塩
・登場キャラ紹介
・ディアス
主人公、人間族。サンセリフェ王国の神官長を両親に持つ公爵。
・エリー
ディアスの育て子、人間族。平民で商人。アルナー曰く魂が女の男性。
・アリダ婆さん
イルク村の初期メンバーである婆さんズの一人、人間族。干し肉作りと干し肉料理と、それらを食べるのが大好き。
・ヒューバート
内政官、人間族。煤けた茶髪、垂れた細目の細面。体も細い。
遠吠えを上げながら帰還したマスティ氏族を中心とした犬人族達が、ソリ足を装着した荷車を倉庫側に置くなり、一斉に私の下へと駆けてきて、それぞれに帰還の報告をし始めてくれる。
おかえり、無事で良かった、お疲れ様、ありがとう、そんなことがあったのか。
と、それらの報告にそんな言葉を返しながら一人一人、頭や体を撫で回してやって労っていると……そこにエリーが手に持った一枚の紙をひらひらと振りながらやってくる。
「ただいまもどりました」
「ああ、おかえり」
エリーの丁寧な挨拶に私がそう返すと、エリーが笑顔でその紙を差し出してきて……積荷の目録らしい紙を受け取った私は、早速それに目を通していく。
干し草、150束。
砂糖、10壺。
紅茶 5瓶。
干し肉、20箱。
他にも木の実やチーズやバター、酒樽に干し野菜に干し果物、多種多様な香辛料や、建材資材の名前と、かなりの量を示す数字がつらつらと書かれていて……私は一旦目をこすり、エリーの顔を見て倉庫の方を見て……もう一度目録に目を通してから声を返す。
「……いくらなんでも多すぎないか?
これだと荷車数十台分になりそうなんだが……?」
「お父様がフレイムドラゴンなんて狩っちゃうからそうなっちゃったのよ。
メーア布だけだと正直、干し草と砂糖と干し肉くらいだったのだけど、ドラゴンの素材となると、どうしてもこうなっちゃうわよね。
当初の目的通り、メーア布がどれくらいの価値になるのか、どれくらいの干し草が買えるのかとかはしっかり記録してあるから安心して頂戴。
目録に無い家畜に関しては、まだ詰めきれていないからもう一度向こうにいって交渉してくるつもりよ。
そうやって交渉しながら何度かこちらとあちらを行き来して……大体10回くらいの行き来で目録にある品物全てと、それと向こうからのお礼の品もあるそうだから、それらを運んでくるつもりよ。
……とりあえず今日のところは我が家でゆっくり休ませてもらうけどね」
「なるほど……分かったよ。
エリーもありがとうな、ゆっくりと体を休めてくれ」
私がそう言うとエリーは笑顔で頷いてくれて……そうして顔を上げるなり「あっ」と何か思い出すことでもあったのか、声を上げる。
「いけないいけない、忘れてたわ。
村に来る途中……村からそう遠くない所で干し草の匂いでも嗅ぎつけたのか黒ギーに襲われちゃって、それをマスティちゃんと私とで殴り……いえ、張り倒したのよ。
倒したは良いけど流石に重すぎて運べないからって、血抜きと下処理だけを済ませてそのままそこに放置してあるの。
私は積み荷の整理とかヒューバートへの報告もしなくちゃいけないから、お父様の方で回収に行ってくれないかしら? そう時間も経ってないから平気だと思うけれど、狼とかに食べられちゃってたら……まぁ仕方ないと諦めるしかないわね」
その言葉に分かったと頷いた私は……狼がいた時に備えて戦斧を取りにユルトへと戻り、アルナーや村の皆に少し出かけてくると声をかけて回る。
私がそうしている間に、エリーの人柄を見極める為なのか何なのか……一旦上空に退避していたサーヒィがエリーの側へと降り立ち、挨拶をし……それを受けて「でっかい上に喋った!?」なんてエリーの野太い悲鳴が響き渡る。
そんな悲鳴を聞いた村の皆が気持ちは分かると笑い声を上げる中……私は「手伝いますよ!」と声を上げてくれた何人かの犬人族達と共に、エリー達の足跡とソリの跡を遡る形で雪を踏み進み……件の黒ギーが居る場所へと到着する。
雪の中に倒れ伏す黒ギーは、エリー達がそうしたのか結構な量の雪で覆われていて……雪の様子を見る限り、狼などに荒らされた様子は無いようだ。
雪を払って黒ギーの様子を確認し、特に問題無いようなので持ってきた布で包んでから担ぎ上げ……尻尾を振り回す犬人族達に先導される形でイルク村へと戻る。
すると、干し肉作りを得意としているアリダ婆さんが良い笑顔で待ち構えていて……一緒に竈場へと移動し、アリダ婆さんが竈場の側に用意してくれていたらしい木の板の上へと黒ギーをそっと置いて……皆で一緒に感謝の祈りを捧げたなら、アリダ婆さんや犬人族、婦人会の面々に手伝ってもらいながらの解体作業が始まる。
柔らかく美味しい部位の肉は今日の夕飯用ということでアルナー達に手渡し、筋張って硬い肉は干し肉用ということでアリダ婆さんに手渡し……それをなんとも嬉しそうな笑顔で受け取ったアリダ婆さんは竈場の一画に準備しておいたらしい、干し肉作りに必要な品々が揃っている一画へとそれを運んでいって……まな板の上にどさりと投げ下ろす。
