短剣の力
・登場キャラ紹介
・ディアス
主人公、男、人間族、35歳。神官の父と母の間に生まれた一人っ子だが……血の繋がりを重要視しない性格のため、孤児時代に世話をした子達とセナイ達を含めた皆を家族だと思っている。
・モール
鬼人族の族長、女、?歳(老人)。アルナーの兄ゾルグによると最愛の家族を戦争で失っている。村の皆を我が子のように愛しているらしく、愛しているが故に厳しい態度で接する。
あれから短剣を色々と調べて見た結果、以下のことが分かった。
まずこの短剣は似た気配を持つ戦斧と同じように私にしか扱えなかった。
私が手に取って念じたなら毒の魔法を放つことも、毒の魔法を止めることも可能で……ヒューバート、サーヒィ、犬人族達が同じ様に念じても何の反応も無く、あの妙な違和感も私にしか感じ取る事が出来ないようだ。
次にこの短剣の力は対象を選べることが分かった。
ヒューバートが鬼人族にだけ効かない魔法を……と、そんなことを言っていたので試してみたのだが……サーヒィ以外に毒の魔法を! と個人名で念じたならその通りになるし、犬人族達以外に! と種族名で念じても同様だった。
例外というかなんというか、ヒューバートは獣人の血が混じっているためか人間族以外に! と指定しても毒の魔法の対象になってしまい……亜人、または獣人以外に! と指定することで対象外になった。
鬼人族以外に! と念じたなら恐らくはその通りになるのだろうが、しかしこの短剣の力の範囲はとても狭く、私の両手を広げた程度の広さしかなく……この力でもって広すぎる程に広い岩塩鉱床を守るというのは無理のある話だろう。
そうなるとヒューバートが言っていた、鬼人族が岩塩鉱床を守る為に埋めたという話も間違っているというかなんというか……たまたまこの短剣の存在に気付かなかっただけとか、鬼人族にはそもそも毒の魔法が効かないとかの方があり得るのでは? と思えてしまう。
……そうした調査を終えて、改めてこの短剣をどうするか……砕いてしまうか、持って帰るか、元の通りに埋め直すかという話になったのだが……鬼人族の所有物かもしれないそれを勝手に砕いたり持ち帰ったりするのはどうにも憚られて、かといって今後の調査や採掘の邪魔になるだろうコレをこのまま埋め直すというのもおかしな話で……。
そういう訳で私は、鉱床の調査を続けるというヒューバートと、その護衛役となる犬人族達と、そこにだけは絶対に行きたくないというサーヒィと分かれて……一人、短剣と戦斧を手に鬼人族の村へと向かうのだった。
――――鬼人族の村 族長のユルト
「なるほどねぇ……そんな訳の分からない力を持った短剣は見たことも聞いたことも無いねぇ。
私達に毒の魔法が効かないなんて話も聞いたことがないし、仮に鉱床を守るために私達のご先祖様が埋めたのだとしても、そんなにも重要な話を伝え忘れるってことは無いだろうしねぇ……アンタ達の見当違いじゃないのかねぇ?」
向かい合う形で座った私が、短剣を取り出しそっと差し出すと……手に取るなりモールがそんなことを言ってくる。
「そもそも念じれば発動するというのもよく分からないしねぇ……。
ん……魔力を込めてやれば宝石のように魔力を吸って溜め込むようだが……毒の魔法とやらも違和感とやらも全く感じ取れないねぇ。
……ちなみに私は今、アンタだけに魔法がかかるように念じているが、どうだい? かかってるかい?」
鞘から抜いた短剣を構えながらそう言って、カッカッカッと笑うモールに私は苦笑しながら言葉を返す。
「あー……その短剣がどうの以前に、私にはそもそも毒の魔法が効かないらしいからな。乱れる魔力が無いから効かないとかなんとか……」
「へぇ……なるほどねぇ……。
……ま、こんな短剣のことはさっきも言ったように見たことも聞いたこともないから、アンタらの好きにしたら良いんじゃないかい?
