捜索と調査
・登場キャラ紹介
・ヒューバート
人間族の男性、メーアバダル領の内政官、元王城勤務
・オリアナ・ダレル
人間族の女性、ディアス一家の教育係、主に貴族として、令嬢としての教育を行う。元王都住まい。
――――空を舞い飛びながら フラン
「メァーー!」
そんな声を上げても、ほとんどが風の音でかき消されてしまう。
高く速く……鷹人族のサーヒィと共に舞い飛ぶ空の旅は、フランにとって全くの未知で新鮮過ぎて、楽しくて体が震え興奮して胸が弾む……恐れることなど何もない最高の旅だった。
「メァメァー!」
もう一度意味もなく、そんな声を上げたフランはカゴの中でモソモソと動き……カゴの縁からズイと顔を外に出す。
そうやって下を見やると風に揺れて波を打つ草原の光景が視界に入り込み……その光景を見られることがたまらなく嬉しかったフランは満面の笑みを浮かべて、更に下を覗き込もうと腰を浮かす。
すると尻尾が風に振り回されて揺れに揺れて……そんな光景を見てかサーヒィが風に負けない大きな声をかけてくる。
「おい! フラン! あんまり乗り出すなよ! メーアを探すのはオレに任せておけ!
鷹人の目ってのはな、この高さからでも草の中を這う小さな虫も見逃さねぇんだよ!」
そう言われてフランは少しだけ身を引っ込める。
優しいサーヒィおじさん、おじさんはいつも自分達のことを見守ってくれている。
村の中を駆け回っている時、草原で食事をしている時、ネズミや虫なんかがフラン達に近付くと、すぐにおじさんが飛んできてそれらを退治してくれる。
妹のフラニアがはぐれてしまった時にもすぐに飛んできてくれて、見つけてくれたし……そんな優しいおじさんの言うことには素直に従うことにしている。
……だけども下が見たい、波打つ草原が見たい、奥さんと離れ離れになってしまった父メーアももちろん見つけてあげたいし……と、身を引きながらも頭をちょこんとカゴから出す。
すると波打つ草原の中に、鬼人族の捜索隊なのか駆ける馬達の姿が視界に入り込む。
横一列に広がり、同じ速度で駆けて駆けて……普段は見上げている渡り鳥のようだ。
自分もいつか弟妹達とそんな風に草原を駆けてみたいなと、そんなことを考えているとサーヒィの側を飛んでいる鷹人族のリーエスが「何か見えた!」と声を上げ、サーヒィの動きが変わる。
リーエスが示す方向へと頭を向けて、そちらをじぃっと凝視して……何か見つけたのかゆっくりと高度を下げていく。
するとその先には白い毛を揺らす野生のメーア達の姿があり……大きな鷹がいきなりやってきたのに驚き、警戒感を顕にする。
「メァメァ、メァーン!」
それを見てすぐさまフランが大きな声を上げる、大丈夫だよ、平気だよ、仲間だよ、そんな言葉を伝えながらカゴから身を乗り出し、そんなフランの姿を見たメーア達は目を丸くして驚く。
「メァー!? メァメァ、メァー!?」
何故メーアの子供が? あのカゴはなんだ? 何故鷹がメーアを運んでいる? と、そんなことを言っているのか、野生のメーアが声を上げて……それに応える形でフランが声を返す。
「メァ、メァメァ、メァーン!」
「メァー、メァメァーメァ」
「メァ、メァメァメァ、メァー」
それに野生のメーアが応え、会話が成立し始め……フランが事情説明を始めた辺りでカゴが静かに着地する。
気を使ったサーヒィがゆっくりと着地させてくれたおかげで衝撃はなく……紐で体を緩めに固定されているフランはカゴの中から自分達がどうして空を飛んでいるのか……野生の母メーアを保護していること、その旦那を探していることを伝える。
すると野生のメーア達は困惑するのを止めて真剣な顔となって……仲間内であれこれと言葉を交わし始める。
「メァメァメァ?」
「メァ~~メァ」
どこのメーアだ?
うちの群れじゃないな。
「メァン、メァ? メァーメァ?」
「メァー、メァ」
心当たりはないか? 誰か見かけたりはしていないか?