そうしたなら大きなナイフを手に取り、それで肉塊を適当な大きさに切り分けていって、切り分けた肉塊にザクザクとナイフを刺していって……これでもかと刺して穴だらけにしたなら、塩と砕いた乾燥ハーブを塗り込んでいく。
「ヒッヒッヒィ、たまんないねぇ……こんなに上等な肉ならさぞや美味しい干し肉になるんだろうねぇ。
残さず余さずみぃんな美味しくしてやるからねぇ」
なんてことを言いながらが塩もたっぷり、ハーブもたっぷり塗り込み……塗り込んだなら薄布に包んでしっかりと縛る。
そうやっていつも通りの干し肉の下拵えを済ませたなら……残りの肉には香辛料をたっぷりと使っての、今までにない味付けを施していく。
「塩と香辛料とニンニクと……この組み合わせで恐らくは美味しくなるはずだけどねぇ、何しろ初めてだからねぇ、どうなるかねぇ。
……ま、もし不味くなってもちゃぁんと責任を持って食べてあげるから安心おし」
アリダ婆さんがそんな風に肉に語りかけながら作業を進めていると……そこにヒューバートがやってきて、解体作業中の私や犬人族達を見て、干し肉作りをしているアリダ婆さんを見て……それからアリダ婆さんの側の塩壺を見て、なんとも言えない渋い顔をしながら私に声をかけてくる。
「あの、ディアス様……質問が、とても大事な質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わないが……何かあったのか?」
作業の手を進めながら私がそう返すと、ヒューバートは塩壺の方を見やりながらその質問とやらを投げかけてくる。
「……塩についてなのですが、この領地ではどうやって手に入れているのですか?
今回の目録に目を通した所、隣領からは仕入れていないようですが……」
「塩か? 塩ならペイジン達との取引で買ったり、エルダン達からもらったりしたこともあったはずだし……それと最近は犬人族達が岩塩を拾ってきてくれるな。
確か……南の荒野で拾えるんだったか?」
そう私が周囲の犬人族達に言葉を投げかけると、解体を手伝ってくれていた犬人族達は「そうです!」と力強く頷いてくれる。
するとどういう訳かヒューバートは物凄い、苦いハーブを口いっぱいに頬張ったかのような表情になって俯き……そうしてからこめかみを指でぐりぐりと押しながら言葉を返してくる。
「その荒野とは一体どの国の、どの勢力の土地なのでしょうか……?
何者かが暮らしている土地なのでしょうか?」
「いや、アルナーからは無人だと聞いているな。
……植物や木などはほとんど生えていないそうだから、あそこで生きていくのは不可能だとかなんとか」
私がそう言うと犬人族達が「動物も鳥もほとんどいません! 虫はたまに見かけます!」なんて声を上げる。
その声を受けて俯いていたヒューバートは、天を仰ぎ、大きなため息を吐き出してから、私の顔をじぃっと見つめてきて……重い声を返してくる。
「つまりこの草原の南には無人の荒野が広がっていて、そこには拾って来られる程の岩塩があって……何度も何度も、塩の確保の為に足を運んでいると?」
「私はまだ荒野には行ったことはないが、そうなるな。
アルナー達によると、荒野の岩塩は岩塩で悪くないんだが……ペイジン達の作る海の塩にはまた別の味わいがあるとかで、それで外からも買っているらしいのだが、そちらはあくまで贅沢品。基本的には荒野の岩塩を使って暮らしているそうだ」
「なる……ほど。ここでの生活には南の荒野の岩塩が欠かせないと、そういう訳ですか……。
……それならば! 何故! どうして! 荒野を領地として確保していないのですか!
貴方は公爵で、ある程度の裁量が与えられているのですから、生活に欠かせない土地はまず真っ先に確保しなければならないでしょうに!
仮に他国に荒野を占領されたしまった場合、塩の確保はどうなさるおつもりだったのですか!!」
喋っている途中で熱がこもってきたらしいヒューバートが、そんな大声を上げてきて……それを受けて私は思わず作業の手を止めて「おお!」と声を上げてしまう。
そこまで深く考えていなかったというか、気にしていなかったというか……そう言えば公爵には領地の裁量権とかいう、そんな権利があったのだなと思い出し……南の荒野が無人なのであれば確かに、誰かに取られる前に確保してしまうのも悪くない手なのだろうなと納得し、深く頷く。
「なるほどなぁ、そこまで考えたことはなかったなぁ。
……で、無人の土地を確保する場合、具体的に何をしたら良いんだ? ここは私達の領地ですと看板でも立てたら良いのか?」
頷きながら私がそう返すとヒューバートは、すでにかなりの渋面となっていた表情を更に更に渋いものとして……そうしてからガクリと項垂れ脱力し、今までに無い程の大きなため息を吐き出すのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回からは荒野獲得大作戦編が始まる予定です。
※どうでも良いオマケ
黒ギーに雪をかけたのは犬人族達。トイレ後の犬のように足でバッバッと蹴り上げてかけた。