埋め直そうが砕こうが、持って帰ってどうしようが、私達は気にしないよ。
……そんなことよりも今私が気になっているのは、その荒野と岩塩鉱床の所有権のことだね。
あそこがアンタらの土地になることには反対しないよ、草の生えない土地に興味なんかないからね。
ただ……アンタらの土地になったからと岩塩が拾えなくなってしまうと、こっちとしては困ったことになるんだがねぇ?」
そう言って目を細めてくるモールに、私は分かっていると頷いてから言葉を返す。
「あそこが私達の領地になっても、岩塩の採掘を禁止するつもりはないから安心して欲しい。
元々鬼人族達が先に見つけて使っていた場所なのだから、そんなことはしないさ。
細かい条件は色々と話し合ってから決めることになると思うが……私としては私達と鬼人族達で岩塩鉱床を見張って守って……岩塩を採掘しすぎたり売り過ぎたりすることのないように、一緒に管理出来たら良いなと思っているよ。
あれだけの量があるからと言って際限なく売っていたらいつか無くなってしまうのだろうし……そうならないようにしていかないとな」
私のその言葉を受けて……細めた目でじっとこちらを見ていたモールはニカッと笑い、短剣を鞘に戻した上でこちらに放り投げてくる。
「そうしてくれるならこっちとしても文句は無いさ。
細かい条件に関しては……ゾルグを私の代理として行かせるから、ゾルグと話し合っておくれ」
「分かった、そうするよ」
モールの言葉にそう返した私は……短剣を手に取り、懐にしまい込む。
そうして話すべきは話したかなと立ち上がり……ユルトを後にしようとすると、モールが「ふと思ったんだがね……」と、そんな前置きをしてからなんとも意味深な響きを含んだ声を投げかけてくる。
「……アンタのその斧、その短剣と同じようにアンタにしか使えないとか言っていたね?
他にも何か、そういった物があるのかい?」
足を止めて振り返り……少し考え込んだ私は、思い当たることがあってこくりと頷いてから言葉を返す。
「以前手に入れた火付け杖が同じ感じだな。
……まぁ、アレに関してはベン伯父さんも使えるから、私だけ、という訳ではないが……」
「伯父、ねぇ。
そのベンとやらも魔力を持ってないのかい?」
「ああ、そうだな、イルク村で魔力を持っていないのは私とベン伯父さんだけだな」
「……なるほど、ね。
その短剣だけどね、さっきも言った通り魔力を流し込んでやると魔力をすいすい吸い込んでくれてね……恐らくは宝石100個分……いや、もしかしたら1000個分の魔力を溜め込めるんじゃないかってくらいに底が見えないのさ。
もし仮にその短剣に溢れ出す程の魔力が込められていたら……岩塩鉱床全部を埋め尽くす程の毒の魔法を放てたかもしれないねぇ」
そう言って顔の皺を深くして……笑っているのか怒っているのか訝しがっているのか、なんとも言えない表情をしたモールは……少しの間悩むようなそぶりを見せてから言葉を続けてくる。
「……もし仮にだ。私達があの岩塩鉱床を守ろうと思ったなら、数十個の宝石を使えば良い話しなんだよ。
数十個の宝石で生命感知の魔法でも仕掛けておけばそれで良い。
だというのにそんなのを……宝石1000個分の魔力を使ってそんなのを使うってのは全く理に合わないじゃないか。
……理に合わないのに宝石1000個分の魔力を使ってそうしたとなったら、それは私達じゃなくて誰か他の……魔力の価値を知らない者の仕業に思えてしまうねぇ。
……たとえばディアス、アンタのように魔力を持たない血族の誰か……とかね。
魔力を持たない者がどうやってそれ程の魔力を集めたのかって疑問は残るがね……その短剣も斧も、火付け杖とやらも、そんな血族が作った、その血族の為の武器なのかもしれないねぇ。
魔力を持たない血族の為の武器だから、魔力を持っていないアンタやベンにしか使えない……。
……さて、魔力を持たない血族は、一体全体どうしてそんな武器を欲したのだろうねぇ」
そう言ってモールは、カッカカッカと大きく笑い……その笑い声を聞きながら私は、妙に納得したというか、色々な謎が解けたようなすっきりとした気分になる。
この戦斧を手に入れた時私は、一緒に戦っていた皆に戦斧の力のことを、使い方のことを一生懸命に説明した。
私が怪我を負うなどして戦えなくなった際に、この便利な戦斧を皆に使って貰いたいと、そう考えてのことだったのだが……クラウスもジュウハも、志願兵の皆も騎士の人達も、誰一人としてこの戦斧の力を発揮することは出来なかった。
皆が戦斧の力を発揮できないのは、私の説明が悪いから……私の頭が悪いからかと思っていたのだが……そうではなく、そもそも魔力を持たない私にしか使えないものだったのか……。
クラウスには魔力があるそうだし、ジュウハは多少の魔法を使えるといっていたし、騎士の人達も確かそんなことを言っていた気がする。
志願兵の皆は……どうかは分からないが、恐らく皆が魔力を持っていたのだろう。
すっきりと謎が解けて、爽やかな気分となって……そうして笑顔となった私はモールに、
「ああ、おかげで色々な謎が解けたよ! ありがとう!」
との言葉をかける。
その言葉を受けてなんとも意外そうな表情をモールが浮かべる中、私は意気揚々とユルトを後にし……とりあえずこの短剣はベン伯父さんに渡して、私達がいない時の緊急用にでもしてもらおうかと、そんなことを考えながら……イルク村の方へと足を向けるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はアルナー視点で……ディアス達が荒野であれこれしていた時にアルナーは? 的なお話になる予定です。