いやぁ、無いなぁ。
「メァーン、メァメァ、メァーンメァ!」
どうやら外れだったようでフランは少しだけがっかりしながらも、野生のメーア達に感謝をし、もし旦那を見かけたらイルク村のことを教えてやってくれと頼み……それともう一つ、
「メァ~ン、メァーメァッ、メァメァメァー」
もう少ししたら野生のメーアでも使える避難所を作るつもりだから、いざという時にはそこに逃げてくれ、イルク村に来てくれたら避難所の場所や使い方を教えるとのディアスに伝えておいてくれと頼まれていた内容を口にする。
すると野生のメーア達は先程のように困惑した顔になるが……野生のメーアの夫婦のために村を挙げての捜索をしているくらいなのだから、そのくらいのことはするのだろうと受け入れて、群れの長と思われるメーアが一言、
「メァ」
分かったとそう言って頷く。
それを受けて満足したフランは「メァメァ」と声を上げてサーヒィに空からの捜索を再開してくれと頼み……翼を休めながら様子を見守っていたサーヒィとリーエスは大きく翼を振るい、空へと舞い上がる。
「今日は晴れているから空を飛ぶのが楽で良いな……気温が高いと空気が軽くなるんだ」
その途中サーヒィがそんなことを言い、フランは首を傾げながら言葉を返す。
「メァメァ?」
そうなの? と、そう返されてサーヒィは高度を上げながら大きな声での説明をしてくれる。
「ああ、太陽が空気を温めると空気が上に流れ始めて、時にはそれが空気の柱のような、大きな流れを作り出すことがあるんだ!
それに乗ると大して羽ばたかないでも高度を上げることが出来て、体力を無駄に消費せずに済むって訳だ!
オレ達の故郷があるのは山の中なんだが、近くの山間では特にその柱が出来上がりやすくてな……普段から空気の柱を利用してるって訳だな!
……お、この流れなら……見ていろ、今から翼を振るうことなく高度を上げてやる!」
そう言ってサーヒィは大きく翼を広げ、そのままの体勢でグルグルと円を描き始める。
するとサーヒィが言っていた柱の力なのか、グングン高度が上がっていって……翼を動かしていないのに高度が上がっていくという、不思議な現象にフランは嬉しそうに目を細めて「ミァミァ!」と赤ん坊のような声を上げてはしゃぎ始める。
そんなフランの様子に気を良くしたのかサーヒィはどんどんと高度を上げて……優雅に空を舞い飛びながらの捜索を再開していく。
……結局その日は夕焼けに空が染まるまで捜索を続けたが父メーアを発見することは出来なかった。
翌日も翌々日も懸命の捜索を続けたが発見することは出来なかった。
野生のメーアとあれこれと情報交換をし、避難所のことを教えたりもしたので無駄な時間という訳でもなかったのだが、それでも何の収穫も無しに三日も過ぎてしまったというのはフラン達の心に焦りを生むには十分で……もしかして父メーアはもう……なんてことを考え始めた四日目の昼前。
ついにフラン達は父メーアを……一体どこで何をしていたのか、イルク村からそう遠くない場所で血に濡れて倒れているところを発見するのだった。
――――一方その頃、イルク村の南端で
専用の蹄と鞍と馬銜を作ってもらい、アルナーを始めとした鬼人族達の訓練を経て、すっかり騎乗用となったラクダに乗って、ヒューバートが荒野から帰還してくる。
神経質で臆病なところがある馬と違って穏やかで、少し鈍感な部分があるラクダは、何故だかヒューバートと気が合い、とても乗りやすい相手で……最近は荒野での作業を進めているということもあって、すっかりと親しんだ相手となっていた。
ラクダの方も丁寧に世話をしてくれるヒューバートのことを気に入っており……村に到着し騎乗が終わると、フンフンと鼻息を荒くしながら世話をしてくれとせがみ始める。
それを受けてヒューバートが「よしよし」と声をかけながら世話をしてやっていると……東の空から力強く翼を振るう、大きな音が聞こえてくる。
その音の主はヒューバートが雇ったサーヒィの故郷に住まう鷹人族の若者で、その足でもって結構な大きさの革鞄を掴みながらヒューバートの下へとやってくる。
そうしてヒューバートの目の前に降り立ち、鞄を手放し……ヒューバートが懐の財布から金貨を一枚取り出すと、
「おう! それが山ほどの干し肉になる金貨か、ありがたくもらってくよ!」
と、そう言ってがっしりと足で金貨を掴み、北へと飛び去っていく。
