
基本的に鷹人族の子供への食事は、親が口の中で柔らかくしたものを与えるものらしい。
……が、サーヒィ達はわざわざ鍋などを使っての調理に挑んでいて……口の中でどうこうしたものではなく、しっかりと調理したものを子供達に与えている。
これからイルク村は様々な種族が住まう村……いや、街になっていくだろう。
そうなった時、より文化的な暮らしをしていた方が他種族に受け入れてもらえるはず……と、サーヒィ達は考えているようで、洞人族達に頼んでクチバシで使えるようにしてもらった木匙などを頑張って使っての調理に挑んでいる。
子供達の未来のため、イルク村の鷹人族の将来のため……サーヒィ達のそんな頑張りはきっと、子供達にも伝わってくれるはずだ。
「お、おう、そうだよな……子供達が見ているんだから、父親であるオレがしっかりしないとな。
……悪かったな、ディアス、迷惑かけちまった」
と、そう言ってサーヒィは翼を力強く振るって大きく飛び上がる。
早く高く、大きく飛び上がったサーヒィを見上げて雛達は、ピピピ、ピピピピピと元気な声を上げ、小さな翼をパタパタと動かし……いつか自分も空を飛びたいと、サーヒィのようになりたいと、そんな気持ちを精一杯に表現するのだった。




