ネハの帰還
翌日。
ネハ達が隣領に帰還するとなって、朝からその支度やらで騒がしくなり……私達も片付けなどを手伝っていると、護衛の一人……女性と思われる鎧姿の獣人がネハに声をかける。
「あの、ネハ様……ジュウハ様からの依頼をお忘れでは……?」
それを受けてネハは半目になり、小さなため息を吐き出し「そうねぇ……」なんてことを言ってから、渋々といった様子で馬車からいくつかの荷物を取り出し、それらを広げ何かの準備をし始める。
その様子が少し気になりはしたが、まずは片付けだと手伝いを優先し……あらかたの荷物を片付け終え、あとはネハが広げた荷物だけだとなって、改めてネハの方を見やるとネハは、丸いテーブルを用意し、その周囲に木箱を積み上げ、テーブルの上にはポットやカップを用意し……と、マヤ婆さん達がたまにやっている茶会のような場を作り上げていく。
それらが終わったなら積み上げた木箱を開封し、中に入っていたらしい砂糖菓子と思われるものをテーブルの上に並べていって、それから私の方に向き直り、声をかけてくる。
「えぇっと、アタクシはあまり乗り気ではないのだけど、ジュウハちゃんから頼まれたことがありまして……。
こちらでお茶とお菓子を振る舞いたいと思うのですけど、よろしいでしょうか?
……そうやって皆様に我が領の名産品の味を知ってもらい、たくさん買っていただけるようにしたいんだそうです。
こういうのは少し下品と言うか、本当にアタクシ好みではないのだけど、ジュウハちゃんが言うには、今のうちからこうしておかないと、将来の禍根になるって言うのよねぇ」
「禍根? 茶と菓子が?
……まぁ、ジュウハがそう言うのなら間違いではないのだろうが……」
と、私が返すとネハは、ジュウハからしつこいくらいに聞かされたという話をし始めてくれる。
隣領ではメーア布が大人気となっている。
質が高く数が少なく、服にしてよし絨毯にしてよし、夏も冬も使えて洗濯などがしやすくて、その上耐久力もあると悪い所が一つもないと話題らしい。
そして私達はそのメーア布を売った金で食料や酒や消耗品、家畜関連のあれこれなどを買っていて……今は売った分だけ買って手元にはほとんど銀貨金貨が残らないという状況となっているのだが、ジュウハが言うには近い将来、この状況が崩れてしまうらしい。
現状、食料のかなりの部分を隣領に頼っているメーアバダル領だが、畑の拡大やゴブリン族との交易で、段々と隣領に頼らなくても良い状況が出来上がりつつある。
家畜に関してもある程度数がいれば、繁殖で増やしていくことが可能で……いずれは買わなくなっていくことだろう。
鉱山や工房も順調で、消耗品なども買わなくなりつつあり……数年のうちに取引がなくなる、かもしれないとか。
それでいてメーアの数が増えることでメーア布の生産、出荷量が増えていて……こちらがメーア布を売りつけるだけの一方的な状況になってしまう、らしい。
ジュウハの予測によると人口が多い隣領では、こちらのメーアが今の10倍、20倍の数となってもその需要が満たされることはないとかで、メーア布の価値が落ちることはないらしい。
治安が回復し景気が良くなったことで、人口が結構な勢いで増えていることを考えると、むしろ価値がどんどん上がっていく可能性すらあり……そうなると隣領の銀貨金貨がどんどんこちらに流出してしまう形になるんだとか。
領内の銀貨や金貨……というか、銀と金が減ってしまえば、その価値が乱高下するかもしれず、そうなると硬貨での納税や他領との取引が難しくなり、兵士を雇うことすら難しくなり、治安が悪化してしまうかもしれない。
そうならないためには隣領の商品をこちらが買う必要がある訳だが……食料や家畜や消耗品はいずれ売れなくなってしまう。
ならばどうするのか……隣領でしか手に入らない何かを、名産品を買ってもらうしかない。
隣領の名産品と言うと砂糖と茶や香辛料となり……それらの味を今のうちから知ってもらっておけば、こちらの生活に欠かせない必需品とすることが出来れば、そういった不安を払拭できるんだとか。
「お砂糖は甘く、お茶は香り高く、美味しい一級品を味わったなら必ずや虜になってくれるはず。
出来れば子供のうちから馴染んでもらい、大人になっても買い続けていただけるような、そんな状況を作りたい……と、ジュウハちゃんがしつこいのよねぇ。
お砂糖は確かに美味しいのだけど、過ぎれば毒になるし、お茶だって子供のうちから飲むのはアタクシちょっと賛成できないのよねぇ。
香辛料をたっぷり使った料理とか、香辛料を使ったお茶なら良いと思うのだけど、ジュウハちゃんったらそれだけじゃ駄目だって……。
そういう訳でメーアバダル公、こちらの皆様にお茶とお菓子を振る舞いたいのだけど、構わないかしら?」
と、どこか不満そうなネハにそう言われた私はしっかり頷き、言葉を返す。
「ああ、もちろん構わないぞ。
子供達が食べすぎないよう、飲みすぎないよう気をつけるのはこちらでやるとしよう。
アルナーや婦人会に頼めば協力してくれるだろうし……そういったことを教えるのはエイマやダレル夫人や伯父さん、マヤ婆さん達も得意としているから問題はないはずだ。
それとジュウハが心配していることについてだが、隣領から銀貨や金貨がなくなる程売りつけたり、儲けたりしないつもりだから安心して欲しい。
私達は商人ではないんだ、そこまでして金銀を集める必要なんて―――」
と、私がそう言った所で、片付けを手伝っていたゴルディアやイーライ、それとエリーが肩をびくりと震わせる。
更にはセキ、サク、アオイの三兄弟までは露骨に動揺した様子を見せていて……どうやら商人組の考えは違ったようだ。
そんな面々を軽く見やってから、小さな咳払いをした私は、改めて言葉を続けていく。
「……そこまでして金銀を集める必要はないだろうし、もし問題となったとしても上手く解決出来るよう協力するつもりだ。
それにこちらだって人口が増えるかもしれないし、ゴブリン達のために色々な品を買うことになるかもしれないのだから、ジュウハの言うような状況にはならないと思うぞ。
こちらもそうならないよう対策を考えるなり、今のうちから出来ることをしておくし……それでも問題になりそうだったら、そうなる前に相談してくれとジュウハに伝えておいて欲しい」
するとネハはにっこりと微笑んでくれて「お願いします」と、そう言ってから茶会の準備を進めていく。
それに話を聞いていたらしいアルナー達が合流し、同じく話を聞いていたらしい子供達の期待の視線を上手く受け流しながらの準備が進んでいく。
そうこうしていると、強い風が吹いてきて……今までとは違う、温かな空気が流れ込んでくる。
それは久しぶりに感じる春の空気で……それを受けて笑みを浮かべた皆は、一層やる気を出してそれぞれの仕事に向き合い、元気に働いてくれる。
そうして春風の下で行われた茶会は、賑やかに盛り上がっての大成功となり……茶会を終えたネハは、
「おかしありがと~!」
「おいしかったです!!」
「またきてね、です!」
なんて子供達の声をいっぱいに受け止め、満面の笑みとなって隣領へと帰っていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はサーヒィと子供達のあれこれの予定です