「こちらこそありがとうございました」
そう礼を返してからヒューバートは、鞄を拾い上げて開き……中に詰まっている手紙を取り出し、自分宛のものの内容を確認していく。
「ようやく届きましたか」
鷹人族の姿を見てかやってきたディアス達の教育係のオリアナがそう声をかけてきて……オリアナもまた自分宛の手紙の内容を確認し始める。
それらの手紙を書いたのはヒューバートとオリアナの、王都に住まう知人友人達で……手紙の中には最近の王都での出来事と、王都で精力的に活動しているエルアー伯爵についてが書かれている。
ディアスに代わって王都に向かい、名代として貴族政治……社交などを行いたい。
そう願い出てきたエルアー伯爵への返事は、未だに保留となっている。
鬼人族の魂鑑定では強い青、全くの善意での提案らしかったが、それだけで信用する訳にはいかず……自領に帰還するなりディアスの返事を待つことなく王都に向かったというエルアー伯爵の動向……実際の行動を見て判断しようと、そんな結論が代表者会議で出ていた。
本当に善意での提案なのか、ディアスやメーアバダル領のことを思ってのものなのか……名代を任せるに足る手腕を持つ人物なのか……?
その辺りを判断するために二人の知人友人……王城などで働く人々に依頼し、エルアー伯爵に関する情報をかき集めることにしたのだ。
鷹人族が本気で空を飛べば、たったの数日で王都に到着するらしい。
実際に情報収集を依頼する手紙は、数日のうちに王都で暮らす友人知人の下に届けられていて……そして今日、その結果をしたためた手紙が届いたという訳だ。
それらの手紙の内容はどれもこれも概ね似通った内容となっていて……未だにディアスからの返事がなく、正式な名代ではないエルアー伯爵は、ディアスに迷惑がかからない範囲での社交を行いながら、ディアスの印象を良くすることに尽力しているらしい。
実際に会ってみたところ、メーアバダル公は中々出来た人物だった。
平民出身らしい荒々しさはあったが、それでも礼儀を欠かすことはなく、未熟な部分はあるが作法にも通じていて……貴族文化に対する確かな敬意があった。
それでいて公爵としての権力を振るうようなことはなく、自身の功績をひけらかすこともなく、なんとも慎み深い人格者で……王都での社交を行っていないのは、自身の未熟を恥じているのと同時に、伝統ある貴族に会わせる顔が無いと考えているからのようだ。
……と、自分の目で見てこうだった、自分はこのように感じたと語り……そのついでに土産として受け取ったメーア布で仕立てた服などを自慢のような形で宣伝しているらしい。
社交の手腕というか口の上手さも中々で、戦後復興の経験やディアスとの、ほんの僅かな会談のことを、貴族達の興味を惹くような刺激に満ちた冒険譚のように仕上げて語り聞かせているらしい。
正式な名代ではないからあくまでエルアーの責任で出来る、勝手にやっても問題のない範囲で行動し、いつでも名代としての役目をこなせるようにじっくりと丁寧に下準備をしているようで……そんな内容の手紙全てに目を通したヒューバートとオリアナは、お互いの目を見合い頷く。
細かい条件やどこまでの権限を与えるかなど、詳細はこれから詰めなければならないが……これならばある程度のことを任せても問題ないようだ。
貴族としては色々と問題のあるディアスを……少なくとも当分の間は王都に送る訳にはいかないし、エルアー伯爵にその辺りのことを任せてしまった方が良い結果となるだろう。
いざという時にはエルアー伯爵を盾や囮にすることも出来るだろうし……当然伯爵もそのつもりで、それでも利を得られるように動き回ることだろうし、お互いにとって良い話となるはずだ。
では早速細かい条件を……と、二人が動き出そうとすると、そんなヒューバートの肩の辺りを、ラクダの口がぐいと食む。
まだ世話が終わってないだろ、いつまでこっちを放っておくつもりだ。
ヒューバートが驚きながら振り返るとラクダがそんな顔をしていて……仕方ないかと苦笑したヒューバートは、オリアナに「先に始めていてください」とそう言ってから、ラクダの世話をラクダが満足するまで……これでもかというくらいにしてやるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は発見されたメーアやら何やらの予定です。