第289話 宮内刷新
山城国 京
年が明けた。1564(天正元)年だ。昨年末勅令をうけて参議以上の会議が行われ、帝の譲位と誠仁親王殿下の即位、これにともなう新年号・天正が発表された。正親町院は後奈良院の使っていた院にそのまま入られた。院と宮内省を管轄するため内部の官職の整理・統合がまず行われ、侍従長・宮内大臣・内大臣を筆頭とする体制が完成した。新制度における初代の侍従長は中山孝親様、内大臣が中院通為様、宮内大臣が三条西実澄様となった。そしてこのうち院を管理する院職の長官が義兄の三好長慶となる。式部はこの組織内部に吸収され、院と帝に関する部分はここに集約され、ある種の権力分立がされた。これに先立って皇室典範が制定され、参議以上全員の賛成をもって成立、即日施行された。
新年号「天正」は信長から奏上させた。年号の奏上は歴代将軍が行ってきたことだから、それらの後継者が信長だと示す意味もあった。これにともない信長の子・吉法師が数え11歳で元服。織田三郎信親と名乗ることとなり、早速従五位下弾正少忠を与えられた。
俺は中納言となり、名目上は権中納言に留まる信長より上となった。とはいえ九条兼孝様が右近衛大将を通過する慣例をこなし次第、信長は右近衛大将になるのでそれまでの措置ではあるが。
関白を引き続き務める近衛前久様と俺・信長の問答がメインで話し合いは進む。
「帝が学ぶ為の学校の敷地は室町殿の跡地が確保出来ました」
「名前は学習院という事でよろしいでおじゃる」
「同年代の公家・貴族院家族や学者の子のみが入れるという事で」
「神職は入れぬのか?」
「神職・仏門は専用の学校を用意させ、そこで管理してもらう形にします。比叡山・高野山・興福寺・建長寺・円覚寺・身延山・専修寺・山科本願寺・三井寺など、20か所を現在打診や検討しております。また、府で管理する縁故なき神仏入門希望者は足利学校と美濃に集める予定に御座います」
足利学校は総合教育施設としていわゆる学園都市化を目指す。北条からも快諾された。足利将軍家の色を限りなくゼロにしつつ、生き残りの古河公方がお飾りの総合学長として権威を保つ。寺社は武力を失う代わりに、大寺院は仏教徒になるための入口に指定することで権威を確保する。中小寺院はこれら大寺院管理の学校卒業生を迎える形で構成員を増やす。だから相互の影響力が重要になるし、堕落していれば宗派全体の入門者が減るので健全な体制が求められるのだ。神社のリストアップはまだ時間がかかるが、石清水・金刀比羅宮・伊勢・出雲・厳島・鶴岡・鹿島などいくつかは内定している。前世でも中学時代の同級生は宗教系大学に進学していたし、この形がいいだろう。キリスト教側にも後々提案していくつもりだ。
「其れとは別に、全国に小学校・大学をまず整備したく」
「義務教育、か。良いのか?」
「日ノ本を1つに纏めるならば、日ノ本の民が全員此の『日本』という国を意識せねばなりませぬ。帝の思いを伝え、1つに纏まる為で御座います」
為政者として、公家として誰しもが知識をもつことに恐怖するのは分かる。閉鎖的な中で知識を受け継ぐことでその知識をもつ公家の権威や特異性・優位を保って来た部分はあるだろうし。
「宮内に関わる知識は学習院に限り、学べる形にします。儀式・典礼を守り国家の安寧を祈るのは今も此れからも皆様のみの務めになりまする」
「ならば良いが」
まぁ、一部の下級公家には既に学習面の強化をお願いしているけれど。いわゆる名家・半家クラスは官僚化してもらうしかない。そのあたりはもうそうなる前提で奨学金を出してスタートダッシュで優遇する方向に切り替えている。大部分の実務を担っていた公家ばかりなので、頭も柔らかい家が多いのでここはスムーズだ。生活支援がもらえるというだけで喜んでくれるし。
「では、此の聖徳太子以来の憲法は余と二条・九条・一条の摂家連名で奏上する。中身を読んだ上で、だ」
「御願い致します」
提出した憲法草案は修正してもらいたいので穴もある。これは信長・長慶とも示し合わせている。最終版になり発布されるのは来年の2月11日の予定だ。
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美濃国 稲葉山城
昨年の末、雪に閉ざされていた東北から使者が訪れた。伊達内乱首謀者の首級を持参した、伊達総次郎龍宗の宿老となった遠藤基信だった。
「最期は城内で反乱が起こり、中野も牧野も味方に討たれたとの事で御座います」
「御苦労。此れで後は葛西と斯波か」
「父上、葛西は大崎殿が許さぬと喚いておりますが、族滅は遺恨を残しまする」
確かに、東北は血縁が絡み合い過ぎてどこかを潰せばどこかに恨みが残る厄介な場所だ。
「龍和は如何するのが良いと思う?」
「葛西の当主に最上殿の血を入れるのは如何かと」
最上の次期当主・信光の正室は大崎から入るのが決まっており、伊達総次郎龍宗の正室は最上から入れるのが決まっている。今度こちらに来る蘆名盛興の正室が伊達から入るとなると、この輪から外されている葛西はバランス的に最上から嫁をもらうなり最上から入り婿するのが妥当か。
「良いな。最上の若殿には弟がいたか」
「葛西に姫がいないのが問題なのですが」
「まぁ、何とかするしかないな」
最悪でも葛西の名前は残さないとまずいだろう。家臣筋の浜田安房守が許しをこうため定期的に連絡してきている。彼らも葛西の名前くらいは残らないと困るだろうし。
「斯波については、南部・安東も兵を出すとの事。最上と蘆名も兵を出すそうで、伊達大崎含め奥羽だけで15000は動員できるかと」
「となると、最低限10000必要か。出羽に残したのが6000だから、龍和は入れ替えと庄内の警固も考えて12000連れて行け」
うちの領内の動員可能兵力は能登も含めれば6万は普通に動員できる。織田が10万、三好が5万くらい(織田は多分もっと動員できるが)最大で動かせるので、3家で本気を出せば20万が動く状況だ。
「今年で奥羽の仕置はほぼ終わりだ。奥羽は、伊達と最上、蘆名、南部、安東で協力して安定させて欲しいのが我等の願い」
「若様を庇護頂いた御恩の分、末永く御返ししたく」
「期待している」
まぁ、仙台(漢字が違うが)と山形、秋田・盛岡・青森などの主要都市がきちんと発展してくれることを願うばかりだ。山形は既に奥羽随一の経済発展を遂げつつあるようだが。
「しかし、とにかく街道の整備が進まないな」
「冬場でも多少なりとも整備が出来るだけ美濃は良い環境でしたね。信濃も出羽も越中も冬場は何も出来ませぬ」
「鉄道が必要だなぁ」
特に、今回の攻撃範囲である葛西・高水寺斯波氏の勢力圏には釜石がある。これまでに金生山で蓄積した技術で一気に鉄の時代に移行したいところだ。北海道の炭鉱で石炭は大丈夫なのか、もしかすると三池炭鉱を使わないといけないのかも要調査・要実験だ。
皇室典範は名前は近代以降のものですが、徐々にアップグレードする予定なので「皇室の定義をするためのもの」くらいの曖昧なイメージで大丈夫です。大事なのは憲法制定時の文言の定義なので、そのための準備です。
史実では天皇にはならなかった陽光院が天皇になり、正親町天皇の院政が開始です。それと同時に公家も世代交代。少しずつ織田や斎藤の関係者の官職・官位を上げていく方向です。
 




