赤ん坊の世話とか
登場キャラ紹介
・オリアナ・ダレル夫人
人間族、女性、王都からやってきた貴族夫人で、貴族子女の家庭教師をしていた、今は主にディアス、アルナー、セナイ、アイハンの教育係で……アルナーもセナイもアイハンも優秀なので時間を持て余し気味
犬人族の赤ん坊が53人、メーアの赤ん坊が12人。
これが今回産まれた赤ん坊の数だ。
メーアの子供達はフラン達よりも大きい体で産まれ、数日で元気に動き回るようになり、フラン達にとって良い友達であり後輩であり……メーア達がしっかり見てくれていることもあって、世話に手がかかることもなく、特に問題も起きなかった。
問題があったのは犬人族の方で……一部が安産とはいかず、何度か安産絨毯を使うことになり、結果としては無事に出産は出来たし、母子共に命の危険はないのだけども、母親がしばらく体を休める必要があるとかで、その赤ん坊の世話を皆でやる必要があった。
ただでさえ数が多く大変なのに……と、出産直後はかなり慌ただしいことになったが、ダレル夫人とフェンディアが指揮をとり始めるとそれもすぐに落ち着き……慌ただしさは次第に落ち着いていった。
特にダレル夫人の活躍は凄まじく、子育て経験が豊富で、子供や赤ん坊が大好きで、ついでに犬人族のことも大好きで……そんなダレル夫人のやる気は凄まじく、世話の中で赤ん坊が漏らしてしまった汚物を躊躇することなく手で受け止め、服が汚れても嫌な顔をせず、母親達を休ませるために自分は徹夜をし……と、その活躍ぶりは犬人族も驚く程だった。
仲間思いで赤ん坊や弱いものを守ることを信条としていて、その世話も大好きな犬人族達だが、ダレル夫人の熱心さには驚いたようで……他種族である彼女がそこまでしてくれるというのは、犬人族達にとってちょっとした衝撃だったようだ。
それでいて世話が上手く、夜泣きの際の寝かしつけなども得意で、毛並みを整えるのも上手と文句のつけようがない。
私もそれなりに世話に慣れているつもりだったし、フェンディアやパトリック達も中々のものだったが、ダレル夫人は別格で……自然とダレル夫人は犬人族達からの敬意を集めるようになっていった。
「一緒にしては失礼なのでしょうけど、人間の赤ん坊も猟犬の赤ん坊もたくさん世話をしましたので、このくらいは何でもありません。
大人しく可愛らしく、賢い犬人族の方が何倍も楽かもしれませんね」
と、微笑みながらそう言ってダレル夫人は状況が落ち着くまで世話をし続けてくれて……これには本当に助けられた。
そしてモンスターの襲撃など、あれこれ警戒はしていたが、特に何も起こることなく……今回の出産もまた大成功と言って良いだろう。
「いやぁ、可愛い赤ん坊の寝顔を見ていると早く自分も子供が欲しいなんてこと思っちゃいますよねぇ」
出産が落ち着いてから数日経っての昼前、村の外れで爽やかな笑みを浮かべたクラウスがそんな声を上げる。
結婚してからそれなりの時間が経つクラウス達、子供が出来ないことがちょっとした悩みだったようだが……伯父さんから人間族と犬人族でも問題なく子供が出来ると教えてもらったことと、マヤ婆さんの占いで『遠からず』という結果が出たことで、その悩みも払拭されたようだ。
「くそっ……何なんだよ、こいつは……。
あたし相手なら雑談しながらでも余裕だってのか……」
と、声を上げたのはアルハルで、今二人は木製武器を使っての鍛錬……というか模擬試合のようなことをしている。
クラウスは槍、アルハルは剣や短剣、投げナイフなどなど。
実力はクラウスの方が完全に上で、最初は一切の手加減なしでアルハルを圧倒していたが、途中からは手加減をして、見学者である私との雑談をしながらアルハルの猛攻をしのいでいる。
とは言えアルハルが弱いのかと言うと、そうでもない。
動きも良いし、武器の扱いも上手い、素早く柔軟、跳躍力なんかも驚く程で……身体能力の多くの点でクラウスの上を行っているだろう。
ただし戦闘経験はクラウスが圧倒的で……その経験からアルハルの動き全てに完璧に対応していた。
「そんな真っ正直に正面から来るんじゃなくて、もっと背後とか取った方が良いと思いますよ。
足音や気配を消すのも上手いようだし、不意打ちとか奇襲とか、そういった戦い方の方が向いているんじゃないですかね」
そうクラウスが助言するとアルハルは歯噛みをしながらその通りにしようと、クラウスの周囲を移動し始めるが……今更そうしようとしても手遅れというか、疲れ始めている状態でそんなことをしても余計に疲れるだけとなってしまう。
逆にクラウスはアルハルの動きの中心でただ待ち構えるだけでよく……アルハルのあの素直さは美点でもあるけど、欠点でもあるなぁ。
クラウスの助言も決して悪意のあるものではないのだけど、あくまでクラウス並に体力がある前提……無茶な行軍を余裕でこなせる兵士としての訓練を経ている前提で、アルハルにそれをやれというのは少し酷のようだ。
