絨毯治療
父メーアが血まみれの状態で、イルク村からすぐの場所で……北にある氷用のため池から少し進んだ辺りで見つかった。
サーヒィの妻、リーエスからのそんな報告を受けて私は、即座に駆け出し倉庫に向かい絨毯を肩に担いで、そこから更に全力で駆けて駆けて……アルナーや他の皆がそんな私を追いかけてくる。
そうやってリーエスが示す方向へと駆け続けていると、血まみれで横たわるメーアと寄り添うフラン、それと上空を飛び回って周囲を警戒しているサーヒィの姿が視界に入り……更に勢いを増しながら駆けて、メーアの側に到着したなら絨毯を地面に広げる。
それからメーアをそっと抱き上げてやって、絨毯の上に移動させ……絨毯は起動させずにアルナー達の到着を待つ。
するとすぐにアルナーと、いざという時のために用意していた何人かの犬人族達が牽くメーアワゴンと、それに乗った何人かの洞人族と……それと婆さんの一人、髪を短く整え気難しい顔をしたヒィア婆さんが到着する。
「絨毯はまだ使うなよ!」
そう声を上げたアルナーが毛刈りハサミを取り出し、父メーアの毛を……血に濡れた部分や、血が出ていると思われる部分の毛を刈り取っていって、その後に清潔な布と水桶を持ったヒィヤ婆さんが傷口の状態の確認をするために傷口の周囲を綺麗に拭いていく。
……絨毯が手に入った数日後、私達は絨毯の力がどういったものなのかという確認を行っていた。
どの程度の大きさ、深さの怪我まで治せるのか、どのくらいの早さで治せるのか……絨毯で治した傷に後遺症はないのか、などの確認だ。
軽い傷を作って試して、誰かが怪我をしたならそれ利用させてもらって試して、流石に重傷を意図して作る訳にはいかないのでそこまではしなかったが、それでも出来るだけ、大きい傷を作ってみたりもして……そうして得た結論としては、絨毯の力は凄まじいというものだった。
大体の傷を治せる……治ってしまう絨毯。
その速度も修復力も凄まじく、おそらくは致命傷のような傷でもあっさりと治してしまうのだろう。
複雑な傷でも綺麗に元通りにしてくれて後遺症なども無いようなのだが……全く問題が無いという訳ではなく、傷口に汚れが付着していたり何かが傷口の中に入っていたりすると、それらを中に取り込んだまま傷口を塞いでしまうという大問題があった。
絨毯はあくまで怪我を治すだけのもので、汚れを綺麗にしたり異物を排除したりする力はなく……そんな治し方をしてしまえば、体の中に入った汚れや異物が体を傷つけ膿んでしまうのは明白で、絨毯を使う前にはそこら辺の確認と対処をしなければならない、という訳だ。
「ほれ、火酒だ、傷口を洗うならこれが一番よ」
洞人族の若者の一人がそんなことを言いながら酒瓶を取り出し、それを受け取ったヒィヤ婆さんが早速火酒を使って傷口を洗い始め、そうやって血を流して……出続ける血を流しながら傷の中の確認もしっかり行う。
「傷はこれで全部? 血は他から出てない? 気になる部分を見つけたら教えてちょうだい。
本当は全身の毛を刈り取っちゃいたいんだけど、今はそんな時間ないからとにかく手作業でやっていくわよ」
なんてことを言いながらヒィヤ婆さんが父メーアを撫で回しながらの確認作業を続けていく。
メーアは魔力を上手く使うことで、自分の毛をするりと服を脱ぐように抜くことが出来るのだが……意識が朦朧としている父メーアにそれは難しいだろうと、アルナーがどんどん毛を刈り取っていって……そうして大体の確認を終えて、これ以上時間をかけるのもまずいだろうという判断をヒィヤ婆さんが下し、それを受けて私は絨毯に力を込める。
ヒィヤ婆さんは昔、家畜の怪我や病気を治療する医者の下で働いていたらしく、完璧ではないが医療に関する知識を持っているそうだ。
ひどい傷を糸と針で縫って治したこともあれば、結構な火傷に魚の皮を貼り付けるなんていう、驚くような方法で治したこともあるらしい。
そんなヒィヤ婆さんの判断を信じていつもの感じで力を込めていると、父メーアの傷がしっかりと塞がっていき……その間もヒィヤ婆さんは傷口の確認をし続ける。
「傷はもう大丈夫そうだね、後はゆっくり休んでおけば良いはずだよ。
……意識が戻ったら白湯でも飲ませて、傷がないのだから食事も少しずつなら問題ないはずだね」
確認を終えてヒィヤ婆さんがそう言うと父メーアがスピスピと穏やかな寝息を立て始め……それを受けてアルナーやすぐ側で様子を見守っていたフランや、洞人族が一斉に安堵のため息を吐き出す。
更には慌てすぎたためか、周囲をひたすらに意味もなく駆け回っていた犬人族達も落ち着きを取り戻して……そして無事に治療が終わったことを報せるためか、サーヒィ達がイルク村に向かって飛んでいく。
「……とりあえず絨毯ごと抱き上げて、母メーアの下に連れていくとしようか。
妊娠している母メーアをここまで連れてくるよりはその方が良いだろう」
私がそう言って抱きかかえやすいように絨毯を整えていると、ヒィヤ婆さんは「それが良さそうだね」と、そう言ってからメーアワゴンに乗り込んでの帰還準備を始め、アルナーは刈り取ったメーア毛を集めて、毛刈りバサミと一緒に持ってきた革袋に詰め込み始める。
絨毯ごと父メーアを抱き上げたなら、出来るだけ揺らさないようにしながらイルク村へと戻り……イルク村の北端で待っていた母メーアの下へと父メーアを連れていってやる。
抱きかかえたまま膝を地面について、父メーアの様子を確認しやすいようにしてやると……涙を浮かべて不安そうにしていた母メーアは、穏やかに寝息を立てる父メーアを見るなり安堵し、喜んで笑みとなり……そして、
「メァーメァメァ……!」
なんだってこんな怪我をしたのか、そもそもどうして自分ではぐれたのかと、怒りを含んだ声を上げる。
「まぁまぁ……小言は目が覚めてからでも良いだろう?
ひとまずユルトに運ぶから、一緒に休むと良い……あなたもここ数日は安眠出来ていなかったのだろうし、これ以上はお腹の子供に障るぞ」
私がそう言うと母メーアは渋々といった様子で、用意してやったユルトの方へと歩き始め、私はそれを追いかける形で父メーアを運んでいく。
そうしてユルトの中に用意した寝床、干し草のベッドの上に寝かせてやって……母メーアはそんな父メーアに寄り添うのではなく、顔を突き合わせるような体勢で体をよこたえる。
父メーアのことを見ていたいのか、じぃっと見つめて……見つめ続けて、そうやってウトウトとし始める母メーアを見て私は、そっとユルトを後にして戸をしっかりと、静かに閉じるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、父メーアのあれこれです。