「アルハル、一気に突っ込んで体当たりするつもりで攻撃したらなんとかなるかもしれないぞ!」
「ちょっ、ディアス様!?」
そんなアルハルを見かねて私がそう助言すると、クラウスが悲鳴のような声を上げ、そしてアルハルはまたも素直に突っ込み、一気にクラウスとの距離を詰める。
クラウスは地面を蹴って距離を取ろうとすると同時に、そんな攻撃はもう何度も受けてきたと言わんばかりに器用に槍を振るってアルハルを攻撃しようとする……が、アルハルは普通の人間には難しい速度と柔軟さでしゃがみこんで避け、追撃ものけぞってよけて……と、クラウス以上に器用に避けて何度も何度も、素直過ぎる程素直に突っ込んでの連続攻撃を試みる。
クラウスも負けじとそれを回避したり槍の柄で防御したりとする……が、ここで身体能力の差が出たのだろう、短剣の一撃が脇腹にスッと入る。
「ぐあぁーーー! やられた!!」
そう言って本当に悔しそうにするクラウス、その一撃だけではクラウスの負けとは思えないし、大したダメージにもなってないはずだが……それでも悔しいのだろう、表情は敗北感でいっぱいだ。
「へ……へへへへ、やってやったぜ」
逆にアルハルは嬉しそうな顔をしていて……息は切れて冷たい風が吹いているのに汗でぐっしょり、まっすぐ立てずに膝が笑っていて……どうやらもう体力の限界のようだ。
「し、しかし王国軍ってのはこんな兵士ばっかりなのか……? クラウスって下っ端だったんだろう……?
ディアスだけが凄かったのかと思えば、こんなのが下っ端って……。
ニャーヂェン族もうかうかしていられないな……」
アルハルはそう言葉を続けて……限界だったのか雪の上に座り込み、ぐったりと項垂れる。
……なるほど、急にクラウスに鍛錬をと言い出して何事かと思えば、クラウス……というか王国軍がどれくらいの強さなのかを知りたかったのか。
自分達……ニャーヂェン族がここに来た際にどんな仕事を出来るのか、どんな仕事をしたら良いのか、そこら辺の判断のために知りたかったのかもしれないなぁ。
「皆ー! ご飯そろそろだよー! 今日はリンゴ魚のステーキとクリームスープだよー!」
「こうしんりょうやきも、あるよー!」
と、そこにそんな声を上げたセナイとアイハンが駆けてくる。
そうやって村中に昼食が出来上がったことを報せているのだろう……何人かの犬人族の子供もそれを真似する形で一緒に駆けていて……そうやって出来上がった子供の一団は私が手を上げて分かったと返事をすると、他の場所に報せるためかどこかへと駆けていく。
「……そう言えば、凄い数の赤ん坊が産まれたみたいだが、食料は大丈夫なのか?
ゴブリンがたまたま魚を持ってきてくれたから今は何とかなっているみたいだが……これからも大丈夫なのか? ちゃんと考えているのか?」
昼食のためか立ち上がってそう問いかけてくるアルハルに……クラウスは少しだけ不満そうな顔をし、私はそんなクラウスに「まぁまぁ」と声をかけ手でもって制し、それからアルハルに言葉を返す。
「十分備えているから大丈夫だよ。
氷を運び込んでいる地下保管庫にもたっぷりあるし、倉庫にもあるし……もし足りなくなっても、隣領やゴブリン達に頼めばなんとか都合してくれるだろう」
「……そんなことで良いのか? 食料はここだけで賄うようにした方が良いんじゃないか?
どこかに頼り切りっていうのは……怖くないか?」
「そこまで心配するようなことでもないだろう。
……というか、今日までのほぼ2年、多かれ少なかれ他所からの食料に頼ってやってきているからな、今更だよ。
それに、そうやって頼っているからこそ頻繁に商売をする必要があって、交流する必要があって……仲良くする必要もあるから、逆にその方が怖くないというか、平穏に暮らせると思うよ。
頼っているから……頼られているから、仲良くしようとなって、いざという時には助けようとなる……とか、そんな感じだ」
私がそう返すとアルハルはきょとんとした顔をし……何故だかクラウスは自慢げな顔をする。
「もし領内だけで食料をなんとか出来ていたら、獣人国とは今みたいな関係じゃなかったかもしれないし、あの時助けにいかなかったかもしれないし、アルハルとも出会わなかったかもしれない。
明確な根拠のある話ではないが……お互い何か足りないくらいが仲良く出来るコツなのかもしれないなぁ」
更に私がそう続けるとアルハルは、腕を組んで考え込み……考え込みはしたものの答えが出なかったらしく、小さなため息を吐き出し……それから「飯だ飯」と、そう言って広間の方へと足を進める。
それに続いて私とクラウスも広間に足を向けて……それから皆でリンゴ魚たっぷりの昼食を楽しむのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は少し別視点もやるかも……しれません。




